コンビニでお買い物をしようその2
「現在地は、くじら座τ最外縁ってとこかな。120auぐらい」
「もう太陽系じゃないのにau(天文単位)っておかしくないか?」
「いや、1auぐらいのところにハビタブル天体を作るから、ぜんぜん使って構わないよ」
「それで、ガムボールマシンを作ってもらいたいんですが…」
「え? ガムボールマシン? 懐かしい。でも…」
ひっそりリョージに話しかけられたメリルは、驚きながらもこう応えた「どうして? ガムボールマシンなんか…」
「コンビニエンスストアに商品として置こうと思うんです」
「コンビニエンスストア?」
「くじら座τ星系の物質密度は太陽系に比べてかなり大きいんだけど、軽元素に多く偏っている。これは核結合エネルギーの質量数依存によるもので、ガス天体が核融合により元素レベルを進化させていく初期段階の…」
いまユータくんに頼まれてコンビニエンスストアを作ろうとしている最中なので、などとリョージが言うので。メリルは思わずユータをガン見してしまう。ユータは太陽系での過去の超新星爆発の話などしていて、メリルには内容がさっぱりなのだが、こっちに話が回ってきた時に聞き直せばいいや、ぐらいの気持ちで聞き流していたのだ。
リョージには、ずいぶん世話になった。メリルはそう思っている。そもそもここにいられるのもリョージのおかげのようなものだ。だから、できるだけリョージの希望に添いたいとは思っているのだが…
「どうしてアタシに?」
「環境加速装置とか、ガムボールマシンとか、作るのが得意だとお聞きしましたので…」
ああ、また、環境加速装置か、アレばっかりだな。まあ、実績として数えてもらえてるのなら何もないよりマシか。
「喜んで作ります」メリルは作り笑顔で返したが、わざとらしかったかもしれない。
「結局、ハビタブル天体って何作るんです?」
「地球そっくりな何か。連れてきた生態系はもともと地球産だから。くじら座τまでの航行で、少しモディファイかかっちゃってるけど、星のほうを地球に似たようなものにすれば生態系も安定すると思う」
「主星のスペクトラムも太陽に似せていじったほうがいいぞ、かなり元素足さなきゃならんが…」
「そのほうが良いと思う。と言うか、そっちを先にやったほうが良いな」
「ルークチュップが欲しいんですが」
「え? ルークチュップ? 出来ますよ。大好きです」
「コンビニエンスストアに置きたいんです」
「コンビニですか。良いですね」
ジャックは少し面食らったものの、簡単に引き受けてしまった。
ねえ、大丈夫なの? とアイジュマルがジャックの耳元で囁く。
「大丈夫だよ。ルークチュップは作ったことがある」
「そうじゃなくて…、もう…」
アイジュマルの頭の中を幾万もの言葉が怒涛のように巡ったが、そのうちの一つも、彼女の口から発せられることはなかった。
ジャックが何かするとアイジュマルは不安になる。
もう、これは理屈とは関係ない。何もかもが落ち着かない。
用もすんだので、リョージはこっそり制御室を抜け出そうとした、が、そう簡単にはいかず、出口のところで捕まってしまった。
「面白そうなことしてるじゃないですか」
頑頭だった。栗鼠のような目をくるくるしている。
「面白そうなことじゃなくて、面白いことです」
「ますます聞き捨てならない。手伝いますよ」
ずいぶん乗り気ですね、と亮二は軽く流そうとしたのだが、頑頭はそう簡単に引き下がらない。
「学園祭であんな面白いことするんなら、旅行なんかしてなかったのに」
「面白いこと?」
「お化け屋敷」
ああ、と亮二はうわの空で返事する。お化け屋敷ならまだやってますよ、と付け足した。
「もう何回も行きましたよ。そんなことよりコンビニですよ」
「もちろん、コンビニですが、何か出品していただけるので? それとも、何か欲しいものあります」
「コンビニですよ」
