メランコリックシーサーペント
マルは海岸で仁王立ちしている。
ついさっき、二足歩行の領域に達した。
周りのみんなは固唾をのんで見守っている。
マルの安定感は、腰に回した浮き輪によるところも大きいかもかもしれない。
ささっさっ、と穏やかに打ち寄せる波の間際まで忍び寄り、ちっちゃな波が足下までくると、きゃぁぁ、と逃げる。
引いた波の先端まで慎重に歩み寄り、波が近づくと、きゃぁぁ。
マルの口の端が吊り上がって、次第に悪い顔になる。
次の波に、きゃぁぁ、とベッコウのほうに駆け寄ろうとしたのだが、その背中から大波が来た。
体ごと波にすくい上げられ、尻もちをついたマルは、何が起こったのかわからないという顔だったが、即座に追撃の大波がマルをさらう。
マルは波に呑まれ、一瞬にして行方不明になった。引く波でぽっかり浮き輪が浮いたが、頭が重くて沈むので海面には足が2本ジタバタしている。
たまらず、インチさんが入って、マルを抱き上げ、水を吐かせた。
ギャン泣きのマルは、むずがってインチさんの腕を抜け出すと、おんおん泣きながらビーチベッドに横たわるリリオンさんに突進した。
マルはビーチベッドをよじ登ると、リリオンさんの水着をつかんではいあがり、お腹の上で、ぉおーんぉおん泣いた。
リリオンさんは、起きなかった。
「アイムのほうが高いね」
「そんなことないですよ、ボクのが高いです」
TOF測距で取り込んだ砂の城の3Dデータを表示したチャオは、アイボリーに言う「ほら、このヒストグラムを見てください。ボクのお城のほうが高いですね」
「何でも数値化すれば良いってもんじゃないよ」アイボリーが返す「どっちの城が高いか低いかは、魂の問題だからね」
「魂ですか?」
そうだよ、と答えたアイボリーの横から、ホッパーちゃんの前腕が伸びた。
「何だよう、ホッパーちゃんはアイムのだぞ」アイボリーが笑いながら、操縦者に向かって抗議する「それに、浜辺の砂遊びにそんなモノ持ち出すのは卑怯じゃないか」
「いや、砂場遊びじゃないんだよ」ユータはホッパーちゃんの操縦席から大声を上げた「マルがさ、まだちっちゃいし、波のある海は心配だから、渚にプール作ろうと思って」
「プール?」
「うん」
ユータは、ホッパーちゃんを器用に操作して、砂浜に直径5メートルの円を描いた。深さは30センチ、浮き輪が無くともマルの足がつく深さだ。導水路を海岸まで通して水を入れ、最後に流入口をふさぎと大きな水たまりのようなプールになった。
「へええ、いい感じだね」
それでまあ、シノノメが抱えて簡易プールにマルを連れてきたのだが、さっき酷い目にあったものだから、プールに漬けようとしても隙をみて逃げ回る。きゃあきゃあ言いながら追いかけっこするうちに、マルはさっきチャオとアイボリーが作った砂の城にぶつかってしまった
「あーぁあ」
「やっちゃった」
マルは崩れた砂の城の前でしばし呆然としていたが、ほどなく、今度はとなりの砂城に、ワザと体当たりをかました。崩れる城にマルは大喜びだ。アイボリーとチャオは怒るのかと思いきや、逆に嬉々として砂を積み上げ始めた。
当然、マルは新しい砂盛りも壊しだす、のだが、アイボリーとチャオが砂城を作るスピードのほうが速い。最初は奇声を上げて次々に砂の城を壊していたマルだが、壊しても壊しても、砂の山が平らになる気配がない。
しばらくすると、マルは城を壊すのをやめ、自分も砂を積み始めた。ゆっくりだが、砂を湿らせ、だんごにして並べたり、上に積み重ねたりしはじめる。
「ふふふ、はまったね」
