光らない女たち
「あ、今、作ってる最中なんだ」
緩衝液の中に浮かぶ110センチほどの肉塊に向かってコーラルが声をかけた。かたわらのアイボリーはコーラルに気づいて作業の手を止める。
「最終的にはシノノメの意見を聴かないと決められないところが多いけど、まあ、だいたいはこんなもんかな?」
筋肉の隙間からのぞく骨格が鈍い金属光沢を見せる。
「チタン合金なのか。いいの? カルシウム骨格じゃなくて? 重いぞ?」
「約束したのは、原体のようなものであって、原体同型じゃない」アイボリーが言う「いったん光子体になってるからねぇ。光子体は不死だから、気づかずに無茶しながら普段の生活を送っている。高速で移動したり、物質を透過したりだね。そんな感覚で体躯を扱われたら、いきなり大怪我だ。原体に戻れなかった理由はこれだけじゃないけど。理由のひとつ、ではある」
「骨格が強化されてるんなら、当然、筋肉もだよな」
「そりゃそうだよ、全部強化しなきゃ未強化の部分に歪みが集中する。ご明察の通り、筋肉細胞はコーラルと同じでサイズが10分の1だ。おまけに情報処理なんていう機能はつけてない。筋細胞一個あたりの出力は2割程度まで落ち込んでいるけど断面積あたりの筋量が10掛ける10で100倍、これの2割で20倍の筋力だ。金属骨格の駆動にも問題ないよ」
「それってさあ、マル、セセと喧嘩したら、ぺしゃんこになったりしない?」
「しないよ。マルはもっと強い」
「亜空間エネルギー使えるから、確かにそうではある」
「ただねぇ、普通に食物とって消化して糖分蓄えてだと、それだけの筋肉動かすのは無理があるんだよ。普通に生活するだけでも足りない」
「いつも腹ペコなの? 可哀想」
「だから活動エネルギーを外部から入れる。ほら、ここ、お腹のあたり、電気ウナギと似たような蓄電細胞を入れてある」
「充電式なのか」
「ヒスパニオラは、星系全体、任意の地点に誘導電流が流せるようにインフラができてるから、非接触でエネルギー供給できる。エネルギー的にはそうだけど、生体部分を活かすためにタンパク質や糖質の補給は必要なんで、みんなと一緒にご飯は食べる」
「それを聞いて安心した」そう言ったコーラルだが、すぐに眉間にシワを寄せた「ずいぶん複雑な構造になってるけど、ポイントみたいにはできなかったのか?」
「あれはあれでイロイロ問題あるんだけど…」アイボリーはちょっと端切れが悪い「避けた理由の1番は、構造が光子体に似てるってことかな。光子変調と空間変調っていう違いはあるけど、ちょっと似すぎてる」
「似てちゃ、ダメなのか?」
「セセが光子体でここに来たから」アイボリーはコーラルの問いに答えた「たぶん、むこうは光子体を探してる。だから、光子体とかけ離れた体のほうが良い」
ベッコウがタイタンの草原で寝転がっている。
星が綺麗だ。
「見えますか?」
チャオの問いにベッコウが天を見たまま答える。
「見えないよ。逆に、見えたらみんなを呼ばなきゃ」
それはそうです、チャオもベッコウの隣に寝転んだ。
「来ますか?」
「来ないんじゃないかなあ」これはちょっと希望も入ってるから、とベッコウはことわりを入れた「今はもう無いけど今あるものは、マルとセセ、2人だけの秘密だ。模型はコイントスに返してしまったしね。普通なら絶対に追えないけど…」
世の中、何が起こるかなんて、わからないからなあ
「何故、セセは追われてるんでしょうか?」
「光子体が生き延びるためだよ。どこの光子体かは知らないけど」
「どういうことです?」
「ポイントが、セセはこれからワタシたちが行くところから来た、と言っていた。光子体は環境変化、とくに光と空間の変化に弱い。隣りで宇宙なんか回されたら、ほとんどの光子体は消滅する」
「消滅ですかあ」
「まあ、そうだろうね」
「ほとんどと言うと、少しは残る?」
「セセは超空間ゲートを通ってこれた。超空間は亜空間と違って、普通の光子体には超えられない壁だ。そこで個々の光子体の資質が効いてくる。セセにはものすごい種類の資質が組み込まれている。だから単独で超空間を超えられた」
「単独で? 複数の光子体が資質を補い合えば、セセを追って来れる?」
「どうだろ? そういうの苦手だから融合とか使ったんじゃないの?」
「じゃあ、しばらくは大丈夫?」
「さあ、どうかな?」ベッコウは天を見続ける「ワタシはユータでもシノノメでもないからね。何が起こるかなんてわからない」
それにしても、とベッコウは起き上がって、草むらに座り直した。まだ寝転んだままのチャオを見やる。
「少年、ずいぶん、セセのことが気になるんだな」
「そりゃあ、気になりますよ」チャオは天空を睨み続けながら言った「セセはチャオの友だちです。どんなことがあっても、追ってくるヤツらなんかに指一本触れさせはしません」
リリオンは、パレアナの前でずっとニコニコしている。テーブルの上の紅茶、リリオンの分はすっかり冷めているのだが、リリオンはとくに気にしてないようだ。
「それでさあ」リリオンは満面の笑みで言う「マルに彼女ができたのよ。セセちゃん、って言う娘なの。なんと、遠い星から来たお姫様なのよ」
遠い星から来た、あってる。
お姫様、かなりの数の光子体を集めてセセは作られた。だからまあ、女王みたいなものかもしれない。お姫様、とはちょっと違う気がする。あと…
彼女、か?
「自分の息子がさあ、お姫様と結婚するなんて、素敵じゃない? そしたらマル、王子様よ」
ーー結婚はしてないだろぉ
「いや、さ」パレアナは、それでも遠慮がちにリリオンに告げる「お姫様ってほどではないんじゃない? それだとシノノメちゃんも、吉祥の当代、ってことでお姫様みたいなもんだし、ユータが王子様なんてヘンだよ」
「やだあ、何言ってんのよ、パレアナ」リリオンが笑う「それだと轍とかシルベの従姉妹の初美とかいうオバさんもお姫様ってことになるじゃない? そんな莫迦なことない」
笑い飛ばした後にリリオンの眉間に皺が寄る「だいたいハツミとかいう女、マルを勝手に連れ出したりするし、人攫いじゃないの、まったく、ロクなもんじゃない」
いろいろ事情もあったみたいだし…、とパレアナは取り持とうとするがリリオンは聴く耳を持たない。あそこの家は、勝手に子どもにオヤツあげるし、怪しいもの売りつけるしで…、などと、愚痴が止まらない。
「ねえ、知ってる? アタシ、最近、地球の本読んでるのよ」
突如、話題が変わったようで、パレアナはホッとした、が、そうではなかった。
「悪・役・令・嬢」リリオンはわざわざ変なところに区切りを入れた「悪役令嬢っていうのよ、ああいうの。姑息な手段でお姫様を陥れて、自分だけ幸せになるの」
うーん、パレアナは唸ってしまった。なんか色々違うくないか?
そう言えば、とパレアナはシノノメの愚痴っていた吉祥に対する風評被害のことを思い出した。子どもを攫うとか惚れた男を籠に囲うとかだ。シノノメがこぼしていたのだが、シルベとハツミのことだとするとそれほど的はずれでもない。
今までは寝てばかりいたから気づかなかったけど
もしかしたら、リリオンって、シルベと同じくらい性格悪いのかな。
パレアナにとって新鮮な発見だった。




