フェイクオーシャン
「釣れるか?」
「ぼちぼちだな」
メロゴールドに訊かれて、シオンは答えた。
「何が釣れる?」
「この間、名前を知らない魚を釣った。シノノメが来て、ちょうだい、っていうからあげた。何でも銀ダラって魚らしい。シノノメがそう言ってた。だから銀ダラは釣れる」
「銀ダラは海水魚だ」メロゴールドは辺りを見渡す。いま居るのは湖の辺りだ「でもここは塩湖だから海の魚が釣れる」
「そうだ。本島の周りの海のほうが淡水なんだ。だから淡水魚が欲しかったら、海のほうに行ったほうが良い」
「塩素が不足気味なんだっけか。ヒスパニオラaは」
「そう、海のほうが広いからな。あっちを塩水にするには大量の塩、塩化ナトリウムが必要だが、海水魚を放すだけなら、塩湖にしたほうが塩は少なくてすむ。ユータは、後でなんとかする、って言ってたけどな。湖と海で釣れる魚が逆転してるくらいで、俺はどうでもいいと思ってるんだが、ユータはいろいろこだわりがあるらしいし…」
メロゴールドは湖畔に5本並んだ釣竿とホルダーに興味津々のようだ。あたりが来たら揚げてみるかい? とシオンが声をかけた。
いや、とメロゴールドは首を振った。
「魚釣りも興味はあるが、こっちの竿のほうが気になる」
「カーボンファイバーロッドだよ。手製の竿だが、まあまあの出来だぞ」釣竿の近くに寄って覗き込むメロゴールドにシオンが言う「一本あげようか?」
「どうやって作った?」
「どうって…、普通にポリアクリロニトリルを紡糸して真空で1200℃で蒸し焼きにしただけだが」
「釣竿に継ぎ目がない」メロゴールドが竿の表面を撫ぜながら言う「かなり長い、と言うか大型の真空焼成炉が必要なハズだ」
「宇宙に持っていってヒスパニオラbの近くに浮かべただけだよ」
「その手があったか」メロゴールドは顔を上げると、にっ、と笑んだ「頼みがある」
「何だ? 特注の竿でも作るか?」
「竿じゃない、別のものが欲しい」メロゴールドは小枝を拾うと地面に絵を描いて説明し出した。
「それぐらいなら、すぐ出来る」シオンはメロゴールドの絵を見て言う「先端は金属のほうが良いな。かえしもちゃんと入れておくよ。引縄はどれぐらいだ?」
「100メートル」
「マジかよ。そんなに飛ばすのか?」
「念のためだよ」なぜか頬を赤らめたメロゴールドは、笑いながらそう答えた。
波打ち際にメロゴールドが立っている。
右手には、メロゴールドの背と同じくらいのF R P製の銛を握っている。シオン謹製の逸品だ。
メロゴールドは海を背面にするようまわれ右をして立ち、そこから正確に20歩前に歩いた。その場で振り返って、海の方を睨む。後方の岩場に腰掛けて見守るシオンには、海に険しい目つきを向けるメロゴールドに何が見えているのかわからなかった。
トントンと、メロゴールドは2回真上に跳んだ。テンポよく右脚を踏み出すと、徐々にスピードを上げる。あっという間に波打ち際まで走り寄ったメロゴールドは、その勢いで上半身を弓なりにそらせ、怒声ととともに銛を海に向かって投げつけた。
仰角37度、引縄を尻尾のように翻し、カーボンファイバーの銛は飛ぶ。遥か洋上、最高到達点に達した銛は、重力にしたがって滑らかに切先を海面に向け、稲妻のように落下した。
海面に突き立った銛は、大きく白い水柱をあげる。一瞬だけ巨大な魚影がひるがえったように見えた。
飛沫の上がった海面にむかって、シオンが、おう、とどよめく。銛はたぶん当たった。シオンは岩場から飛び上がって駆け出すと、かろうじて砂浜に残った引縄の先をつかんだ。
ずしりと重い。引縄を引いている感触では相手は絶命しているように思える。だましではなく、本当に暴れる感じがない。それでも重い。かなりの大物だ。
