ドクトラルカウンセラー
「調子はどう?」
「絶好調です」チャオは満面の笑みで答えた。
保健室、というのがなんだかよくわからなかったのだが、こうして来てみると、病院みたいだ。地球にいたとき時々行っていた。保健室というのは毎日来る病院みたいなものだろう、とチャオは考えた。
それは結構、コマチ先生が言った。
「あとね。そのサークレット外してね」
「どうしてです?」
「あなたの治療用に低濃度放射線が出てるの。そういう施術はもうこっちでするから、必要ない」
「でも…」
しりごみするチャオを無視して、コマチ先生は、さっとチャオの頭からサークレットを取り外した。
「あ」
「ちょっと借りるよ」
コマチ先生は奥の部屋に入ってしまった。チャオが途方にくれていると、しばらくしてまた保健室に戻ってきた。
「はい、普通のコランダム結晶と取り替えてきた。若干色目が違うけど我慢して」
コマチ先生は手早くチャオの頭にサークレットを付け直す。
「あと、通信装置と生体監視装置も外した」
「はあ…」
「もうユータくんとは直接話せるから必要ないでしょ。それとチャオくんも毎日保健室に来てね」
はいっ、とチャオは元気よく返事した。
「はい、マルちゃん、あーん、して」
マルは口を開けずに、んー、と顔突き出す。
ほっ、と目を細めたコマチ先生は、いきなりマルのワキ腹を両手でくすぐり出した。ゲゲゲッと身をよじって笑い出すマル。抱えているベッコウはマルが落ちないように全力で押さえ込んだ。
「はい、下の前歯確認」コマチ先生はくすぐる手を止め、そのままマルをベッコウから取り上げる「上はまだだな。歯固めあげるから、マルちゃんに握らせといてね」
「歯固め、ですか?」
「そう、これ」コマチ先生は小さなビー玉ぐらいのゴム製ボールが円形に連なった玩具をベッコウに渡す「歯が生えてくるとむずがゆいからね。これ渡すと赤ん坊が自分で噛むから」
「へええ」
ベッコウは人差し指をマルの口に入れようとした。
「やめときな」コマチ先生はベッコウの手をやんわりとはらう「衛生上良くないし、赤んぼうの噛む力を甘くみちゃいけない」
ハッとして、ベッコウは手を引っ込めた。マルは嬉しそうにギャギャッと笑う。
「あ、それとね、ベッコウちゃん」コマチ先生が思い出したみたいに言う「最近、眼鏡外してること多いみたいだけど、全スペクトラム視認は、まだ脳に負担がかかりすぎるから、ほどほどにね」
「え…、でも…」
「ほどほどにね」
はーい、とベッコウは小さく返事した。
「はい、診察終わり」コマチ先生は言った「何か訊きたいこととかある?」
「おっぱい、っていつ頃からデカくなんの?」
「個人差あるからなあ」コマチ先生はコーラルの胸元をのぞいた「まだあせるような年齢でもないでしょ」
「オレがいちばん小さいんだが?」
「ベッコウちゃんとシノノメちゃんでしょ? ああいう娘たちとくらべてもいいことないよ」
「ウエイトやめたのに、ぜんぜんデカくならない」
ーーそれで、やめたのか
「そういうもんじゃないからね」
「どういうもんなのさ?」
「赤ちゃんできたら、自然に大きくなる」
「その前に恋人捕まえなきゃなんないだろ? オッパイないのは明らかに不利だ。順序がおかしい」
「アイボリーくんも、ユータくんも、そんなにオッパイオッパイ言わないでしょうが」
「アイムなんてコロッケ喰わせとけばいいだけだし、ユータはシノノメしか目に入んないし…」
「じゃあ、別にいいじゃん、ちっちゃくても」
「新規が突然現れるかもしれないだろ?」
「アイボリーくん、いるじゃん」
「アレはいいよ、べつに」
べつにとソッポを向いたコーラルに、素直じゃないなあ、とコマチ先生も辟易した。
「ネコになってる時もちゃんと来てね」
「誰かが来てるハズです」
「そうじゃなくてさあ。シノノメちゃんに用があるんだから、シノノメちゃんの中の人とか管轄外だから、ちゃんとシノノメちゃんが来て。カヨさんとは別のところで話すから」
「善処します」
「ボディケアもするにはするけどさ。保健医は、どっちかっていうと、メンタルケアのほうが大事なんだから」
