パサンイグザミネーション
呼び鈴が鳴ったのでコマチが出ると、比較的珍しい人たちが戸口に立っていた。
「こんにちは、アーノルド・ビザンツです。こっちは、メリル・キャンティーン」
こっちと言われた女性は、ビザンツ氏の後ろにサッと隠れた。この星ではめずらしいタイプだ。人見知りするのだろう。
きょ…、違った。博士いますか? と男のほうが言うので。コマチは、はかせ〜、と呼ばわりながら部屋の奥に消えた。
「よう、アル、なんか用か?」
「ちょっと博士に訊きたいことがあって」ガラにもなくアルは誤魔化し笑いを浮かべた「超空間について2、3…」
「ユータに訊きゃいいだろ?」
「あの、その…、ちょっと彼の話しは難しすぎて、博士ぐらいがボクにはちょうどいいんで…」
「失礼なヤツだな」
テーブルにコマチがティーカップを4つ置く、それぞれのカップには赤いゼリーの皿がひとつずつついている。
なんだろう?
普通なら、何のゼリーですか? と訊ね、そこから話題がひろがる。普段ならそうする。けれど、緊張しきったメリルには、そのなんですかが口から出てこない。
メリルは固まったまま、目の前のティーカップとその中身の紅茶を凝視していた。
「もう超空間跳躍は数回こなしたわけですが」アルはメリルのことは特に気にかける様子がない「初回の極短距離跳躍がいちばんエネルギーを喰っているのは、何故です?」
「短距離の上に重力ポテンシャルが平坦ではない。だから空間曲率の実部がとんでもなくデカくなってるんだ。まあ、高負荷試験も兼ねてるってとこもあるけどな」
「最初から不思議に思ってたんですけどね。ティティウス・ボーデの法則がまだ有効な天王星手前で何度も跳躍してるのは何故です?」
「太陽の引力圏内は、とても平坦と言えるような空間構造をしていない。別の言い方をするとだな。太陽系ってのは標準の宇宙空間よりはるかに物質密度が濃い。空間曲率をいじる場合には良い環境とは言えないんだ」
「それは知ってます。だから、どうして、こんな例外的な環境なのに頻繁に試験飛行するんです?」
「こんな環境、太陽系から出たらめったにないんだから、今のうちにデータ取っとくしかないだろう」
メリルは教授と助手の話しを上の空で聴いていた。そう言えば、大学はこんなことがよくあった気がする。
「メリル、さんは博士の教え子さんの中で、いちばん出来が良かったそうですね」
メリルは驚いた。そもそもコマチに話しかけられたことにビックリしたし、その内容がまた突拍子もなかったからだ。
「待ってくださいよ」メリルは、さっきまでのおよび腰はどこへやら、場もわきまえずに叫んだ「あたし、教授の単位、1個も取れてないんですよ」
「あら、だって…」コマチは困って博士の顔を見る「そう言ってたよね、あんた。メリルって子はずば抜けて優秀だった。だから、ここに来たって」
「ああ、そうだけど…」
博士の肯定を見たメリルはイキった。
「だったらぁ、単位くれたって良かったじゃない?」
「俺は学生に単位出したことなんか1度もねぇよ」
「あぁん?」
「あ、それは本当」横からアルが口を出した「ボクも貰ってない」
「准教授も?」メリルは教授と准教授を交互ににらむ「何でそんな大事なこと黙ってたの?」
「他人が何の単位取ってたっておまえには関係ないだろ。大事なこと、ってのはおまえが単位取れてるかどうかだ」
破裂寸前のメリルだったが、言葉にする前に横槍が入った。
「オマエ…、また、そうやって…」コマチがじっとりした目で博士を睨めつける「何度も言ってるだろうが、オマエが何考えてるかなんて、普通の人間にはわからないんだ。ちゃんと口に出して説明しろ、って、何度も、何度も、なんども」
コマチのあまりの剣幕にメリルが悪態を引っ込めると、それに乗じたのかどうか、博士が苦しまぎれに呟く。
「ユータは、べつに、何も説明しなくてもわかるし…」
「そんな、例外中の例外を出して反論するな、見苦しい」
「例外でも、ひとつ存在してれば理論として成り立つ」
「まだ言うか。そんな理論、クソ喰らえだと言ってるんだ」
ーーなるほど、教授って、こうやってやり込めれば良かったんだ
こりゃあ、勝てないや、メリルはいまさらながらにコマチの凄さを思い知った。
「なかなかに有意義な時間を過ごせた」
ドゥーマとコマチの個室を辞した帰り道、アルがメリルに言った。
「そうか? スイカのゼリーは美味しかったけど、あと紅茶も美味しかった」
「それで充分だろう」
「教授がアタシのこと褒めてたって、何で言ってくれなかったんだ?」
「普通わからないか? 研究室のモノみんな持っていっていい、なんて、よっぽど気に入ってる奴にしか言わないだろ?」
「ガラクタばっかりだから、片付けるの面倒なんだ、と思ったんだよ」
そんなわけがない、アルは笑った。
「博士は、アタシが優秀だから、ここに来れたって言ってた。でも、アタシは何もしてない。連れて来てもらっただけなんだ」
そんなことはない、アルはメリルに言った。
「持っていったがらくたの中に環境加速装置があっただろう。君はアレを大型化して中に入って実証した」
「ティナがお金をくれた。あと技術者も貸してくれた」そう呟いてから、メリルはハッとして、アルに目を向けた「何で知ってるの?」
「リョージさんが一連の出来事をファイルにまとめてくれていた」アルは答えた「リョージさんの部下だった人からもらったんだ。それを読んだ」
「環境加速装置っていうのか、アレ」
「名前はどうでもいいんだ。アレは周囲に亜空間球面を発生させて内と外とを分離する。シンタグマメソドロジーの原初的な形態だ」
「そんなこと知らなかったし」
「知ってるかどうかはたいした問題じゃない。アレは亜空間を理解してないと動作させられない」
「それはそうだけど…」
「亜空間ってのは不思議な空間でね」アルは屈託の無い笑みを浮かべて話しを続ける「ソレを理解できたものにしか通過できないんだ。君はアノ装置を組み上げて中に入り、それだけでは何の役にも立たないことに気づいた。だからこそ、月見台に行けたってわけ」
「そう言われても、何だかよくわからないよ」
「そうだな…、じゃあ、言い換えてみよう。アレは卒業試験だった」
「卒業試験?」
「単位取得の試験と言っても良い。君は通過したからヒスパニオラにいる。教授が自慢げに言ってたのはそういうことだ」
「単位出したことないって威張ってたのに?」
「教授は出してないだろ。君が勝手に卒業しただけ」
「なんか腹立つわぁ」
メリルはほっぺを膨らませた。それがアルの琴線に触れたのか、アルは腹を抱えて笑い出した。




