オールドワイブズテイル
「こんにちは」ティナは道を行く淑女に向かって話しかけた「シノノメのお婆さん、ですよね」
老女は立ち止まって微笑む。浅い青のワンピースに麦わら帽子がよく似合う「正確には、祖母ではありませんが、似たようなものです。それで、何かご用?」
「幸せになる方法を伺いたいんです」
「幸せ、ですか?」彼女はしばし面食らったが、すぐに思い当たるふしがあった「それは、お嬢さん、あなたの生まれ育った伝統に関わることかしら?」
「ああ、そうです、そうです」ティナはなんの説明もなしに婚儀のしきたりを異族の貴婦人に問うたことを恥じた「アタシたち、結婚したいと思ったら、身近でいちばん年嵩の女性に幸せになる方法を訊くんです。あなたがとても条件にあっていそうだったから、つい、その…」
…訊いてしまいました、とティナは詫びた。
「そうですねえ」老婦人はまだ躊躇しているようだ「吉祥の家、というのは夫を探すのには躍起になるのですけど。さて、しあわせ、と言ったらもののついでみたいなもので、とにかく家を守り継いでいくということしか頭にありませんから、わたくしどもにとっては難しいご質問です」
「…はあ」
お婆さんは、ふいに思いついたように、ティナに訊き返してきた「あなたは、幸せなのかしら?」
「ええ、幸せです。とっても」ティナは正直に答えた。
「でしたら」老婦人は、口を押さえて、ほほほと笑った「幸せになる方法など、お尋ねにならなくてよろしいじゃございませんか。もうしあわせなのでしょう?」
「…たしかに、そうかも」
では、お答えも見つかったようですし失礼しますね、彼女はそう申し渡すと、一礼して道ながらに歩いて行った。
「さて、それでは始めますか」
よろしくお願いします、とアイボリーとコーラルがカヨさんに向かってお辞儀した。
子供部屋の隣りのキッチンに入り、カヨさんはエプロンを身につけた。大きく向日葵の花の描かれた、かわいらしいエプロンだった。
「まず、ジャガイモを蒸しましょう。皮付きジャガイモをよく洗って蒸し器に入れてね」
「ゆでるんじゃないんだ?」アイボリーが訊く。
「茹でても良いですけど、蒸すほうが好きですね。茹でます?」
アイボリーが首を振る「給食で食べたコロッケ美味しかったから、その通りつくる。カヨさんのいう通りにする」
「皮付きでいいの?」こんどはコーラルだ。
「蒸しあがって冷めてから皮をむきます」カヨさんが優しく答える「そのほうが美味しいような気がします」
じゃあ、ジャガイモが蒸し上がる間に、玉ねぎを炒めましょう。
5連のコンロは、蒸し器に火を入れても、アイボリーとコーラルが並んでフライパンをかけられる。
カヨさんは手早く玉ねぎをみじん切りにして、アイボリーとコーラルのフライパンに半分ずつ分けてあげた。バターの良い香りがする。2人は玉ねぎが焦げ付かないように、いっしょうけんめい木ベラで混ぜる。
10分近く玉ねぎを炒めたあと、その色を見てカヨさんが言った「それぐらいでいいでしょう」
カヨさんは牛ひき肉を取り出した「これを混ぜて軽く炒めたら、いったん火を止めます。お肉がパラパラになるように気をつけてね」
アイボリーとコーラルをコンロから下げさせると、カヨさんは調味料を1種類ずつ説明しながら混ぜる。
「塩、コショウ、お酒、お醤油…」
「お酒入れるの? 酔っ払っちゃうよ」
おどけて言うアイボリーに、カヨさんは優しく答える。
「入れ終わったらもう一度炒めますから、お肉の脂肪とバター、アルコールを熱してエステルを作る。これがお肉をとても美味しくするの」
「へええ」
調味料を入れ終わったフライパンの具材を2人は再び炒めだす。調理が進むととても美味しそうな匂いがしてきた。
「はい、もういいですよ」カヨさんが言う「火を止めて冷めるまで待つ。ジャガイモも蒸し終わったし、そちらも冷ましましょう。休憩ね」
カヨさんは、こちらに着いてすぐに冷蔵庫に入れたホールケーキを取り出した。コマチ先生から貰ったメロンで作ったメロンケーキだった。8等分して、3切れ取って紅茶と一緒にテーブルに出す。
「はい、どうぞ。残りは冷蔵庫に入れたから、後でみんなでいっしょに食べてね」
「はーい」
「はーい」
「ところで」カヨさんは切り出した「どうして、コロッケの作り方を教わろうと思ったの?」
一瞬でアイボリーの顔が曇る。オレが言ってやろうか、などとコーラルが要らぬ気を回すのを押し留め、アイボリーは自分で話し出した。
「もう、コロッケなんか見るのも嫌だ、ってユータのお母さんに言われちゃって…」
「こいつ、毎日、コロッケ作ってもらってたんだよ」コーラルが横から口出しする「さすがに毎日じゃキツイと思うよ」
「それで、自分で作っては見たんだけど…、あんまり美味しくはなかった」
なるほどねぇ、とカヨさんは言い、自分で淹れた紅茶を口に含んだ。そして、コーラルのほうを向くと言った。
「アイボリーちゃんの事情はわかったけど、コーラルちゃんは?」
んー、とコーラルはケーキを頬張りながら鼻で答えた。それから味わって飲みくだすと、口を開いた。
「なんか面白そうだし、コロッケ作れれば、何かと便利かな、と思った」
あらそう、とカヨさんは言う。
「あのさあ、おばあちゃん」ケーキを食べ終えたアイボリーが訊ねてきた「おばあちゃんの中身入れ替わったって、ほんと?」
「1人分減りましたけど」カヨさんは控えめに言った「入れ替わったっていうほどでもないと思います」
「でも、前より優しくなった気がする」
アイボリーの言葉に、コーラルも、うんうんと肯く。
「さてと」カヨさんは立ち上がった「ジャガイモもひき肉も冷めたでしょうし、続きをしましょう」
2人は、はーい、と返事した。
「ほら、これで今日は最後だ。もう無いからな」
わーい、と歓声を上げ、アイボリーはコーラルからコロッケを受け取った。はもはもとその場で食べはじめる。
「まーた、甘やかして」ベッコウが横から口をとがらす「アイボリー、アンタもさあ、自分で作るからってカヨさんに習ったんじゃないの?」
「そうだけど…」アイボリーはごもごも言う「作ったけど、自分で作ると美味しくないんだもん」そして大急ぎでコロッケを飲みくだすと、その場から、ぴゅー、といなくなった。
「まったくもう」ベッコウは逃げるアイボリーの背中に悪態を浴びせた「作るの面倒くさがってるだけでしょうが、四六時中、コロッケばっか食べてんじゃなーい」
「アンタも悪いのよ。コーラル」向き直って、ベッコウはコーラルも面罵する「あんなコロッケ魔人みたいなの、どうすんのよ」
「べつにいいじゃん」コーラルは、プイと横を向いた「作るのたいして手間じゃないし、コロッケ食わしとけば、大人しいから、かえって楽だ。ベッコウがマルのオムツ替えるようなモンだよ」
ぜんぜん違うだろー、ベッコウが絶叫したので、背中のマルも何事かと泣き出す。
ごめんねぇ、ごめんねぇ、マル。ベッコウは背中をゆすってマルのご機嫌をとる。お姉ちゃんの友だち、バカばっかりでごめんねぇ。
バカは余計だ、コーラルは思ったが、考えてみてば、そう言われてもしかたないかも、と思い直した。