「…よくわかりませんが」
「コンビニの建屋です。どうです? かっこいいの建てますよ?」
「ああ、そういうコンビニ…、じゃあ、お願いします」
語尾の、します、まで聞かずに、ガントーはどこかに行ってしまった。任せておけば何とかなるだろう。リョージは特に心配はしなかった。
「へえ、器用なもんですねぇ」
シモンが足の指で固定した小石にピンバイスで穴を空けている。リョージは感心しながら小一時間ほどその様を見ていた。穴の空いた小石を磨きながら、メロゴールドはときどきリョージを観察している。メロゴールドだってシモンが石に穴を空けるのを見るのは好きだ。でもリョージほどずっと見ていたりはしない。変な人だな、とメロゴールドは思った。
シモンの空ける穴は、実は石の内側で緩やかにカーブしている。ドリルやルーターだとなかなか難しいが、シモンはピンバイスでやる。メロゴールドはシモンの穴空き石をいつも磨いているので、穴の秘密は知っている。糸を通すと石はカーブのおかげでシモンの意図した方向を向く。首飾りも腕輪もやたら立体的に出来上がるのはそれが理由だ。
リョージは壁にかけられた三重の首飾りに見惚れていた。他の飾りも凄いが、これは一際目立つ。ここでリョージは、やっとメロゴールドのサークレットに気づいた。この首飾りをふた回りほど小さくしたものだが、段数は五重に増えていた。
「気に入ったのあったら、持ってっていいぞ」シモンが足の指に挟んだ石を睨んだまま言う。
「いや、お店に置きたいんですよ。コンビニです。人気出ると思うんですよね」
「店? これ売るのか?」シモンがようやく顔をあげ、部屋の壁面にかかっている装飾品をぐるりと見渡した「売るなんて、考えてなかったな」
これからは少し考えてくださいね、リョージは立ち上がってメロゴールドに訊ねた。
「コマチ先生はどちらに居られますかね?」
「昼間は保健室じゃないかなあ」メロゴールドは答えた「みんな保健室好きだからね。コマチ先生がいないと、大騒ぎで探す奴がいるから、なかなか他のとこに行けないんだ。だから保健室にいると思うよ」
「牛乳と卵とトマトとキャベツ?」
「そうです」
「いいよー。どれぐらいいる? 1トンとか2トンとか?」
「いや、そんなには、お店小さいですし」そう言ってからリョージはガントーのことを思い出した。大きさは指定してなかったけど、コンビニくらいの大きさってわかってるよなあ「そこの薬棚に並べられるくらいでお願いします」
「え? そんなもんでいいの? じゃあ、売り切れたら、すぐ補充するよ」
「いえ、そちらは私がやりますので、コマチ先生にそこまで手をわずらわせるわけには…」リョージは言って、でも、と付け足した。
「その代わり、と言っては何ですが、アイスクリームとアイスキャンデーをお願いしたいんです」
「あ、アイスね。アイス。お安い御用です」
たくさん、つくりますよぉ、というコマチ先生に、冷凍庫に入る分だけお願いします、とリョージは念押しした。
大理石の上に、熱くどろどろに溶けたキャラメルの素を流し込む。そのまま冷えるのを少し待つ。やがて冷えて固まったキャラメルを、大きな中華料理の包丁でもってサイコロ型に切り分ける。
「切れたぞ。あとはどうするんだ?」ルーガがティナに訊ねる。
「そこのセロファン紙で包むの」ティナは包み紙をルーガに手渡し、自分でもキャラメルをとって一個紙に包んだ。
「お、猫の柄がついてる。これって猫印キャラメルなのか?」
「何だっていいのよ」ティナが言う「味が大したことないから、せめて可愛らしくしておかないと売れ残っちゃう」
「売れるといいな」
「まあね」ティナはなぜかため息をついた「ファリアス・テクノロジーではいろんな装置を売ったし、サービスも売って、コンサルティング業務もやった。でも、このキャラメルほど売れて欲しい、って思ったものなかったわよ」




