アレシボリプライ
お父さんとお母さんがテラステーブルで談笑していると、庭の外から声をかけるものがいた。
「あ、こんにちは、アルです。ご挨拶遅くなっちゃって…」
お父さんはお客の方に顔を向けた「アル…、っていうと、インチの友だちの?」
「そう、それ、それ」アルは照れ隠しに頭をかいた。笑ってはみたものの自分でも不自然だなと思う「なんか地球出るときに言付け頼まれちゃって、それで億劫だなぁ、って、ついつい足が遠のいて…」
「ことづけ? 僕に?」
「まあ、そうかな、お2人にって言われて」
あたしも? とパレアナも面食らう。
「すまなかった、…と」
アルは言った「レオンハルト・ベルンシュタイン教授にそう言ってくれって頼まれました」
え? と夫婦は顔を見合わせる。その隙に、じゃあ、僕はこれで、とアルは行ってしまった。
「変な人だなあ」
「まあ、そうね」
普通なら、自分のことを棚に上げて他人のことをとやかく言うな、と叱責するところだが、本当に変な人だったので、パレアナも思わず同意してしまった。
「僕は友だちがいる、ってさんざんインチに自慢されたんだよ」
「そうなの?」
「ちょっと悔しいなぁ、って思ってたんだけど、最近は僕だって友だちいるし、別に自慢されても何てことないや、って思ってたんだけど、あんな友だちだったなんて…、騙されてた気分だ」
「なによそれ? 意味わかんないんだけど」
「だって、あれぐらいでいいなら、僕だってすぐ作れると思うし、なんかずっと悔しいと思ってたのが…、損した気分」
ーーえええぇぇえ
何だよ、それ、
こういう思考の飛び方、本当にわからん、コイツと夫婦やっててこういうのがいちばん疲れる。
「あなたの友だちもけっこうヘンだと思うけどね」
シルベのことも忘れて、つい言ってしまったのだが、哀しそうな夫の瞳を見て、しまった、と思った。
「ガントー、ってそんなにヘンかな?」
「うーん、どうだろ、普通、ではないかな」
仮にも息子のガールフレンドのお父さんだし、滅多なことは言えないが、だからといって、ヘンじゃないよ、とはとても言えない。
「でもさ、ほら、ユータとシノノメちゃんも、仲良いしさ、だから、ほら、お父さん同士も仲良くて、いいじゃない? あたしもシルベと友だちだしさ」
何が琴線に触れたのかまではわからないが、お父さんがニコニコしだしたので、お母さんも胸をなでおろした。
玄関の呼び鈴が鳴る。
呼び鈴鳴らして入ってくるような礼儀正しい人には心当たりがないので、パレアナは空耳だと思って放っておいた。セドリックにいたっては、呼び鈴が何なのか理解している可能性すら低く、まったく反応しない。
もう一度、呼び鈴が鳴る。
さすがに放ったままというわけにもいかず、パレアナが出ていって玄関を開けた。
「こんにちは、お邪魔します」
リボンのついた真四角な箱を手に、さっきのアルが立っていた。隣に女性、メリルがいる。
「懸案事項が片付いたので、やっと気兼ねなく訪問できます。あ、これ、お土産のカスタードパイです。僕が焼いたんです。お口に合うと嬉しいな」
しばし、パレアナは唖然としていたが、メリルにも「こんにちは、パレアナさん」と言われ、やっとパレアナは我にかえった。
「あ、いらっしゃい。お土産ありがとう」パレアナはアルからリボンつきの箱を受け取り、2人を招き入れた「コーヒーと紅茶、どっちが好き?」
メリルが、紅茶で、と答えた。
セドリックの分は大きめに取り分けたのだが、もぎゅもぎゅ一定のスピードで休みなく食べていくので、結局、食べ終わるのがいちばん早い。食べ終わると、じーっと、切り分け前のパイとまだ残っている他の人の皿を交互に見続けるので、鬱陶しいことこの上ない。とうとうパレアナが根負けした。
「これで最後だからね。いい? もう晩ご飯まではおやつ無いから、わかった?」
そう言って、カスタードパイを切り分けると、パァーッと雲がはれるようにセドリックが笑顔になる。なるほど、パレアナは夫を甘やかし過ぎるとの巷の評判は正しかったのだ、とメリルは思う。
