子供たちの成長と周囲の環境についてその4
ユータが、右手でマル、左手でチャオと手を繋ぎ、連れ立って歩いている。
「今日は、おばあちゃんトコ行くからね」
ユータひとりで男の子2人連れて歩くのは、なかなか大変だ。行き先がカヨさん家なので、シノノメには頼めない。アイボリーだと話しがややこしくなる可能性が高い。
「おばあちゃん、スキ」
「ボクも、おばあちゃん、大好きです」
ありがたいことに、2人ともおばあちゃんが大好きだ。吉祥の中では、カヨさんは、まだかなり話しが通るほうだと思う。
家に着いてすぐ、2人はかすりの柄留袖を来たカヨさんに突進した。しゃがんで2人同時に受け止めるカヨさんはスゴい、とユータは思う。最近、カヨさんは洋装のほうが多いのだが、それだとお母さんみたいだし、おばあちゃんの服着て、という子どもたちのよくわからないリクエストがあって、たぶんカヨさんは、それで着物を着ているのだと思う。
カヨさんはタスキで袖を上げ、コンロの前に陣取る。中火の上に金属のお玉をかざしてあぶる。
お玉の底にはザラメが敷いてあって、溶けたところで火から下ろし、重曹を先端につけたすりこぎでもって、手早くかき混ぜる。
チャオもマルも一心におばあちゃんの手際を見つめていた。カルメ焼きが膨れると、歓声があがる。
2人とも大きなカルメ焼きをもらってホクホクである。噛み砕いて小さくなるのが許せないのか、縁を舐めては牛乳を含み、また縁を舐めるを繰り返している。
ユータもひさしぶりにご相伴にあずかり、出来たてのカルメ焼きをいただいた。
マルとチャオが自分のカルメ焼きに夢中になっている間にタスキを解いたカヨさんがユータに訊いた。
「で? 今日はどんなご用件ですか?」
カルメ焼きを口から離して、ユータは答えた。
「道場をお借りしたいんですが、よろしいでしょうか?」
「道場ですか?」カヨさんは怪訝というほどでもないが、不思議そうな顔でユータに訊ねる「どうしてまた?」
「ちょっと…」ユータは幸せそうにカルメ焼きをついばむマルとチャオに視線を向けた「男同士で話したいことがありまして」
「内緒話ですか?」カヨさんはとまどい顔だ「それなら、ユータちゃんだけで出来るでしょうに」
道場など貸すだけならたやすいが、カヨさんにはどうにも事情が飲み込めない。
「まあ、できますけど。ボクが情報遮断なんかしたら、みんな遮断したことに気づいてしまいますから」
「あなたもシノノメも、加減というものを知らないから…」
「不器用ですみません」
まあ、いいです、どうぞご自由に、とカヨさんが言ったところ、マルがカヨさんを指差し、おばあちゃん、と叫んだ。
どうしたの? カヨさんが訊くと、再び、おばあちゃん、と叫ぶ。
「ご指名ですね」ユータが促すと、カヨさんは困った顔を見せる。それに構わず、マルとチャオが2人がかりでカヨさんの手を引いて、道場へと促した。
道場は、一種独特の雰囲気を醸し出している。
吉祥の一族はその特性上、生きている人間に、何人、もしくは何百人もの死んだ人間が憑依する。
いちおうルールらしきものはあるのだが、慣れているとは言っても、憑かれる方としてはたまったものではない。
だから道場がある。
道場の空間は清浄で、他の邪念を受け付けにくくなる。当代クラスなら、たとえ相手が生粋の吉祥の一族であったとしても、実体のない霊体ならば完全に排除できる。一種の安息場のようなものだ。
ユータもできるだろう、とカヨが言ったのは、こうした場をユータも形成できるはずだ、と暗に示したのだ。対してユータは、こんな場はかなり特殊なので、生成したら誰がやったかすぐわかる、それはそれで面倒、と返している。
