アダプテッドファミリー
「お姉ちゃん、おはよう」
「おう、少年、今朝も元気だな。何より」
最近、ベッコウは、チャオのことを少年、と呼ぶ。
ベッコウのことをチャオは、女神様とか言っていたので、それは真っ先にやめさせた。その後、ベッコウさん、とか言うから、さんをはずせ、と執拗に訴えた。ベッコウと呼んで、と言ってもチャオが頑として譲らなかったので、しかたなしに、お姉ちゃん呼びになった。
一方、ベッコウはチャオちゃん、と呼んだのだが、これにはチャオが反抗した。なんか赤ちゃんみたいで嫌だと言うのだ。マルはいつもベッコウが背負っているのだが、そのマルが上から目線でチャオを下に見るので、それも嫌、らしい。試しに少年と呼んだら、胸を張って嬉しそうにしていたので、少年になった。
ベッコウが暇な時はマルを降ろして一緒に遊ぶから、その時はチャオもマルも仲良く遊んでいる。ただ、ベッコウが目を離すと、とたんにマルが悪さをするので、優しいチャオにはマルを止めきれない。しかたなしに、ベッコウは、リリオンさんが寝ている間はマルをおんぶしたままにしている。
学校の管制室に来ていた。超空間短距離航行のため、木星ー天王星間でなるべく重力偏差がフラットな部分を探している。別に偏差があってもたいしたことはないのだが、平らなほうが良い。
「ナニ計算してるんですか?」ビジュアライザーを覗き込んでチャオが訊く。
「試験地点周辺の重力マップ。そこまでは亜空間接続で行くんだけど、通常空間に出たところで偏差が生じるから、あらかじめその偏差を織り込んで平坦化するように調整してる」
「出てから、偏差が緩和するまで待つほうが楽では?」
「そうだけど、実運用だと緩和時間取れないこともあるかもしれない」
「これ試験飛行ですよね?」
「だいたい今度はなんだ? 仔鹿って、また、女子供に受けそうなボディにしやがって」
「なに言ってるんですか。先輩が、キリンじゃ建物の中に入れない。仕事する気あるのか、って言うから、コンパクトにしたんですよ」
「お試し飛行、実際の航行で、試すことなんてほとんどないから、できるときにやっとくんだよ」
「実際の航行で、ってどんな状況です?」
「コンパクト性なんて意味ないだろ? ここの連中はハウスドルフ性ですら、しょっちゅう無視してるんだ」
「重ね合わせと偏在なんか、自在にやってるのは、ここの人たちだけですよ。距離空間というものを日々意識して精進すべきです」
「虚数の無軌道者からヒスパニオラを守るとか…」
「虚構艦隊、そんなものがどこから出てくるんです?」
「アニメで見た」
「局所近傍系についてはあまり逸脱してない。ただ迂回点を通った場合の空間距離に相対する時空間距離を勝手に縮める輩がいるから、話しがややこしいんだ」
「先輩が縮んでるのは、先輩のせいじゃないすか」
「アニメ、見たことないんですよ。面白いんですか?」
「面白いぞぉ。少年、こんど一緒に見よう」
「ふざけんなよ。俺が縮退してるなんてあるわけないだろうが、お前が意味もなく増長してるだけだ」
「鹿が膨張するなんて、初めて聞きましたけどね。頭大丈夫ですか?」
「おかしいのは、お前の角だ」
あー、うるさい、うるさーい。
ベッコウがブチギレたので、背中のマルが大声で泣き出した。
「ほらぁ、どうすんのよ。マル、泣き出しちゃったじゃない」
ベッコウのせい、ではないかな。
仔鹿が舌を伸ばして、マルの顔を舐める。マルはくすぐったそうに顔を逸らすが、それでも鹿は顔を近づけてマルの顔を舐める。簡単にご機嫌になったマルが、今度は仔鹿のほうに身体を伸ばすので、ベッコウが堪えきれなくなって尻もちをついた。チャオがおんぶひもを弛めると、マルは奇声をあげて仔鹿に突進する。
意外と身軽なゾウのぬいぐるみは、ひらりとマルを飛び越してワンエムとの間に着地する。
相手が変わっただけだ。仔象は赤ん坊とがっぷり四つに組んで、すもうみたいな感じになった。マルは嬉々としてオールインワンに寄りかかる。
マルの機嫌がなおったので、ベッコウは呆れ顔で問いただした。
「あんたたち、いったい何しに来たのよ」
「ベッコウの計算サポートだ」オールインワンがマルをいなしながら答える「俺だけじゃキャパオーバーだから、Qbit1Mも呼んだ」
「なら、黙って計算してれば良いでしょ。なに2人してくだらないこと、くっちゃべってるのよ」
「退屈なんですよお」Qbit1Mが言う「重力場計算なんて同じことの繰り返しで、しかも条件変更後の再計算もたいして結果変わらないんだし、おしゃべりでもしてないと気がへんになりそうです」
それもそうか、とベッコウは少し反省した「計算もほぼ終わったしね。じゃ、みんなでアニメでも観よっか」
わーい、と歓声が上がった。ベッコウは背中にマルを再びくくりつけ歩き出すと、少年とゾウと仔鹿が後からついて来た。
子ども部屋でアニメを見ていると、いつの間にか人数が増えた。ユータのお母さんがおやつの差し入れを持ってきてくれたので、ワイワイ言いながらみんなでアニメを見ている。
これ何のアニメ? とアイボリーが訊いてきた。
「宇宙中学校の最狂生徒会長(♀)」
「この子が生徒会長?」と、これはコーラル。
「違う」ベッコウが秒で否定する「転校生でベルトラン帝国中学のスパイ」
「何でスパイ?」
「アルダンティア中学とベルトランが戦ってるからだよ」
「何で戦ってるの?」
「宇宙開闢の謎をとくキーデバイスを持ってるのがアルダンティアで、それをベルトランが狙ってるから」
「中学校の生徒会長が、その、なんとか持ってるのか」
「なんとか、ってキーデバイスのこと? 持ってないよ」
「持ってないの?」
「持ってない、キーデバイスは行方不明中」
「わあ、ロボットだ」アイボリーが騒ぐ「やっつけろロボット」
「ロボットじゃないよ。これが生徒会長のブレストーン。強化装甲つけてるだけでロボットじゃない」
「となりのビルより大きいけど?」
「パンプアップ、全身の筋肉に過剰な血流を流して巨大化してる、ほら、ヘルメット取った」
「あ、女の子だ。でも顔も大きいよ。筋肉が膨張して大きくなってるんじゃなかったの?」
「表情筋」言いながらベッコウが変顔した。
「敵は生き物みたいだねえ」
「ベルトラン? 戦闘妖精だよ。ベルトラン中学は宇宙生物を改造して戦闘妖精にするんだ」
ベッコウはアニメ詳しいですねえ、とシノノメが心底、感心している。
マルは、最初は一生懸命アニメを見ていたのだが、もう飽きてきて、脚を畳んで寝そべっている仔鹿に登り始めた。鹿の背中の上で、どんどんしている。動け、ということだろうが、ワンエムは慣れたもので立ち上がる気配すらない。
チャオは、お姉ちゃんの説明を聞き流しながらアニメに魅入っていた。生徒会長が出てくるたびに、この女の人、メガネかけたらお姉ちゃんそっくりだなあ、と思っていた。




