コンビニでお買い物をしようその1
「コンビニ、ですか?」
「はい、リョージさんは経済産業省に勤めておられたから、詳しいですよね」
言われてみれば、この星の中でコンビニにいちばん詳しいのは自分かもしれない。
「と言うわけで、コンビニのオーナーになって欲しいんですよ」
ーー違うかもしれない
リョージとしても、なるべくユータの希望に添いたいとは思うのだが、この少年と話していると、いままで過ごしてきた世界みたいなものの土台が、根こそぎさらわれるような気がするのだ。
ーー気のせい、だとは思う
「理由を聞いても差し支えないですか?」
しまった、自分で訊いておいてリョージはしまったと本当に思った。理由なんか訊いて、事態が良くなることなんてあるか?
でも、言ってしまったから、仕方ない
「これなんですけどね」ユータは無造作にポケットから金貨を一枚取り出した「カヨさんにおこづかい貰ったんです。ボクだけじゃなくて、チャオとマルもです。でも今のところ使いみちがないので、コンビニを作ろうと思ったんですよ」
そう言ってユータはリョージに金貨を渡す。慶長一分金か。やっぱり訊くんじゃなかった。
「無理そうですか?」
ユータが心配そうに訊ねるので、リョージはあわてて首を左右に振った「いやいや…、カヨさんのおこづかい、ですか。カヨさんは親戚ですしね。せっかくあげたおこづかいが使ってもらえないんだと、さびしいでしょうしね」
リョージは一分金をユータに返しながら言った「なんとかしてみましょう。そうですね…、1週間、そう、1週間ほどお時間いただけますか?」
はい、開店までには準備も必要ですよね、ボクもみんなに宣伝します、そう言って喜ぶユータを見て、まあ、なんとかなるかな、とリョージは思うのだった。
「コンビニですか?」
初美は花のように笑んだ。何にせよ、亮二に頼りにされるのはうれしい。
亮二はたいていのことは1人で片付けてしまうので、初美の出番があまりない。こうして何かお願いされると、それだけで嬉しくなってしまう。
コンビニについては、初美はあまりよくわからない。昔、外商の佐佐木さんに「コンビニ展開のグッズです。お友だちへの御贈答品にいかがですか?」とヌイグルミみたいなものを勧められたことがあった。たぶん、何か展開するものなのだろう。あとで調べてみよう。
「それで、コンビニで何をすれば良いのでしょうか?」
「店長です。ユータ君が言うには、私がオーナーだということなので、初美さんには店長になってもらいたくて…」
「オーナーと店長はどこが違うのですか?」
「地球のコンビニならオーナーが店の経営者で店長は店舗の責任者、ということになるかと思いますが、そもそもここには経済システムがありませんからね、これは参考にならない。ベッコウさんによると、私が首領で、初美さんが女幹部みたいな感じだそうです」
「ベッコウちゃんがそう言うのなら、そうなんでしょうね」
気のないそぶりで返事したが、これは吉祥伝来の手練手管であって、初美はひさしぶりに何かとっても楽しそうなことが起こりそうな予感で、胸の中がワクワクでいっぱいだ。
「コンビニ、ってお店ですよね?」
古い吉祥の記憶を呼び起こして、初美は問うた。
「そんなようなモノです」
「売るものを揃えないとといけませんね」
「ああ、確かに」
「どんなものが欲しいか、お客さんに聴いてきます」
そして、初美は立ち上がった。
亮二はその立ち姿を見て、さすが初美さんは頼りになるなあ、と心の底で感嘆していた。
「あなたの欲しいものは何?」
コーラルは戦慄した。黒衣の魔女に目の前で宣言されて、もうこれまでなのかと恐怖した。たいして長い人生でもなかったが、それなりに楽しい生活だった…
「コンビニを今度開くのだけど、置いて欲しいものある?」
コーラルは初美の言葉に、少しだけホッとした。世界の終わりが来たわけではないようだった。
「…油かな。キャノーラ油があるといいな。コロッケを揚げるんだ」
「コロッケが入り用なら、コロッケ置くけど?」
「そんなことしたら、コンビニごと潰す。コロッケ揚げるのは世界中でオレだけでイイ」
あ、そういうことね。ハツミは納得した。ハツミだってコンビニに生姜焼き弁当を置こうなどと、毛ほども思わない。
どうもありがとう、ハツミは礼を言うと、ふらふらと歩き出した。
ーー神が来る前には先触れがある
それにしたってヒドすぎるだろ。コーラルはハツミの後ろ姿をみながら、どこにもぶつけられない苛立ちに悶々としていた。
「ビデオが欲しいの?」
「そう、ひまなす日和、全巻とか」
「それって、コンビニかしら? レンタル屋さんじゃないの?」
ハツミの苦手な分野であるが、なけなしの知識でもって応対した。
「コンビニでねえ。円盤抱き合わせでたまに売ることあるんだ。プレミアついてタイヘンなんだ」
「置けたら、買ってくれる?」
「買う買う、もう、店ごと買う」
「でも、それってベッコウちゃん、もう持ってるんでしょう?」
「持ってるよ。でも、お店で買うのは違うんだ」
「それで、何が欲しいの?」
ベッコウがそらでタイトルをあげ出した。しばらくハツミも聴いていたが、ベッコウが息継ぎしたところで口をはさんだ。
「お店もあまり広くないしねぇ。全部置くのは無理かもね」
「入れ替えてくれればいいよ。毎週買うから」
「なるほど、そうしてくれたほうが、お店も長くやれそうね」
「うん、買ったの見ながら、次来るの待ってる」
「で、最初のは、ひまなす日和、でいいのね?」
「よろしくお願いしまーす」
「おばさーん、シノノメのおばさーん」
「あら、髪の長い坊ちゃん、ごきげんよう」
ハツミは厳密に言えばシノノメの叔母ではない。ハツミはシルベの姉妹ではなく、従姉妹だからだ。子どもにあまり細かいことを言っても始まらない。もっともアイボリーの言い分は、シノノメの親戚のおばさんなので、これについては妥当である。
「チャオとマルの欲しいもの聴いてきたよ」
「ありがとう、何が欲しいって言ってた?」
「チャオはルークチュップだって」
「ああ、タイのお菓子ね。面白そうだし、他の子も買うかもしれないから、多めに並べようかな」
「それと、マルは、ガムボールマシン」
「え?」
「ガムボールマシン」
アイボリーはビジュアライザーで左掌の上にガムボールマシンを投影した。
ああ、これ、とハツミも納得する。ガラスの筐体に色とりどりの丸いガムが詰まっている。コインを入れてレバーをガチャガチャするとガムが出てくるのだ。
「よく、こんなもの知ってたわね」
「絵本で見たって」
「へえ、絵本ねえ」
マルは思ったより読書家のようだ。
チャオとマルの分はわかった。あとは…
「それで、アイボリーちゃんは?」
「セロハンテープ」
「セロハンテープ? 何でまた」
「ユータに訊いたんだ。コンビニで何か買ったことある? ってさ。そしたら、セロハンテープだって。アイムもセロハンテープを買ってみようと思うんだ」
初美はしばし考えた。セロハンテープ自体は良い。どうせ品物は亮二が揃えてくれるだろうし、セロハンテープなんて簡単なほうだろう。でも…
ーー友だちと同じものを買う、なんてことするものなんだ
初美には亮二はいるが、友だちはいなかった。だから、不思議だけれど、友だちのいる人は、たぶん、そういうものなのだ。




