子供たちの成長と周囲の環境についてその2
「ポイントさぁ」
めずらしくアイボリーが不機嫌である。こりゃ面白そうだ、とポイントはすぐさま応じる。
「なになに、どしたの?」
「最近、チャオの弟分だって言いふらしてるみたいじゃない」
「そだよ」
「どうして、そういうことアイムに断りもなく言うんだよ」
「チャオの弟分になったよ」
事後承諾でいこうということだろうか。このまま引くのも癪だし、アイボリーはもう少しだけ引っぱってみることにした。
「チャオは嫌がってるんだけど」
「そうだけど、チャオがボクより前に生まれたのってボクのせいじゃないし」
「どういう理屈なんだ、それ」
アイボリーはこらえきれずに笑い出した。チャオには悪いがこの件は我慢してもらうことにしよう。
代わりに、アイボリーは前から疑問に思っていたことをポイントに訊いてみた。
「ポイントってさあ、その、いま言った生まれるその前ってヤツ? どんな感じだったの?」
「えー、そんなの知らないよ。アイボリーだって自分が生まれる前のことなんてわからないだろ?」
「わかるよ。アレシボリプライの中にコードとして埋もれてた」
しまった、ポイントは思った。ここにいるのはみんな普通じゃないんだ。と言うことは普通の答えをしちゃいけない。
「マッハポイント、ということで良いかな? ユータは、どうもこの呼び方が好きじゃないみたいなんだけど、便宜上、こう呼んだほうがいろいろ楽なんだ」
「もちろん、それについて聞きたいんだ。続けて」
「ボクは点だ」
「それは知ってる」
「一個の点じゃない。可算無限個の点の集合だ。自然数の集合とほぼ同じ」
「自然数は順序数の集合だけど? マッハポイントの中の点も序列があるの?」
「ないよ。言ってみれば、ボクらはみんな平等だ」
「良いね、良いね、良い感じだよ。どんどん続けて」
「それが生まれる前のマッハポイントだよ。その点群を複素数体で繋いだのがいまのボクだ。複素数体の部分は変調できるから、それを博士が調整してヒスパニオラと同行できるようにしてある」
「可哀想に、子鹿ちゃんと同構造じゃないか。あれは量子素子をアナログメモリーで繋いである。本当にユータの父ちゃんはひどいことするなぁ」
「そう言うなよ」ポイントは笑う「たぶん悪気は無いんだと思うよ」
「どうした少年、ふくれっ面して」
めずらしくチャオが怒っているので、ベッコウが不思議に思って声をかけた。
「みんな、ボクを子供あつかいするんです」
ーーええええぇ
流石にそれは、不合理だ
ベッコウは眼鏡を外して、チャオの頭のてっぺんから足のつま先まで見通した。
ーーどう見たって子供だろう
チャオも、ベッコウの考えていることにはすぐ気づいたので、仏頂面のまま答えた。
「ボクのこと、マルと同じに見てるんです」
なるほど、赤ちゃん扱いされてる、とは言いたくなかったんだな。
ベッコウは眼鏡をかけ直し、かたわらのマルをチラ見した。何やらトッペンとゾウのぬいぐるみと取っ組み合いでプロレスごっこみたいなのをしていた。やがてゾウが吹っ飛ばされて、マルがイヌにまたがり馬乗りになったところで決着がついた。
「アレに混ざりたいの?」
「違いますっっ」
「何が不満なのかわからないけどさ」わかってはいるんだけど、そう言ったらヘソ曲げそうそうなので、ベッコウはあえてそう言った「マルは特別なんだよ。少年は地球で他の赤ん坊を見たことあるだろう?」
「あります」
「あんな赤ん坊いた?」
チャオは、もういっかい、マルのほうを見た。それからベッコウに視線を戻し、言った「いません」
「マルは宇宙人なの」
チャオは、え? という顔をした。ベッコウは続ける。
「リリオンさん、インチさん、これは宇宙人。わかる?」
「わかります」
ここはわかるんだ。ベッコウにも意外だったが、ここが納得ならいちばん早い。
「だからマルも宇宙人」
チャオはあまり納得できていないようだが、面倒なので、ベッコウは飛ばす。
「チャオは地球人でしょ?」
「そうです」
「ここにいる人間ぽいのはさ、デザイナーズチルドレンとかマッハポイントとか神様とか、そんなんばっかりでしょ? だから宇宙人とか地球人は珍しいから、たぶん、それでチャオとマルのあつかいは似たようなものになるんだと思うよ」
チャオは不満げだが、あまり良い考えが浮かばないらしい、それでも長いこと考えて、ぽそり、と声を発した。
「シノノメさんは?」
「何でシノノメ?」
「シノノメさんも地球人ですよね?」
えええ? と今度はベッコウが驚く番だ。
「どうして? そんなわけないっしょ」
「でも…」
「シノノメは地球人じゃないよ」ベッコウははっきり言った「吉祥の当代だよ。そんなのが人間なわけないじゃない」
「チャオがなんか、おかしいんだよ」
ベッコウがコーラルに言う。
コーラルは4パイントはありそうな牛乳瓶から、牛乳をコップに注いで、一気に飲み干してから訊いた。
「おかしい、って何が?」
「シノノメが地球人に見えるらしい」
いま飲んだ牛乳を吹き出しそうになったコーラルが、あわてて両手で鼻と口を押さえる。咳き込んで必死に逆流するのを押さえ込む。やっと息を整え、手を口から離すと深呼吸した。
「だいじょうぶ?」
ベッコウが心配してコーラルの背中をさする。その手を戻させたコーラルは、真剣な顔になってベッコウの方を向いた。
「それ、かなりおかしいぞ。コマチ先生には言ったのか?」
ベッコウはぶんぶんと首を振る「なんかいろいろ拗らせてるみたいでさ。あまり話拡げると、チャオが傷つくかもだし」
「拗らせてる?」
「マルと同じに扱われるのが、気にいらないみたい」
「そりゃ、はたから見れば似たようなモンだって思っちゃうしな。他がちょっとアレなのばっかりだし…、それで、何でシノノメ?」
「それでさ、マルは宇宙人だし、チャオも地球人なんだから、他のに比べれば、扱いは同じになるから、って言ったら、シノノメも地球人じゃない? って言うのよ」
「そんなの…、シノノメの恐ろしさ知らないからじゃん」
「そんなことワタシがチャオに言ったら、ワタシがシノノメに怒られるよ」
「ま、そうだな」
「でしょ?」
「だったら、チャオもデザイナーズチルドレンみたいなモンだから、って言ってやればいい」
「それはそれで揉めるじゃない? ジャックの話なんかチャオにしたくないよ」
「だなあ、やっぱり、コマチ先生に言ったほうがいいんじゃないか?」
「ワタシがコマチ先生に言うと、なんか告げ口してるみたいでヤダよ。だから、自分でコマチ先生に相談してみな、とは言った」
「それが正解かな」
コーラルは4パイントの牛乳瓶の残りを全部コップに移し、口をつけて慎重に飲み出した。さっきは一気に飲んだのも良くなかった。今度は息継ぎしながら飲む。
ベッコウは徐々に膨れていくコーラルのお腹を眺めている。たぶんコーラルが膨らんでほしいと思ってるのはお腹よりもう少し上にある部分だ。
無理じゃないかなぁ、ベッコウは思うのだが、そんなこと言ったらコーラルに怒られそうだし、とりあえずは黙って見ているしかなかった。