「…と、いうことは、サイアミーズのボディメンテナンスもしていただけるのですか?」
「しないよ、そんなめんどくさいこと」
「…けち」
「なんか言った?」
「いえ…、何にも…」
「そもそもシノノメちゃんはね。あ、これユータくんもだけど、もうボディ勝手に作れるんだから、生物学的にはとくに先生がケアするところはないの。調子悪かったら自分で修理すればいいんだからね。大事なのは精神的な発達阻害があるかどうかで…」
「それはあります。精神阻害、はっきり、人としてダメです。吉祥が代々つちかってきたものです。もう千年以上だから、諦めてるから、いいです」
「あのぉ、いきなり話、重くなってるんだけど…」
「重くても軽くても、ダメなものはダメです」
「シノノメちゃん、そんなこと言うもんじゃないよ。悪いとわかってたら治していけばいいんだよ」
「母は、どう思います? あれ、治ると思いますか?」
「いきなり極端な例を出すな」
「でも、シノノメはその極端の娘ですよ。何もかも手遅れです」
「でもさ、シノノメちゃん、まだ若いんだし、ああなる前に手を尽くしてみるのって、アリなんでは?」
「いいんですよ。性格なんか破綻してたって、精神が歪でもしあわせになる方法なんていくらでもあります」
「あの、それは、ちょっと…」
「シノノメにはユータがいるから大丈夫です」
「いや、それは、その通りなんだけどさ。なんか違うくない? 何が違うかわかんないけどもさ」
「ユータさえ確保しておけば、シノノメは安泰です」
「あんまりこういうことは言いたくないんだけど…、シノノメちゃんはそれでいいとして、ユータくんはどうなわけ?」
「それは…、我慢してもらうしかないです」
「我慢なの…」
「シノノメは、シノノメなので、ユータには我慢してもらうよりないです」
「どうしてそういう方向になるかなあ。なんかこう、ユータくんが好きになるような素敵な娘になってみよう、とか?」
「シノノメは素敵ではないです。顔もヒラメだし」
ーーまたヒラメ、ヒラメって、そもそも何?
「先生はシノノメちゃんの顔好きだけどな」
「ヒラメ好きなんですか?」
「そうじゃなくて、ユータくんの好みの顔かもしれないじゃない」
「ユータは顔貌で人を区別したりしませんよ。シノノメがネコでもいつもとかわりなく相手してくれますし」
「いや、そりゃ、ネコが相手なら普通に可愛がるでしょうよ」
「ユータ、ネコ好きなのかな?」
「嫌いではないと思うけど…」
「じゃあ、これから、ずっとネコでいよう。そのほうが良さそう」
「だから違う、ってば、そういうことじゃないでしょ」
「何が違うんです?」
「だからぁ、そりゃ、いまはいいかもだけど、みんな大きくなるじゃない、シノノメちゃんもユータくんも、それで子どもとか…、そう、赤ちゃん、そういうこと考えたらネコじゃマズいでしょう?」
「子ネコかわいいですよ?」
「ネコじゃなくて、マルちゃん、シノノメちゃんだってマルちゃんかわいいと思うでしょ? 赤ちゃんかわいいでしょ?」
「まあ、それなりに…」
「だったら、ネコじゃダメでしょう? ね、かわいい女の子になろうよ」
「ふうん、まあ、考えてみます。…今日はありがとうございました」
博士と一緒にスイカ畑の見回りをしている。今日はお休みなので学校はない。コマチ先生は最近すこし疲れてるかもなどと考えている。
「スイカって、もっと大きなもんだと思ってた」
「小玉スイカだもん。おっきいのは重いから収穫とか大変だし」
「へええ、いろんなスイカがあるんだな」
コマチ先生が、ふと顔をあげると、畑のあぜ道を金色の豹がてくてく歩いていく。もう慣れてしまったので、驚くほどのことではないが、今日は何かが違う。
青く毛並みの豊かな豹が、シナでもつくるように、金の豹に擦り寄っている。金豹は迷惑とまではいかないが明らかに浮かぬ顔で、それでも青豹のなすがままにさせていた。
ーーああ、もう、だめじゃん、そういうんじゃないんよ
コマチ先生の頭の中に、何もかも手遅れです、というシノノメの声がこだました。