アイボリーはうれしそうに微笑むと、自分の砂を堆く積み始めた。
あぉっ、突然、マルが変な顔をして、砂まみれの手で顔を拭おうとする。あわててシノノメがタオルを持ち出し、マルの顔と手を拭き出すが…
「あら、雨?」
不思議そうにシノノメが見上げると、けっこうな量の水滴が頭上から降りそそぐ。水着を着ているので水滴自体は何でもないが、空は一面に晴れ渡っていて、雲のかけらも見えない。
「クジラだ」
ベッコウが叫ぶ。潮が勢いよく海面から立ち上がり、少し離れた砂浜に降り注いでいるのだ。
「くじら、かなあ」ユータが首を傾げる「クジラにしては、少し小さいみたいだけど…」
「じゃ、イルカ?」
「イルカより大きい。あれで白黒模様ならシャチだろうけど、真っ白だな」
「白いね」
謎の生き物は、大きく跳んで全身を海上に現した。白く巨大な体躯が空中を飛び、着水で凄まじい水飛沫をあたりに撒き散らす。
「シャチだなあ」ユータが呟く「アルビノのシャチだ」
珍客の登場に、マルは大喜びで水面によたよたと駆け寄る。シノノメがマルの頭から浮き輪を被せると、マルは波に揺られて右往左往するばかりだ。インチさんが浮き輪ごとマルを捕まえて、ばた足でシャチに向かうも、いかんせん、シャチが身を翻しただけであっという間に距離を離されてしまう。
アイボリーもチャオもベッコウも、海に飛び込んでシャチを追おうとするが、水中でのスピードがまるで違う。のらりくらり躱しながら、シャチは悠然と子供たちの間を泳いでいく。
「はい、タオル」
水飛沫を浴びたまま立っているユータに、シノノメはタオルを差し出した。受け取ったユータは自分の顔を拭う。
「それにしても」ユータは言った。
なんでまた、あんなモノに…、シャチの遊影を見ながら呟いたユータのぼやきに、シノノメが返答する。
「水着着るのが嫌だったんでしょうね。目立つから…、もとい、目立たないわけですから」
2人の会話を聞いたか聞かずか、白いシャチは悠々と海の沖へと消えていった。
「大漁だな」
岩の上に座っていたコーラルがメロゴールドに向かって声をかけた。メロゴールドは、浜辺につけた小舟から、パンパンに獲物で膨らんだ網を担ぎ出している最中だった。
コーラルはメロゴールドの背中に担いだ網ではなく、正面の胸元をじっと見ていた。ウェットスーツの上からでもはっきりわかるほど、メロゴールドの胸はパンパンだった。
「泳がないのか? みんな、泳いでるぞ」
コーラルは、大柄の葉っぱのデザインをあしらった開襟シャツとジーンズを履いていた。
「もう、泳いだよ」
コーラルは答えたが、さて、髪も乾いているし、水着ですらない。あまり泳いできたようには見えなかった。
コーラルは、メロゴールドが右手で持っている突き銛に目を止めた「それで魚獲るんだ」
「釣りは性に合わない、潜って突くほうが簡単だ」
貝やウニも取れるし、とメロゴールドは言う。
「突き銛ぐらいなら良いけどさ」コーラルは言う「あのデカい投げ銛はやめてくれよな。ピラルク刺したヤツ」
やめてくれ、って何が? そう問うメロゴールドにコーラルは笑いながら立ち上がった。
「もし、白いシャチを見かけても、見逃してくれ。そういうことだよ」
「シャチ?」訝しげな顔でメロゴールドが言う「そんなモノ獲ろうとも思わない。美味しくなさそうだし」
そのとおり、コーラルは笑いながら手を振った「アレ、ほんとうに不味いんだよ。だから、絶対に獲らないでくれ。あと、これはできたらってことだけど、なるべく優しくしてくれるとうれしいな」




