輝く女
コンビニは今日も盛況である。
両替のベッコウの隣りに、紅い大日傘と緋毛氈を敷いた縁台が出ている。その縁台にマルとセセが並んで、ちょこなん、と腰掛けている。
セセは目覚めてすぐに、マルと寸法が合ってないらしいことに気づいた。こういうのは、いくら意識を通わせていたとしても難しいものだ。大きさを変えるのはセセのほうが簡単なので、マルとだいたい同じくらいの背格好にした。光子体はこういうところが便利である。それを見たハツミさんが完全に舞い上がってしまい、秘蔵の七五三衣装、紋付羽織袴と紅金の振袖を持ち出して、カヨさんと総出で2人に着せてしまった。
縁台に並んで座っているマルとセセは、どこをどう見てもお人形さんのようだ。
マルとセセは、ハツミさんが店に置いてある冷凍庫から出したアイスキャンディを舐めている。ハツミさんの奢りだよ、とは言うのだが、アイス自体は何処からリョージさんが調達してきたものだし、ハツミさんは店番のついでに冷凍庫を開けただけだ。
マルはアイスキャンディを頬張るセセの口元を見つめている「セセがアイス食べられて良かった」マルはホッとした顔つきだ「光子体ってもっと不便なのかと思ってたから…」
「美味しいですよ」セセが言うと、パッと辺りが明るくなる「栄養にはならないんですけどね。初期の光子体は、何でも素通しでしたけど、使えるフィールドとか増えて言って、原体で出来そうなことは大方できるようになったといいます。もう原体なんかないので、確かめようはないんですけど」
マルはセセの帯留めにぶら下げてある金星の模型を見つめている「それ、コイントスに返さなきゃね」
「そうです、これには本当に助けられました」セセは右の中指と親指で模型を弄ぶ「お礼を言わないといけません」
「この500円、両替して」わざとらしい大声でベッコウに頼んだコーラルは、急に声を潜めてベッコウに訊ねる「どう? あの2人、上手くいってそう?」
ベッコウもわざとジャラジャラ10円玉を音を立てながら数える「上手くやってんじゃんないのぉ? そうゆうトコ、マルってそつがないからさ」
コーラルはちらと縁台の前にいる猫を見た。
サイアミーズ、青い猫は背筋をピンと伸ばして、2人の幼子の前にいた。
「何だよ、あれ。シノノメだけあんな真正面で見てて、卑怯じゃん」
「そんなこと、言ったって…。マルはあの格好のシノノメ、ほとんど見たことないし、セセなんて、シノノメが猫だなんて知らないじゃない」
「気配でわかるだろ、あんな猫、この世界にいるわけがない」
「それがわかんないくらい2人の世界にひたってるってことでしょ」
アイスキャンディを舐め終えたセセは、名残惜しそうに、残った棒をゴミ箱に捨てると、マルと手を繋いだ。
「追いかけるぞ」
「ええ? 何でよ?」連れ立って歩くマルとセセの後を、つけようとしたコーラルをベッコウが引き止める「行き先わかってんだから、あわてて追いかけなくていいよ。振り向かれて、目とか合ったら気まずいじゃない」
「行き先わかってるって?」
「金星の模型返す、って言ってた、コイントスに。だから、たぶん、ビルのとこ」
「盗み聞きしてたのか」
「オマエも聞いてただろーが、頭に入ってなかっただけっしょ」
「でも、シノノメは追っかけてるぞ?」
ひょいひょいと草むらに隠れながら、青い猫は、マルとセセの後ろからついて行く。
「シノノメのことなんか知らないよ」2人が遠ざかったのでベッコウの声も次第に大きくなる「とにかく、ワタシは行かないから」
コーラルはしばし躊躇していたが、結局、マルたちを追うのはやめた。ベッコウに逆らって良かったことなど一度もない。
「あら、そのまま持っててもらって良かったのに」
コイントスは言った。見ると、コイントスの首には金の輪が3つXYZに重なったペンダントが掛かっていて、燃える焔をあげる天体模型が納まっている。
