フローズンジャイアント
「タイタンとガニメデ、どっちにする?」
「タイタン」
「まあ、そうなるか」
ユータとアイボリーが話していると、チャオが現れた「何の話ですか?」
「スキー場を最初にどこに作るかっていう話だよ」ユータはチャオに説明した「アイボリーに約束してたからね」
「すごい」チャオが叫んだ「ソリ遊びはしたことあるけどスキーはしたことないんです。スキーしたい」
「さすがチャオは賢いねぇ」アイボリーが目尻を下げる「スキーが好きな子に悪い子はいない。ささっとスキー場作って、ささっと滑ろう」
アイボリーはチャオがお気に入りだ。アイムの弟と呼んではばからない。なにくれと面倒をみているので、チャオもアイボリーに懐いている。
「タイタンは大気があるけど、そのままだと地球由来種には厳しすぎる環境だ。大気交換が必要だけど、侵食地表があるとないでは、スキー場になった時の楽しさはかなり違うと思うから、やっぱり、タイタンだね」
「ヒスパニオラbも木星からの水素供給でかなりでかくした。タイタンの地表温度も上がるから、それだけでメタンみたいな軽いガスは逃げていく。その後で大気組成を変えて、重力制御すれば、そこそこいけると思う」
「雪、水はどうします?」チャオが2人に訊いた。
「ヒュペリオンが氷塊部分が多いから溶かして使う。ヒュペリオンで足りなくても、水素も酸素も豊富にあるから問題ないよ」
「メタンを燃やして作ってもいいし、ついでに二酸化炭素もできるし」
「あ、それいいね。いままでは大気温度が低くてできなかったけど、いまならできる」
「タイタンの大気の主成分が窒素なのは良かったですね」
「だね」
男の子3人の相談はつきない。砂場で基地や砦を作る感覚で小惑星改造を試みるつもりのようだ。
「スキー場作るみたいですね」
子ども部屋の男の子たちとは反対側でシノノメが小声で言う。反対側には自然と、シノノメ、ベッコウ、コーラルが集まってしまっている。マルは男の子だが、シノノメの背中に括られているので、こっち側だ。
「いいんじゃない? オレ、スキー好きだし」
「スキー場はいいんだけどさ」ベッコウが、しょうがないよね、みたいな口調で言う「地球型惑星改造の話しだよね。何で、スキー場の話しになっちゃうかなー」
「え? スキー場の話しだろ?」
「スキー場の話しですよね。前にヒスパニオラにもあった」
「え? スキー場の話しなの?」
「ユータがアイボリーに約束してたやつだよ。やっと作れるようになったから」
「ですよね? 違うんですか?」
「じゃあ、スキーするためにガニメデとタイタン持ってきたの?」
「そうじゃないの?」
「ヒュペリオンのことは知りませんけど、タイタンとガニメデはそうだと思いますよ。ヒスパニオラaは大きさの関係で海を作ったらスキー場作りにくいですからね」
「そうかあ、スキー場なのかあ」ベッコウは驚きの声を上げた「スキーできるんだぁ。スキー大好き」
ベッコウの背中でマルが、オウ、と声をあげた。
工作室での作業中に、アルはクスリと笑った。声を立てて笑ったわけではないし、普通なら気づかないところだが、メリルは見逃さなかった。
「何、ひとりで笑ってんの? ビザンツ先生?」
「ビザンツ先生はやめてくれよ」アルはこんどは苦笑いだ「もう先生じゃないんだしさ」
「じゃ、なんて呼べばいいの?」
「アルでいいよ」
「じゃあ、アル」メリルはアルの側に寄った。顔が近い「何で笑ってたの?」
「N A S A長官の顔を思い出した」アルは正直に答えた「ガニメデとタイタンがどうして消えたのか説明を求められた。その時の長官の顔をね、思い出したんだ」
