O-029 王妃オクタヴィアナの確信
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
※ 本文中に子供を揶揄、否定する言葉が出て参りますが物語の都合上の記述です。ご了承下さい。
▼episode 029 - BGM
---暫くお待ち下さい
「馬鹿者! 何を勘違いしておるのだ! 私は、お前のような欠陥品を! この見目麗しい令嬢に充てがうなど……それこそが王家の名折れだと言ったのだ!」
オクタヴィアナ王妃の怒号が回廊に響き渡った。
その場に居た者達は、びりびりと肌に伝わる王妃の怒りに慄いた。規格外の恐怖に全身の毛穴という毛穴は全開放だ。心拍数は急上昇し汗が吹き出す。王城に身を置く彼等は誰よりも深く知っている。王妃陛下の化物染みた苛烈さを。彼等は漏れ出る逃走本能を決死の覚悟で抑え込む。只管に国母の怒りが通り過ぎるのを待つしかない。
物音一つで王妃の激昂が再燃するやもしれぬ。回廊に反響していたオクタヴィアナの声が消えると、打って変わって恐ろしいまでの静寂が訪れた。
石像と化した者達の中、クラリオラは現状を冷静に分析していた。流石に貫禄ある高貴な御方が放った咆哮には飛び上がったが——それは畏怖などではなく条件反射だ。
(驚いた)
目を真ん丸に見開いて、クラリオラは眼前の王妃を見つめていた。
(不釣り合いって……“殿下に私が”ではなくて“私に殿下が”という意味だったの?)
どうやら己の不躾な視線を不快に感じた訳では無さそうだ。だが逆に疑問が過ぎる。
(それにしても王家の名折れ、だなんて——)
自領に引き篭もりがちな自分の“何処”をそこまで評価して下さっているのだろうか。もしや父親に何か関係が? 真逆、王太子殿下と不仲なのだろうか……と、公女はオクタヴィアナの真意を量り兼ね隣の貴公子を見上げた。エクセルシウォルは全く動じる様子がない。クラリオラの戸惑いを受け静かに首肯した。どうやら疑問は伝わっているようだ。
「——母上」
王太子に公衆の面前で母親呼びをされて我に返ったのか。オクタヴィアナは扇を広げると目元まで面相を隠し「んんっ」と唸るような咳払いを発した。静かに目を閉じ、威厳ある仮面を纏い直して息子を見据える。
「御指摘、誠に仰せの通りに御座います」
エクセルシウォルは王妃へ黙礼し言葉を紡いだ。
「母上の御懸念、身に覚えが有り過ぎて申し開きも御座いません。仰る通り、斯くも麗しく聡明な此の方の御相手は、私の様な朴念仁には務まりますまい」
先程とは真逆の遜った愚息の物言いに、オクタヴィアナは片眉を上げた。
「ほう? 偉く殊勝な態度ではないか。自覚は有ったと見える」
「恥ずかし乍ら——此の方に出逢うまでの私は無知蒙昧な愚か者で御座いました。ですがレクレディ嬢の見識の深さ、高潔な思想を知り今は己を恥じております。そして言うまでもなく——」
銀の貴公子は言葉を切るとゆっくりとクラリオラに石灰色の瞳を向けた。
虹彩に虹色が走る。
エクセルシウォルは相好を崩して公女へ柔らかに微笑むと、そのまま実母に向き直った。
「レクレディ嬢に心を奪われてしまったのです」
オクタヴィアナは驚愕した。
正に言葉通り、産まれて初めて“息子の笑み”を目にしたのだから。我が子が感情を表に出すなど天変地異の前触れか、と背筋が凍ったのは仕方がない。オクタヴィアナは余りの衝撃に自分の顔から表情が抜け落ちているのに気付き、慌てて仮面を付け直した。
一度だけ。まだ幼かったエクセルシウォルが感情を瞳に灯した事があった。あれは——何を見た時だったか。記憶を手繰るが思い出せない。
「そなた——笑えるのだな」
一言。
オクタヴィアナの口からぽつりと溢れた小さな……小さな声はクラリオラにだけ届いた。
(どういうこと?)
クラリオラから見れば王太子はとても表情豊かな人物だ。周囲の人達に比べ大仰な落差は無いにしても、僅かに上がる眉や口角、そして何より——その時々に煌めく石灰色の瞳は彼の人の心を雄弁に物語る。
「私も驚いているのです」
エクセルシウォルは再びクラリオラを見つめた。
「レクレディ嬢は、私の心を揺さぶる事が出来る……唯一の女性かもしれません」
最後の言葉——これはエクセルシウォルの本心だった。浮世離れした見目からは想像も出来ない彼女の確固たる信念が、エクセルシウォルが不要だと切り捨てた己が感情をも、いとも容易く掘り起こしたのだから。
***
オクタヴィアナは鼓動が速まるのを抑えきれない。
何を考えているのか一向に分からぬ息子は、彼女にとって得体の知れない生き物だった。無論、腹を痛めて産んだ我が子だ。愛情は溢れんばかりに持ち合わせている。それも過剰なほどに。鬱陶しい位に。
しかし人の機微に疎く、加えて口下手で、更には思考が単純過ぎて言葉より行動が先に立ってしまうオクタヴィアナが、エクセルシウォルの心の内を読み解ける訳もなく。
どうにか愛息の心を動かそうと手を尽くせば尽くすだけ我が子は自分から距離を置く。母親の暑苦しい干渉を浴びて、面倒臭そうな感情でも出してくれるならまだ付け入る隙もある。だが彼が取るのは物理的な距離なのだ。エクセルシウォルは自分に向けられる、ありとあらゆる感情に対して何ら興味を抱かない。必要最低限の対話で相手を交わし、ただ背を向ける。
オクタヴィアナは手をこまねき、手を出しては打ちひしがれ、実力行使しては落胆し、過干渉を極めて自滅した。自分が動けば動くほど息子との距離は離れていく。
だから、此れはこういう生き物だ。自分とは相容れない別物だ、と。そう思わないと耐えられなかった。
それがどうだ。
(これでは——まるで人間ではないか!)
オクタヴィアナが心中で上げた雄叫びが、先日アミクスが悶絶しつつ脳内で上げた雄叫びと同じなのは致し方ないだろう。
信じられない。そう簡単には。
だが、それでも。
王妃は動揺をひた隠し、息子が柔らかな微笑みを向ける令嬢へと再び視線を移した。
(この子がエクセルシウォルを人に変えたのか)
遠い昔、絶望に染まった秘色の瞳でオクタヴィアナを見つめていた少女は今や見る影もない。
王妃の懐疑的な目を前にふわり、と笑むのは美しく成長したレクレディ公爵家の愛娘。
(これは運命の巡り合わせ——というやつか?)
足元から震えが立ち昇って頭頂まで突き抜けた。オクタヴィアナの身内にある勘が告げている。警鐘のごとく鳴り響く時の彼女の勘は——未だかつて外れたことがないのだ。
——エクセルシウォルとクラリオラを離してはならない。
回廊の異変に気付いた王宮勤めの者達が、遠い遠い場所から覗き見てガクブルしている心情はコチラ
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「でた! 王妃の呪い(呼吸停止の石化)だ!」
「マジかよ! 久々だな!」
「死人! 死人は出てないか!?」
「おい、担架用意しとけ!!」




