光らない女
「本日は、ちょっとご相談したいことがありまして、ご無礼とは存じましたが、お呼び出しさせていただきました。不調法なシノノメのお願いにお答えいただき、真にありがたく存じます」
シノノメは畳敷きの部屋に2人を招き入れ、三つ指ついて頭を下げた。マルとセセも見よう見まねで、同様にお辞儀する。
「あのぉ、ボクが居ても良いんですか?」
マルはおっかなびっくりでシノノメに訊いてみた。用があるのはセセにだと聞いていたからだ。
「もちろん、いえ、むしろ居て頂かないと困ります」シノノメは真顔で返す「昨今、吉祥の女に対するロクでもない風評がですね、出回っていて、たいへん、迷惑してるんですよ。女子供を攫って精気を吸うだの、懸想した男の魂を奪って籠に入れて飼うだの、言いたい放題です。シノノメの母とか、ハツミ伯母さまとかだったら、まあ、言われたって仕方ないと思うんですけどね。シノノメは違うんです」
どこが違うの? とか訊いたら本当に攫われそうだし、余計なことは言わないほうがいいな、とマルは思った。セセも怯えているのがあからさまだし、やはりマルが居るほうが良いんだろう。
セセが落ち着かないのは、シノノメも承知していた。手っ取り早く要件を切り出したほうが良かろう、とシノノメは考えた。
「光りたいんですよ」
「え?」
「セセ、みたいに光りたいんです」
困った。
セセはこんなこと言われたのは初めてだったし、どうしたらいいかわからない。
思わずマルのほうを見たが、マルも困っている。どうしたものかな、と思っていると、シノノメが慌てて付け足した。
「あ、別にですね。セセが何かする必要はないんです。そうですねぇ、どうやって説明したらいいでしょうか? あ、そうだ…」
シノノメがにんまりと笑った。何か思いついたらしい。正直、恐い。
「これからシノノメは、この体を抜けて、別のモノになって、またここに来ます。あ、心配しなくて良いですよ。シノノメの中にはシノノメの先祖がたくさん入ってますから、誰かがこの体は維持します、では…」
シノノメの顔つきが変わったような気がした。何が、どう変わったかは、説明するのが難しい。シノノメみたいな何かは、両手の人差し指と中指をチョキチョキとした。カヨさんのよくやる仕草だ、とマルは思った。シノノメの中身はカヨさんかもしれない。
ふわりと2人の前に青い猫が舞い降りた。口を開くとシノノメの声で言う。
「こんな感じで、シノノメは他のモノにも入り込めるのです。何にでも入れるわけじゃないですけど、まあ、相応の仕組みが揃っていれば、可能、と言うことです」
はあ、と、セセとマルは返事ともため息とも取れる受け答えをした。シノノメの意図がわからない。
「それでですね」猫は得意げに話す「1回、いや1回じゃ少ないな…、何回か、ですね、セセの中に入らせてもらえれば、だいたい分かると思うんですよ…」
ええっ!? セセは悲鳴みたいな声を上げた。がたがた震えている。思わずマルにしがみついた。
マルもセセを抱きしめた。まあ、いろいろ、分かる。
「あ、無理にとは言いませんよ」猫は低姿勢だ。でも、低姿勢の猫が他人にとってどれほど脅威に映るか、おそらく猫にはわからないだろう「もちろん、セセが良ければ、ということです。嫌なら他の方法を考えますし、そんなに気にしなくて良いですよ」
2人は金平糖の袋を一房ずつ持たされて帰ることになった。その気になったら連絡くださいね、とシノノメには言われたが、正直、セセにはどうしたら良いのかわからない。
ーーシノノメだけがセセに入るのは不公平ですよね
実はシノノメの申し出はもう1つあって、それはセセを原体に戻すというものだった。
それは光子体にとって不可能、とされていたことだった。原理上、原体から光子体になったら、もう戻れないのだと言われていた。
そんな難しいことじゃないですよ、とシノノメは言った。原体みたいな何かを作ってそれに入るだけだとシノノメは言う。猫に入るのと大差ないという。