「そんな、面白い顔だったの?」
「顔自体はそれほど面白くはなかったな。ただ、ボクの説明が不満だったらしくて、情けない顔してた」
「なんて説明したの?」
「L1不可視天体が不可視フィールド内にタイタンとガニメデを軌道内包した、って言ったら、そんなヨタ話は聞きたくないって…」
「ヨタ話、って、本当のことじゃない。いったい、彼はどんな話が聞きたかったの?」
「さあ、N A S A長官が何考えてるかなんて、ボクにはわからないしなあ」
「そりゃ、そうだ」
「でもさ、ガニメデとタイタンをスキー場作るために接収した、なんて聞いたら、長官、どんな顔するかな、って考えたら思わず笑っちゃった」
「ほんとにスキー場作る気なのかな?」
「だと、思うよ」
「地球型生命群の維持に必要、とかじゃないの?」
「仮住まいだしね」アルは椅子から立ち上がって背伸びした「本格的にはくじら座τに行ってからだってユータも言ってたし…。現行のヒスパニオラb、コンパクトなのは良いんだけど、分光スペクトルが異なるからねぇ。変調してあるとはいえ、なかなか難しい。その点、くじら座τならもともとスペクトル分類が太陽に近いから、だいぶ楽だと思うよ」
「くじら座τなんて、ずっと先の話しでしょ?」
「そんなことないよ。太陽系の引力圏を離脱したらひとっ飛びだし、すぐだよ」
「ひとっ飛び…って」メリルは思わずアルに目を向けた「12光年も先にあるんだよ?」
え、でも、とアルは戸惑いの顔になる「超空間航行なら、文字どおりひとっ飛びだよ。そのためにボクが来たんだし…」
「良い石見つかった?」
ヨウムがビルの肩にとまる。ビルは散策の足を止めた。
「うん、最近、急に石の質が良くなったな。誰か他所から持ってきてくれたのかも」
「他所から?」
「タイタンにスキー場作ってるだろ。ヒュペリオンの氷も溶かしてるからさ。余った土砂をヒスパニオラaにも撒いてるんじゃないかな」
「へええ」
コイントスは飛び立つと、ビルの頭上をクルクル廻った。そして左肩に戻ってくる。
「ガニメデ、タイタン、ヒュペリオン」コイントスは歌う「模型の星、また減っちゃったね」
「そうだけど」ビルは微笑んだ「ヒスパニオラ星系の模型も作ろうと思ってるから、それほど困らない」
「え、すごいな、今度、見せてよ」
「いいよ、って言うか。いま、見においでよ。今度とか言わずに」
「え、いいの? いいの? 本当に?」
コイントスは再び飛翔すると、ビルの周りをおおきく廻った。ビルは足早に自分の個室を目指して歩き出した。
「タイタンとヒュペリオンはスキー場作りでわかりましたけど、ガニメデを持ってきたのは、どうして?」
シノノメは銀ダラのサンドイッチをユータに差し出す。豹と猫のデートも楽しいのだが、毎回だと飽きる。今日はユータもシノノメもサンドイッチを持ち寄る日にした。ユータはシノノメから受け取ったサンドイッチの臭いを嗅いでから、端っこのほうをかじった。
「予備だよ。タイタンのスキー場がアイボリーの気にいるかどうかわからないし」
「予備、って、それだけのために持ってきたんですか?」
「そうだよ」
「アイボリーはスキー場に文句つけたりしませんよ」シノノメはあきれ顔だ「だいたい、そういうのは誰に作ってもらったか、とか、誰と一緒に遊ぶか、とかのほうが大事なんで、出来ばえそのものは重要じゃないんです」
シノノメはユータにもらったレタスベーコンサンドに真ん中からかぶりつき、口いっぱい頬張ると、笑顔ではち切れそうになりながらモグモグした。
「そうかなあ」
ユータはあまり納得してない風だったが、食べかけのサンドイッチをもう一口かじった。銀ダラの味がした。




