O-026 王妃オクタヴィアナの接触
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
※本文中に子供を揶揄、否定する言葉が出て参りますが物語の都合上の記述です。ご了承下さい。
王城正面の車寄へと続く廻廊を公爵令嬢と連れ立って歩いていたエクセルシウォルは、背後に微かな違和感を覚えて足を止めた。
「如何なさいましたか?」
クラリオラの秘色が不思議そうに問いかける。エクセルシウォルは微かに眉根を寄せていたのを自覚して小さく嘆息した。
「——本当に困った御方だ。不本意だが仕方あるまい」
“それはどういう意味か?”と問うより早く、王太子はクラリオラの手を引き反転するように誘った。
「レクレディ嬢、今暫くお付き合い頂けるか?」
気遣う言葉と同時に、先程まで歩いてきた廻廊へと目を向けた王太子に釣られ、秘色の瞳も同様に視線を移した。
***
豪奢な深緑の衣装を身に纏った麗人が、王宮侍女と護衛を引き連れ此方へと向かって来る。クラリオラは小さく息を飲んだ。先頭の御方は宝冠を戴いているではないか。
——王妃オクタヴィアナ。
賢王ノヴァロム唯一の伴侶であり、エクセルシウォルと第二王子アルスエストの実母だ。
オクタヴィアナは、ノヴァロムと婚姻する直前まで第一近衛騎士団団長を務めていた。パルクトゥード王国の近衛騎士団は五つの部隊で編成されている。中でも国王ただ一人を警護する第一近衛騎士団の存在は別格である。
彼女は十六の歳で精鋭揃いの第一近衛騎士団に入団すると、驚くべき速さで頭角を表した。周囲の偏見など物ともせず、並外れた剣の技量と非凡な才能を如何なく発揮し、破竹の勢いで階級を上げ、遂には団長の座を手に入れたのだ。
オクタヴィアナはパルクトゥード王国史上、女性初の快挙を成し遂げた人物として、今も尚絶大なる人気を博している。
この異色な経歴が、彼女に“賢王の懐刀”という二つ名をも齎した。
女性貴族の頂点に立つ王妃が醸し出す威厳と風格は、俗に言う華麗な淑女のそれとは真逆の威圧感を醸し出す。
近付くオクタヴィアナから発せられる覇気があっという間に場を支配した。ぴりり、と張り詰めた空気は瞬く間にクラリオラ達の肌を刺す。
エクセルシウォルとクラリオラは進路を開けるべく傍に避け、随行していた者達も即座にそれに倣った。
膝折礼の姿勢で視線を落とせば、磨き上げられた大理石の床に精緻な刺繍で彩られた衣装の裾が広がり——止まった。
オクタヴィアナ王妃の凛とした、張りのある声が頭上から降ってくる。
「久しいの、エクセルシウォル。相も変わらず気難しい顔をしておる」
「——この様な場で王妃陛下にお会いするなど夢にも思っておりませんでしたので」
王妃の問いに応える王太子の声音は低く、鋭い。
エクセルシウォルの返答にクラリオラは心の中で驚いていた。受け取り方によっては不敬と捉えられてもおかしくないのではないのか。幾ら血の繋がった親子と言えど——相手は我が国で国王に次ぐ身分の王妃陛下なのだ。
しかし、オクタヴィアナ妃は王太子の態度など全く意に介さず高らかに笑った。
「そう警戒するでない。お前が振り撒く噂の波音が存外大きくてな。城内が浮き足だっておる故、様子を見に来たまで。まあ——効率のみを重視して性急に事を推し進める悪い癖は変わらぬようだ」
「そちらこそ——物珍しい事象を見つける度に、先陣切って干渉される悪癖を改めるお心積りはないようですね」
相手の真意を探るように鍔迫り合いを繰り返す王妃と王太子の遣り取りは、背後に控える者達を震え上がらせている。
ただ一人、クラリオラを除いて。
(親子と言えど……やはり王族なのね。戯れ合う言葉さえ機知に富んでいるなんて……本当に面白いわ)
実は、クラリオラは頭上で交わされる会話を大いに楽しんでいた。そもそも社交とは縁遠い日々を生きてきた彼女は、貴族同士が交わす会話を耳にする機会が極端に少ない。只人ならば逃げ出したくなるような今の状況も、旺盛過ぎる好奇心が先走り、見当違いを起こしている。実践不足な彼女だからこその有り得ない勘違いだと言ってもいい。
「——それで?」
王妃がちらり、とエクセルシウォルの隣に視線を移した。偶然鉢合わせた訳ではない。オクタヴィアナは明快な意図を持って二人の前に姿を現したのだ。
「レクレディ公爵家の公女、クラリオラ嬢——私の妃候補の一人です」
エクセルシウォルの紹介を機に、膝折礼のまま控えていたクラリオラは拝謁の機会を得た。
「パルクトゥード王国の輝ける宝玉で在らせられる王妃陛下の御前にて拝謁の栄、誠に恐れ入ります。レクレディ公爵家が公女、クラリオラに御座います」
更に深く、首を垂れる。
「——良い、面を上げよ」
王妃の命にクラリオラは静かに身体を起こした。興味深げに公女を観察する瞳と視線が交わる。空色の瞳の奥に在る感情は読めない。
(何故かしら……とても——不思議な御方だわ)
初対面の貴族令嬢が王妃と目を合わせたまま視線を外さないなど前代未聞の所業である。幾ら許されたと言っても限度があるのだ。勿論、淑女教育を受けているクラリオラが失念する筈はない。
だが、クラリオラの秘色は吸い寄せられるように澄んだ空色へと向かう。
——目が、離せない。
遥か彼方、心の奥に仕舞い込んだ、遠い、遠い、忘れた筈の記憶——。
オクタヴィアナはクラリオラを観察するように眺め——ぱちり、と扇を閉じた。数度とんとん、と掌に扇を打ち拍子を取る。
「——成程」
扇の先端を顎に当て、呆れ顔で言葉を続けた。
「なんとも不釣り合いな組み合わせだな」
一瞬で場が凍りつく。
ただ、クラリオラだけが冷静に現状を分析していた。
(私としたことが……つい惚けてしまったわ。王妃陛下は私の不躾な視線に御立腹なされたのね。だとするならば——どうやって挽回すべきかしら)
ひとまず非礼を詫びねば……と再度、低姿勢を取ろうとしたクラリオラを王太子がやんわりと止めた。
自分が犯した失態の所為で、計画の足を引っ張る形になってしまった。申し訳なさで眉尻が下がるクラリオラに対してエクセルシウォルは心得たようにうなづくとオクタヴィアナに向き直る。
「王妃陛下、少々御言葉が過ぎるのでは?」
淡々と……嗜めるように指摘され、オクタヴィアナは自身が発した言葉が公爵令嬢に大きな誤解を与えたと気付き、大きな声を上げた。
「馬鹿者! 何を勘違いしておるのだ! 私は、お前のような欠陥品を! この見目麗しい令嬢に充てがうなど……それこそが王家の名折れだと言ったのだ!」
逆だったーーーーーー!(笑)




