子供たちの成長と周囲の環境についてその3
「チャオについてなんですけど」
シノノメは保健室でコマチ先生に対峙している。
「何か聞いてることありますか?」
「うん、まあ…」
先生が言い淀んでいると、シノノメのほうから口火を切ってきた。
「シノノメが純粋な地球人ではないこと、チャオに言っておきましたので」
「あ、あら、そう…、ありがと…」
「ちょっと説明はくどくなりましたけど」シノノメは口ではそう言いながら、苦もなくという感じでさらりと流す「代々の吉祥が子孫に記憶を直接移していることや、女しか生まれてこないこと、これ吉祥の遺伝子の一部が地球人の男性と適合しないからなんですけど、そういう事例を踏まえながらお話ししましたら、チャオは納得してくれました」
「あ、はあ、そうすか…」
と、言うことですから、などとシノノメは他人事みたいに言った後で、コマチ先生にも釘をさした。
「先生も地球人じゃない、って、ちゃんと説明しておいてくださいね」
「は?」
「は? じゃ、ありません。そもそも先読みなんて、地球人にはできやしないんですから…。御自分のことは御自分でちゃんと説明してください」
これで用は終わり、とでも言いたげに、シノノメは保健室を出て行った。
「あいかわらず、恐ろしい嬢ちゃんだ」
博士が奥のベッドから起きてきた。
「何故そこに居る?」コマチ先生が、ギッと目を釣り上げる。
「いやあ、徹夜で亜空間フィールドの調整してたんだけど、疲れちゃって、家まで帰るのも大変でさ…、ここで寝てた」
「生徒のプライバシー、ってもんがあるんだよ。関係者でもないのに勝手にそんなとこで寝るな」
「微妙に関係者だろう? とにかく眠かったんだよ。悪い悪い」
悪いなんて毛ほども思ってないのが、あからさまな態度だ。
「んで、チャオのこと、どうするんだ?」
「どうするったって、そんな何もかも正直ベースで話すわけにはいかないだろ? チャオはまだ子どもなんだし」
「そういうのが不満なんだろ、あの子にとって。子ども、って言ってもな、普通の子どもじゃないんだ」
「それは、わかってるけど…」
「まあ、コマチ先生ひとりには荷が重すぎるだろうから、もうひとりの子どものほうには俺が話しつけてやるよ」
「もうひとりの子ども?」
「ジャックだ」
「ああ」
言われて少し肩の荷が下りたような気がした。
おおすじでは、だいぶやらなきゃならないことは減ったけど。それにしても…
「何でアタシのことをチャオに説明しなきゃいけないんだ?」
「あ、それ違うぞ」博士はいつも唐突に物事の流れをへし折る「嬢ちゃんは、たぶん俺に説明しろって言ったんだ。シノノメは俺がベッドで寝てるのに気づいてたからな」
「え?」
そんな顔すんなよ、と博士は言った。
「俺には説明しなくていいよ。知ってるから。でもアルとメリルのこともあるから、後でゆっくり話し合うほうがいいな。アルはともかく、メリルがやっかいだ」
「ちょっといいか?」
博士は小鹿と一緒に亜空間広帯域探索をしているリョージに声をかけた。
「かまいませんよ」リョージはビジュアライザから目を外し、博士のほうに向いた「何のご用ですか?」
「クメールの月神、について話しが聞きたい」
「『アンコールワット』は素晴らしかったですね。ハリウッド映画というのは、どちらかといえば苦手なほうなんですが、あれは、良かった。主演の名など忘れてしまいましたが、クメールの女神のことは憶えていますよ。ハツミさんの次ぐらいに美しい女性でしたね」
「アルからもらった資料のほうだよ」博士は、女性の美しさについてはあまりくわしくないので、そちらの話題は避けた「ジャックの母親、チャオのお祖母さんの話しだ」
「さて、そういう意味では私の方から話すことは無いんですよ」リョージはそう言って隣の小鹿に目を向けた「彼女のデータは膨大なので量子コンピューターに保管してもらってます」
「ワンエム、見せてくれないか?」