「それで、お2人とも博士のお弟子さんだったの?」
気まずいのを誤魔化そうとして、パレアナが話しを振る。
「ドゥーマってヘンな人だよね」黙ってパイ食べてりゃいいのに、セドリックはいらん時に不思議な突っ込みを入れる「最初会ったとき、僕のこと旦那さんとか言ってくるし、それ以外は面白くて良い人だと思うけど」
「アレはコマチ先生の真似なの。何度も説明したでしょ。コマチ先生、術後、あたしのこと奥さんとか呼ぶし、たいして歳かわらないのに…、で、あなたのことも旦那さんって呼び出したのはコマチ先生が先で…」
「そだっけ?」
「そうなの。だから、コマチ先生が治るまで合わせて、って言ったじゃない。それで、コマチ先生の記憶が戻ったから、あなたはユータのお父さん、あたしはユータのお母さんに戻ったの。何回も言ったでしょ」
「あ、そっか」
ーー本当にコイツは、自分の興味のないことには1ミリもそのご立派な頭は使わないんだから
おもしれぇ、メリルは思った。博士のとこもたいがいだけど、この夫婦も、すごく面白い。
この家、もう少し頻繁に来よう。メリルはそう思ったことを気取られぬよう、紅茶を口許にはこんだ。
「それで、アレシボリプライなんですけど」
アルが前後の脈絡を無視して突然話し出す。メリルは驚いた。よもや、こんなところから発火するとは、他人のことをどうこう言ってる場合じゃない。思いっきり肘でアルの脇腹を突くも、アルはまるで動じない。
「全天付加価値情報共鳴構造、とか言ってますけどね。その自然現象めいた命名に反して、アレシボリプライの中にアレシボリプライって書いてあるんですよ。自己言及ですよね。どういうことですかね? あと、どうしてみんな、このことを問題にしないんですか?」
「最初のはアレシボリプライに書き手がいるか? って質問でいい?」セドリックはパイに向けたフォークを納める。甘いものも好きだが、こういう話は、もっと好きだ「それだったら、答えはいないだ。重要なことはこの宇宙至る所で重要で、符号化のやり方が違っても最終的には同一のパターンになって、そのパターンが全宇宙で共鳴する。それが全天付加価値情報共鳴構造ーアレシボリプライだ。アレシボリプライという指示詞はとても重要だから、全宇宙で共鳴する。それが、アレシボリプライ」
「2番目の答えは」
「アレシボリプライが符号化された全知だから」セドリックは言った「符号化されたものを復号化、もとに戻すには復号鍵が必要だ。ところで、アレシボリプライはこの宇宙の重要なことが全て符号化されている。だから、その復号鍵はアレシボリプライそのものになる。つまり、符号化する前の全宇宙のことを知らないと復号できない。そういうこと」
「つまり、読める人がほとんどいないから問題にならない?」
「そういうこと」
「デザイナーズチルドレンの部分解、アレシボ茶会のメンバーを構成できたのは何故?」
「部分集合は、全体集合に等しくなることがたまにはある。それが彼らが生まれた理由」
「だから、レオンハルト・ベルンシュタインはここに来られなかった」
「そういうこと」
「アタシ、アレシボリプライなんか読んだことないけど?」
いっせいに皆の視線がメリルに向いた。だが意外にもその目は優しく、とても和かだった。
「前に言ったろ」アルはその視線に後押しされ、噛み砕いてメリルに優しく受け答えした「メリルは環境加速装置を作った。試験は一回でいいんだ。すべてに通じる」
「部分は全体に等しいことがある」
「じゃあ、アルは何したのよ? どうしてここにいる?」
セドリックはフォークを取り直してパイの小片を刺し、口に入れた「このカスタードパイ、美味しいね」
気に入ってもらえて嬉しい、アルは、はにかみながら、そう言った。
「人に会うにはふさわしい贈り物が入り用なの」パレアナが諭すようにメリルに言う「アルはカスタードパイを作ってお土産に持ってきて、それをあたしが受け取った。アルがここにいるのは、それが理由よ」