道場の中央までよたよたと赤ん坊歩きをしていたマルの背が、シャキッと伸びた。
5センチ、あるいはそれ以上、背が伸びたように見えた。チャオと遜色ない、と言ったらチャオは怒るだろうが、見ているほうからしたら、それぐらいの変化があった。
「カヨさん」顔つきまで大人びたマルは、カヨに向かって言った「ボクはどうしたらいいんでしょうか?」
どうせ、こんなことだろう、とカヨも思ってはいたが、あまりに想像どおりで、逆に驚く。補足です、とユータが一冊の本をカヨに差し出す。
スポック博士の育児書
「ちょっと前にマルがママの書棚で見つけたらしいんですよ」
あらまあ、カヨは言ったが、他に付け足す言葉も思いつかない。
「それで、マルが、その本に出てくる赤ちゃんの成長を真似たみたいで」チャオも気の毒そうな顔で付け足した「その…、あまり、聡い赤ん坊、って、なんて言うか、周りの受けが悪いじゃないですか、それで、マルにも、そういうようなこと言っちゃって…」
「お兄ちゃんのせいではないです」マルは、そこはハッキリと言った「ボクも赤ちゃんは初めてだったし、ママがこういうの読んでるなら、真似てみても良いかなあ、って、そんな軽い気持ちで、はじめたんだけど…」
「そりゃ、まあねぇ、こんなのマネしても…」カヨは言ってしまってから、あまりにもマルがしょげているので
、あわてて取り繕った「この本の出どころは、だいたい見当がつくけど、地球人向けの本だし、マルちゃんには、ちょっと合わないよね」
カヨはユータに顔を向けた「轍でしょ? この本、リリオンさんに薦めたの」
「まあ、そうですけど…」ユータは言葉を濁した「悪気はなかったんだと思いますよ…」
「それで、東雲じゃなくて、夏夜のところに来たのね」
「まあ、そういうことに、なりますかね…」
「わかりますよ。あの子が知ったら、怒り狂って話し合いどころじゃなくなるから…」カヨはマルを抱っこすると頭を撫ぜながら言った「いいこと? マルちゃん、おばあちゃんの言うことをよく聞いてね」
うん、とマルはうなずいた。
「帰ったら、全部、正直にママに言うの、この本のことも、どうして、この本に出てくる赤ちゃんのマネをしたのかも、全部ね」
「でも…」
「だいじょうぶ」カヨは微笑った「マルちゃんのママは、とても賢いから、だから、だいじょうぶだから…、あと、謝らないでね。謝ってはだめ。マルちゃんは、何も悪いことしてないからね。悪いことしてないときは、謝っちゃだめなの」
道場を出たみんなは、苺ショートケーキとミルクセーキをご馳走になった。とても、美味しかった。
帰りしな、はい、おこづかい、とカヨさんは金色のお金をチャオとマルにあげた。2人は不思議そうにお金を掌の上で弄んでいたが、綺麗に光るので気に入ったらしい、ありがとう、とカヨさんにお礼を言った。
「慶長一分金、ですか」ユータが金片を見て、ポツリ、と言う「よくそんなもの持ってましたね」
「吉祥は昔からお金だけはありましたからね」カヨさんは笑う「こうなっては、なんの役にも立たないけど、おもちゃにして遊んでもらえば…」
役に立たない…
ユータは、うーん、と唸ったが、ほんの一瞬で笑みに変わった。何か思いついたらしい。ボクにもください、とカヨさんにおねだりした。
「え? こんなものを?」そう言いながらもカヨさんは、帯締めの裏から一分金を3枚出してユータの手に乗せた「嬉しいわ。おばあちゃんは、子どもにおこづかいあげるの大好きなの」
「それは良かった」ユータは笑んだ「いっぱい貯めておいてください。これから、ボクら以外にもおねだりする子が出てくると思いますよ」