ーー居心地悪ければ光子体に戻れば良いだけです
光子体のコミュニティの中では、その原体みたいなものを造ることができない、と言われていたのだ。
でも、シノノメならできるのだろう、マルがその点を反論しないし、猫はシノノメみたいにしゃべっていた。
「あのさ、これ訊いていいかどうか、わからないんだけど…」マルが控えめにセセに訊ねた「だから言いたくなければ答えなくていいよ」
「はい?」
「セセはどうやって生まれたの?」
「たくさんの光子体が融合して、です」
ああ、なるほど、とマルは理解したようだが、セセのほうが少し不安だったので、続けてセセは説明する。
「初期の光子体は出来ることが限られていました。光弾を撃てるもの、まるで物質であるかのように他のものを掴むことができるもの、これら資質は情報として他の光子体に伝えることができなかった。光子体は原理的には不滅ですから、役割分担をしてやっていけば、とくに困ることは無かったはずなのですが…」
「それで融合か」
「そうです」少しためらうようにセセは答えた「融合した光子体はフィールド以外を全て失います。資質も融合後に継承されるかどうかは、そうですね、こう言ってしまうと身もふたもないんですが、運次第です」
「おや、君が噂の光子体さんだね。こんにちは、初めまして」
ポイント、マルが叫んだ。セセの話しに聞き入っていたとはいえ、気づかなかった。
「ポイント…さん」セセも驚いて声を上げた「本当にマル様によく似ておいでで…」
「そんなこと言ってくれるのは、君とユータぐらいだよ」ポイントはため息をついた「ボクも結構似てると思ってるんだけど、皆はあまり似てない、って言うんだよね。とくにシノノメが煩くて…」
「シノノメさんが?」
「ユータに似せるな、って言うんだよ。そんな気ないのにさ」
「はあ…」
「シノノメはユータのことになると目の色が変わるから」マルがセセに説明した。
「これから、どこに行くんだい」ポイントがマルに訊く。
「コマチ先生のとこ」マルは答えた「セセは専門外だけど、いちおう体調チェックぐらいしてくれるって、コマチ先生が言うから」
「じゃあ、それが終わったら、カヨさんの道場に来てくれ。待ってる」
「道場なんか入って大丈夫なの?」
驚いてマルが訊ねる。ポイントは両腕を広げてちょっとおどけて見せた。
「大丈夫だよ。個々の点群は分離されてもそれぞれ独自に自立出来るんだ。いや…」ポイントはマルにだけわかるようにニヤリと笑った「自立できるように練習したのさ」
「それで、何の話し?」
道場に入るなりマルが切り出した。ポイントだけかと思ったら兄貴もいた。
「セセのことだよ」アイボリーが言う「シノノメがセセの精神を光子体から外そうとしてるだろ? あれ提案したのアイムだから」
「ボクもそのほうが良いと思ってた」マルも言う「セセが逃げてきた原因についてはポイントに訊けば良いの?」
「そうなるかな」ポイントが腕を組み、その表情が難しくなる「厳密に言うとユータに訊くのが一番だが、ボクでも大差ない。セセはある空間から来たが、そこはこれからボクらが行くところ、宇宙を回転させる空間だ」
「そんなことじゃないかと思ってたんだ」マルは肩を落とした「アレシボリプライに書いてあったんだな?」
「そういうこと。厳密に言うとちょっと違うが、いま、その部分を読めるのは、マッハポイントであるボクと、マッハポイントで宇宙を回すユータだけだ」
「もう少しだけ厳密に言うと、ユータはアレシボリプライを全部読める。アイムが内容を話して聴かせてよ、って頼んだことあるけど、話し終わる前に宇宙がなくなっちゃうよ、って断られた」
「セセが、その部分を読めないのは何故?」
「それはねマル」アイボリーは急に優しい口調になった。今だけは、本当にマルの兄のようだった「マルがセセを大好きだからだよ。セセがアレシボリプライを読むのをマルが邪魔してる。それ以外にセセを救う方法がないんだ」




