光る女
その朝、子供部屋はちょっと騒ぎだった。
マルのベッドの隣りに倒れていた者がいる。
うつ伏せに倒れていた。膝に届くほど髪が長かった。
髪、ではないのかもしれない。
体全体が仄かな燐光を発していた。
アイボリーは怪獣が来た、と大騒ぎしていたが、長い髪の間からのぞく顔が女の子っぽかったので騒ぐのをやめた、
昔、コーラルを怪獣扱いして酷い目にあったことがあるので、アイボリーは女の子を怪獣扱いするのをやめたのだ。
彼女は右手に金星の模型を握りしめていた。
今はもう無いけど今あるものだった。昨日、マルがビルのところに行って話しをすると、ヨウムが貸してくれた。目標が必要だと言ったら、快く貸してくれたのだ。
だから、責任、ということになると、マル、ということになる。
「光子体だな」ユータが言った。
「光子体? 何ですか? それ?」
シノノメに問われたユータは答えた。
「光子を何重にも変調して、情報集積し、物理的に安定化したものだよ。そうだよね、ベッコウ?」
問われたベッコウは、難しい顔をした「そうだけどね。光子だけど、ワタシにも見た目は女の子に見えるよ」
「光子なのに光子ですか?」
チャオの問いはもっともだ。これにもユータが答えた。
「こっちの宇宙には存在しないタイプの情報体なんだ。超空間ゲートを超えてきた。だから元の宇宙の呼び方が優先される」
「宇宙人ですか?」
「別宇宙のね」とアイボリーがチャオに言う。だから怪獣でもいいんじゃないかな、アイボリーは思うのだが、声には出さなかった。
「生きてるんですか?」シノノメが訊く。
「ボクらが生きてる程度には生きてる。疲れてるみたいだけど。ここにずっと寝せておくわけにもいかないし。保健室に連れていこう」
「セセ、大丈夫だよ」マルが光子体の耳元で囁いた「保健室に行こう」
マルが囁いた途端、光子体の姿がかき消えた。
「保健室に行ったのかい?」
ユータの問いにマルは頷く「保健室の場所はボクが知ってるから、セセにもわかるよ」
「セセ、というのは…」
「あの子の名前」
「ああ、名前があるんだ。良かったよ」ユータはホッとした顔つきになった。
「大丈夫なのかな」さっきまで光子体のいた場所を眺めながら、誰に言うでもなくチャオが呟いた。
「大丈夫だ。悪いヤツじゃない」コーラルがチャオを励ますように言った。
「ほんとですか?」チャオはちょっと驚いた「わかるんですか?」
「わかるよ、さっき触ったから」コーラルは触れたものに対して筋肉繊維と運動神経で相互に情報交換できる「光に触れるとは思ってなかったから、ちょっと驚いたけどな」それから腕組みして首を傾けた「悪いヤツじゃないのは確かなんだけど…、何でアイツ、あんなにマルのことが好きなんだろう?」
「光子体なんて診たことないからなあ」
奥の部屋にセセを寝かしつけて、コマチ先生、困り顔である。
「そりゃ、そうでしょうけど」ユータが必死になってコマチ先生を宥める「ある程度は人間の体に近くなってるはずなんですよ」
「もとが人間体だから?」
「少なくとも、何世代、いや、何百世代かもしれないけど、昔は人間だった。吉祥みたいなものだと思ってもらえれば」
「シノノメは、あんなじゃないです」
しまった、喩えが悪かった、ユータは後悔したが、もう遅い。
「あんな美人じゃないし、光り輝いてもいません。せめて、こう、もう少し、ホタルみたいに光ってれば、シノノメだって…」
ーーそこかよ
コマチ先生は、シノノメのわけのわからなさに、職場放棄したい衝動に駆られたが、自業自得とはいえ、必死にシノノメを宥めるユータに、ちょっとだけ気力を振り絞った。
「で? あれってエネルギー不足なの?」
「そうだと思いますけど…」
「エネルギー満タンなら、もっと明るい、とかそう言う話し?」
「え? あれ以上、光るんですか? そんな、シノノメはどうすれば…」
もう埒があかん、シノノメのことはユータに任せて、マルに話しを聴こう、コマチ先生は立ち上がり、奥の部屋、セセが寝ている隣りに、心配そうに座っているマルに向かって歩き出した。
「マル、ちょっと良い?」
はい、とマルは座ったまま不安げにコマチ先生を見上げた。
「セセとはいつ頃から話ししてるの?」
「太陽系出てすぐくらいからです」
ああ、なるほど、マルが急成長始めたころからなのか、そういうことなら納得はできる。
「どうして内緒にしてたの?」
「内緒にしてたわけじゃない。みんな、そんなものだと思ってて、とくに変なこととは思ってなかった」
「普通のこと? どういうこと?」
「幻想の友だち、それだと思ってた」
ありゃま、コマチ先生は驚いた。変に賢い子ってこういうことあるんだ。幻想の友だちなんて、認識できてたら幻想じゃないじゃん。
「でもさあ、ちょっとは、おかしいかな? とか思わなかった?」
「ポイントと」マルは言った「ボクのこと間違えてるかも、とは思った」
うーん、わかるような、わからないような、でも、何か言わなきゃ、とコマチ先生は頑張った。
「女の子はさ、好きな人のこと間違えたりしないよ」
「誰が本当に好きなのかわからなくなることは、たまにあるけど」
背後から突然声がしてギョッとした。コマチ先生がふりむくと、ハツミさんだった。
ーーこの人、いつも突然出てくるんだよな
「光子なんて、竹取の娘以来ね、久しぶりだわ」
「前にも会ったことあるの?」
「たまにはね」誰に対してなのか、よくはわからないが、ハツミさんは笑った「とてもめずらしい者よ。鬼の子よりずっとめずらしい」
「そうっすか」
噂だけど、この人が引き込んだ、って話もあるんだよね、噂だけど…
何か知ってるんですか、と、一瞬、訊きそうになったが、コマチ先生はかろうじて堪えた。
ーー訊いたところで、ロクな目に合わない
そのとき、
ぱちんっ、と音がしたようにセセのまぶたが開いた。
そのまま、真っ直ぐに、マルを見据えたセセは、がばっとベッドから跳ね起き、マルに抱きついた。
「マル様、マル様、セセのマル様」
セセはガッシリとマルに抱きつき離そうとしない。マルは何故か、セセにされるがままだ。セセは見かけ、ベッコウやコーラルと同じくらい。マルよりだいぶ大きい。そんなセセに抱きしめられても、マルは抗おうとはしなかった。
光で出来てるって話じゃなかったのか? 何でマルを拘束できるんだ? コマチ先生が、ぼんやり、そんなことを考えていると、セセはなおも思いのたけをマルに告げる。
「セセの、セセだけのマル様、もうずっとセセのです。マル様は、ずっとセセのものです」
どっかで似たような言い方を聴いた。すっかり頭の回らなくなったコマチ先生の、それでもスカスカの脳の端っこに危険信号が響いた。
「だから、光りたいんですよ。ピカピカと。シノノメは」
「光子体っていうのは、けっこう不安定だから、何か事情がなければ、ならないほうが良いと思うんだけど…」
「事情はこのさい置いといて、光りたい」
「光らなくても、十分、シノノメはかわいいよ」
「シノノメはかわいくないですよ。光りたいんです」
あいつだ。
どっかで見聞きしたと思ったら、この娘、シノノメに似てるんだ。
コマチ先生は、あわててハツミさんを探したが、とうの昔に消えていた。
ーーマル様、良かった
ーーセセのマル様、もう、ぜったい、離さない