いいですよー、と小鹿が言い、博士の目の前に4色に色分けされた二重らせんがアニメーションで蠢きだした。
博士が目を細め、遺伝情報を追う「ジャックの遺伝子から逆伝播したものとかなり違う」
「そりゃ、そうでしょう」リョージも博士の意見に同意した「わずか数世代程度しか交配していないので、明らかに地球人のものとは異なる情報がかなり残っている。ジャックの父親と母親でも、異星人同士の遠い混血に近い。それでジャックには、デザイナーズチルドレンの発ガン遺伝子が顕現しづらかった。逆にチャオくんはインブリードになってしまったために、面倒な結果になってしまっている」
「こういうことは、もっと慎重にやらなけりゃいかんのに…」
「どんなことでも慎重にやらないとダメですよ」リョージは博士に反論した「いいかげんにやって良いことなんてこの世界に存在しません」
「その通りだ。君が正しい」博士は素直に間違いを認めた「さてと、だいたいは予想通りだが…、どうしたものか」
「どうもこうも、このままにしておくしかないでしょう? それに、ジャックはともかく、チャオくんは、このこと知ってるでしょうし。ワンエムに預かってもらってたデータですが、とくに鍵をかけてた訳ではないですから」
「そうだ。このゲノム情報は我々には権利がない。チャオ、もしくは100歩譲ったとしてもジャックのものだ」
「100歩譲らないといけないんですか?」
「まあ、ジャックについては、そうだ」
「チャオくんはいいんですか?」
「ジャックの場合は異星人間の混血に近かったから、ベルンシュタイン程度でもなんとかなった」
「チャオくんは、非常に危険でしたが、ユータくんとシノノメちゃんが治療しましたからね」
「ああ、そう修理したんだ。ただ、もとに戻すだけでは再発してしまうから、チャオの場合、もとよりだいぶ良くするするしか方法がなかった」
「コマチ先生と同じですか?」
「そういうことになる」
「やっかいですね」
「まあ、普通ならそうなんだが」博士は首をすくめてみせた「ここにはチャオより頭の良い子がたくさんいるからな。おそらく問題にはならんのじゃないか?」
「そうだとは思いますが、状況に甘えすぎると、取り返しのつかないことになるかもしれませんし…」
「そうかなあ」博士は急に自信なさげに目を伏せた「チャオは良い子だし、いままで、しなくていい苦労をしてきたんだ。できれば幸せになってほしい」
突然、ポンっと、リョージがリョージが柏手を打った。沈んだ雰囲気を変えようとしたのだろうか?
「杞憂という言葉があるんですよ」リョージが言った。
「知ってる。杞は中国の昔の国だ」
「そう、杞の国の人は、天が落ちてくるんじゃないかと心配して、国中みんなで手を上に差し上げて、天を支えようとしました」
「そんな話しだったか? 天なんか落ちてこない、無駄な心配するな、って話しじゃなかったか?」
「博士も杞国の周りの国の人たちと同じですね」
「普通そうだろう?」
「いや、とんでもない」リョージは首を振った「本当に天が落ちてきたんですよ。周りの国の人たちは天の下敷きになりました」
「杞の国だけ助かった?」
「いえ、彼らもぺしゃんこです。考えてもみてください。天が落ちてきたんですよ。人の手で支えたぐらいで防げるわけがない」
「・・・」
「そんな顔しないでくださいよ」リョージは笑った「我々はヒスパニオラ星系を作り上げながら太陽系を離れ、くじら座τへの恒星間飛行の最中です。もう、天が落ちてくるだの何だの、そんなレベルの低い話しでは、すでにないんです。それでも我々は、こんなとんでもない旅になんとか対応しないといけない。真っ当な方法、天を両腕で支えるなんて馬鹿なことじゃなくてね、きちんと対応していかなければ、ぺしゃんこです」
まあ、そうだ、博士は渋々認めた「だから…」
「だから?」
「チャオのことも、きちんと対応しよう。それが我々の、いや、私の義務だ」