シオンはバラさないように慎重に縄を手繰る。汗が吹き出る。メロゴールドも来て、シオンの前に割り込むと力強く縄を引きだした。
「一発で当てちまうなんて凄いな」少し引き手が楽になったシオンが、メロゴールドに訊く「この先に刺さってるのはどんな獲物だ?」
「ピラルク」
「ピラルク?」
「…だと思う」
ピラルクならこの重さも納得だ。地球最大の淡水魚で重量は100キロを優に超えるのだ。
それにしても、重い。相手が暴れないから良いものの、2人だけで引っ張るのはほねだ。一瞬、シオンはそう考えたのだが…
ーーいや、まてよ
2人だけだから良いのかも。シオンは手を抜いていると思われないよう全力で縄を引きながら、美しいメロゴールドの顔に見惚れていた。
「おっさかな♪、おっさかな♪、おっきい、おっさかな♪」
シノノメがぺたぺたと廊下を歌いながら歩いていく。そのシノノメを見て、ユータは作りかけの制御ユニットを置くと、左手首につけたデータロガーを操作する。
データロガーの出力を確認したユータは、はあ、と、ひとつため息をついた。それから手早く工作台を片付けて立ち上がった。
どっか行くの? とのアイボリーの問いに、ちょっとね、とユータは口ごもりながら答えた。
「メロゴールドが海でピラルクを獲った、みたいなんだ。シノノメより先に行って料理するの手伝わなきゃ」
「何で? シノノメに料理させときゃ良いじゃん」とコーラル「シノノメ料理上手だよ」
「シノノメは西京漬が好きなんだよ」ユータは早口で説明した「ほっといたら、ピラルク、全部、西京漬にされてしまう。せめて半分は別のメニューにしたい…、だから、晩ご飯はピラルクのバターソテーね。残りはマリネと、燻製にでもするか…」
説明もそこそこにユータはシノノメを追いかけて行ってしまった。
「ユータ、西京漬嫌いなの?」
ユータがいなくなってしまったので、誰に向かってというわけでなく、ベッコウがぼそりとつぶやいた。
「嫌いではない、と前に言ってたよ」アイボリーが言う「でも、ピラルクはでかいからねぇ。一度に何百人前もできちゃうから、みんなで食べたとしてもちょっと大変なんじゃない?」
「そんな量なら西京味噌だって足りないだろう? ユータ心配しすぎだよ」
そういうコーラルに、驚いたようにベッコウが言う。
「シノノメの味噌壺見たことないの?」
「ないよ」コーラルはぶっきらぼうに答えた。
「すごいんだよ」コーラルは両腕で大きな輪をつくる「こーんな大きさでさ、高さは60センチくらいかな。壺いっぱいに西京味噌と材料を入れるんだ。冷蔵型のパントリーに20個それを並べてある」
「なんだよ、それマジかよ」コーラルもびっくりだ「確かにそれじゃ、ピラルク1匹くらいはあっという間に漬かっちまう」
「ユータが心配するのも無理ないねぇ」
そう言って笑うアイボリーを見ながら、ベッコウは別のことを考えていた。アイボリーの言い分からすると、そんなシノノメの西京漬攻撃を受けても、ユータは西京漬嫌いにはならないみたいだ。思ったより西京漬好きなのかもしれない。魚はうまく捌けないけど、豚肉とかならなんとかなりそうだ。こんどシノノメから味噌を分けてもらって作ってみようかな。
「オレ、ピラルクって食べたことないんだけど、美味いのかな?」
「アイムも食べたことないよ。白身で美味しいとは聞いたことあるけどね。まあ何事も経験だよ。晩ご飯楽しみだな。コロッケにしてもいいんじゃないかな。そうだ、ユータにたのんでみよう」
そう言いながらアイボリーはふらふらと部屋を出ていく。白身魚ならコロッケじゃなくてフライだろう、フツー、アイツのコロッケ好きにも困ったもんだ、などとコーラルはどう考えても不必要な心配をはじめていた。




