セクショナリーコンティニュアス
「海王星まで来てしまったなあ」
アルはため息ともあきらめとも取れるような息を吐き出した。変なヤツだな、とメリルは思う。地球にいたときはさほど気にならなかったのだが、猫を被っていたのかもしれない。
「アルは降りないの?」
「降りるって?」
「海王星」
ああ、とまるで他人事みたいにアルは言う。この機会を逃したらもう見られないから、みんな降りると言ってるのに…
「亜空間転移、あまり得意じゃないんでね。最近は超空間ばっかりだったから、事故ってみんなの足を引っ張るようなことになったら嫌だし」
「事故?」
「同期取れなくなったら、そのまま消滅だし」
「そんな危ないことなの? 知らなかったんだけど?」
「心臓止まったら死ぬ、とか、その程度の話だよ。たいしたことじゃない」
「ちょっと待ってよ」メリルは素っ頓狂な声を上げた「心臓止まったら死ぬ、のは大変なことでしょ?」
「ここにいる人たちは心臓止まったぐらいじゃ死なないよ。しょっちゅう身体入れ替えてるんだし」
「何で、そうなるのよ?」
「だからさ」アルはめんどくさそうに言う「何かの原因で心臓止まったら、別の体に入って、元の体の不都合を治してからもとに戻れば良いし…」
「治らなかったらどうすんのよ」
「えええ、そんなことあるのかなあ? 治すのめんどくさそうなら、新品造れば良いだけじゃないの?」
「そんなワゴンセールの型落ちジャンクじゃないんだから」
メリルも自分で何を言ってるのか、わからなくなってきたみたいだ。あまり適切な比喩とは言い難い。
「アイボリーも結局は魂の問題だって言ってたし」
「アイボリー?」
「知らない? ほら、髪長いほうの男の子」
「それは知ってる。そうじゃなくて、魂がどうとかのほう」
「同一性の担保が取れないから拠り所は魂ぐらいしかなくなるって」
「何の同一性よ」
「入口と出口だよ。亜空間でも超空間でもいいけど。要するに、地球にいたメリルと、いまここにいるメリルが同じモノかどうかってこと」
「アタシが違うモンなわけないでしょうが、アタシはアタシだよ」
「じゃ、それでいいだろ。何も不都合はない」
そう言いながらニヤニヤ笑いを止めないアル。メリルはここでハッと気づいた。
そうかコイツ、地球にいたヤツとココにいるヤツ、どこかですり替わったんだ
だからイマのコイツはこんなにヘンテコなんだ
よくわかったぞ
ネタが割れればたいしたことはない。メリルはヘンテコな人間は嫌いではないから、理由さえわかれば安心できるというものだ。
つがいの皇帝ペンギンが連れ立って泳いでいる。
ルーガもティナも地球にいたときはスキューバダイビングが好きだった。海洋生物の生態系の関係からヒスパニオラでは塩湖のほうで泳いでいる。やはり見慣れた魚たちのほうが気分が落ち着く。
2人は岸に上がって話し出した。2人ともペンギンになって日が浅いので、水中で話すより陸上で話すほうが楽なのだ。
「コーラルがシャチを選んだのは」ルーガが毛づくろいをしながら話す「筋肉細胞と運動神経系のサイズを小さくするのが難しかったからみたいだな」
「コーラルはそっちのほうも手が入ってるからね」ティナはルーガのくちばしをつんつん突いた「お気に入りのぬいぐるみがイルカだったけど、イルカじゃ入りきらなかったみたい」
「パレアナが作ったやつだろ。それで白いままだからアルビノになってしまった」
「コーラルのこともそうだけど、気になることがあるのよ」
「気になること?」
「メリルが言ってたんだけど、アル…、ほら、ドゥーマ博士の助手の」
「彼がどうかしたのか?」
「地球にいたころのアルと中身が入れ替わったって」
「へえ…」
「どう思う?」
「どうって言われても、アルのことはよく知らんしなあ」
「そうなんだよね…」
コーラルのほうが気になるよね、2匹のペンギンは同じ水棲生物のコーラルのほうに話を戻した。
「メリルさんにアルさんのことで相談受けたんだけど…」
あん? アルのこと? 博士はパスタを食べる手を止め、向かいあって座っているコマチ先生に視線を移した。
「なんか、中身が入れ替わってる、って言うんだよね」
「中身? なんの?」
「アルさんの」
博士はフォークをパスタ皿の隅に置いて、腕組みした「アルの中身がか? よくわからんが、何でそんなことを俺に訊くんだ?」
「だって、あの2人、アンタの手下でしょ」
「手下? うーん、手下? 何か違う気がするんだが…」
悩むとこそこかよ、あいかわらず変な男だなコイツは。コマチ先生は博士が悩んでいる間に、さっさと自分の分のパスタを平らげた。
「うーん」しばらく考えていた博士は口を開いた「こんどインチにでも訊いてみるよ」
「何でインチさん?」コマチ先生は自分の分の紅茶を淹れながら訊ねた。博士はまだ食事中だし、博士の分は食べ終わってからで良いだろう。
「古い知り合いなんだよ、インチとアルは。変わったんならインチに訊けばわかるだろ」
「変わったんじゃなくて、入れ替わったんだって」
「入れ替わった? 何と?」
「新しいアルさん」
「アルに新しいのと古いのがあるのか?」
「知らないよ、そんなの。言ってんのはメリルさんだし」
「メリル、困ってんのか」
「困ってはないみたい。いまのアルさんで良いって言ってたし」
「じゃあ、何で?」
「不思議だって言うんだよ。入れ替わる前のアルさんはどこ行っちゃったんだろう、って」
「いまいち、よくわからんな…」
「アタシだってそうだよ。だからアンタに訊いてんじゃん」
かなり理不尽なことを言われてるような気がする。いつものことだから、と博士は諦めたが、このまま放っておくわけにもいかない。
「そもそも、何でそんな話になったんだよ?」
「アイボリーくんが…」
「アイボリーが?」
「そう言うのは魂の問題だって、アルさんがアイボリーくんから聴いたって、メリルさんがアルさんから聴いたらしい」
「他になんか言ってなかったか? その、アイボリーでもアルでもいいけど」
「連続性とか同一性とか、亜空間の入り口とか、出口とか…」
「…だんだん、わかってきた。も少しヒントくれ」
「ホントか?」コマチ先生は訝しげな目で博士を見るが、他にどうしようもないのでメリルの言葉を必死に思い出そうとした。
亜空間の入り口と出口で元のものと出てきたものを同一だとする根拠がないから、魂ぐらいしか担保にできるものがない
「だったかな」スラスラと淀みなく文章が出てきたわりには、コマチ先生、自信なさげである「これで何かわかるのか?」
「うーん、まあ、大体はわかったかな…」
「で、結局、何なの?」
「え?」
「え? じゃないでしょ」
「…わかったよ。こんどメリルに訊かれたら古いほうのアルは消えてなくなった、って言ってくれ」
「あぁん?」
「だって、メリル困ってないんだろ?」
「うん、そう言ってた」
「じゃ、良いじゃねえか。新しいほう、いるんだし。少なくとも俺は困らない」
そういうもんか? なんとなく、誤魔化されたような気もするが…
誰も困ってないんなら、それで良いんだろうな、とコマチ先生は思った。