「くじら座τなの」コイントスは嬉しそうに喉を上げ、それからビルのほうを向いた「新しく創ってもらったんだ、ね、ビル」
「太陽系天体以外もそろそろ造ろうと思ってんだ」コイントスにとも、見かけ幼い2人にとも、和かに笑いながらビルが言う「だから、ちょうど良かった。初めてのくじら座τはコイントスに着けてもらいたかった」
「じゃあ、これはどうしましょう?」セセが困った顔になる「この模型のおかげでここに来れました。だから大事なものだけど、セセが持っていても、どうしようもないんです」
「自分の場所がわかっても、たいして良いことないもんね」コイントスはいったんは同意したものの、何か思いついたのか、不意に目を輝かせて歌い出した。
ーーそういうものは、恋人の片方が持つものよ。どこにいても相手がわかるように
「だからマルが持ってなさいよ」ヨウムが言って、クチバシで挟んで、セセの手から金星をマルの手に移した。
「あ、良い考え」
「セセはいつでも、どんなところでも、マルの場所がわかるよ」
ふうん、とマルは模型の鎖を左手に通した「これで良いの?」
はい、とっても。セセが笑って、また周囲が明るくなった。
それにしても、とビルが呟いた。「どうして今はもう無いけど今あるものが必要だったの? ボクには良くわからないんだけど…」
「セセもよくわかりませんけど」と控えめにセセが言った「セセは今はもう無いけど今あるものを目指すと、アレシボリプライにそう書いてあったのです」
「へえ、アレって全宇宙共通の呼び方なんだ」ビルが目を丸くした「アレシボリプライの特性から言って、当然と言えば当然だけどベルンシュタイン教授、唯一の功績か、人の成す仕事なんてものは、いつ評価されるか、全くわからんもんだな」
「でも、アレシボリプライに未来の別宇宙のことが書いてあるの? おかしくない?」
「おかしくはないよ」ビルはコイントスを優しく諭した「光は未来にも過去にも走る。アレシボリプライは全宇宙共鳴構造だから、共鳴の担い手が光しかない。当然、光子体であるセセは、アレシボリプライと親和性が高い」
「それじゃ、アレシボリプライを全て解析したら、宇宙のこと全部わかるじゃない」
とても納得できない、と言わんばかりにヨウムが叫んだ。でも、ビルは落ち着いたものだ。
「全天付加価値情報共鳴構造」ビルが言う「アレシボリプライは情報共鳴していることを取りあげられることが多いけど、高度に暗号化されてることも忘れちゃいけない。共鳴構造と暗号化は相補的で切り離すことができないのも重要。単純な暗号化は復号鍵を必要とするけどアレシボリプライには復号鍵がない」
「じゃあ、暗号化されたまま、ってこと?」
「そうだよ。鍵がないから平文が必要になる」
「平文?」
「暗号化される前の情報だよ」
「どういうこと?」
「今回の例で言うと、『セセは今はもう無いけど今あるものを目指す』が平文」
コイントスは目を白黒させた、わかるような、わからないような…
「で、この平文はセセにしかわからないし、意味がない。そうだよね、セセ」
「はい、そうです」セセはビルの言葉に肯いた。
「平文と暗号文があれば、無限大の解析時間を費やせば復号鍵は手に入る。でも、それはセセのもの。そういうことだよ」
「でもそれで復号鍵が手に入ったのなら、それでアレシボリプライを解析すればいいじゃない」
「そう考えたのがベルンシュタイン」ここでビルが笑った「でも、できなかった。個々の情報が全て共鳴しているので復号鍵も共鳴している。でも共鳴してるだけで復号鍵が全部違うんだよ。だから平文を持ってる者にしか、アレシボリプライはその扉を開かない」
「暗号化される前の知識が揃ってなければアレシボリプライは読めない、ってこと?」
「そういうこと」
「ずいぶん意地悪なのね。アレシボリプライって」コイントスはため息をついた「でも、知ってる。楽しようと思ってあれこれ選んで仕事しても、結局、最後には全部やらなきゃならないのよ」




