ヒスパニオラマトンクラブ
「それでは茶会改め、ヒスパニオラ羊肉倶楽部の初会合を祝して。乾杯」
ジャックの音頭で6人は馬乳酒の杯を掲げた。シシケバブは校庭の真ん中に設置した焚き火の周りでほどよく焼けていて、隣りの組み立てテーブルには大盛りのマトンビリヤニが据えてあった。
思いおもいにシシケバブの串を取っていると、串に刺した羊肉を大皿で運ぶメロゴールドが現れた。
「次の分はこんなもんだぞ」
焚き火にぐるりと串を刺しながら、メロゴールドが言う「もっといるか?」
「とりあえずはこれでいいよ」シオンは焼けたほうの串をメロゴールドに差し出した。ついでに左手で馬乳酒を勧める「ご苦労さん、一緒に食べていってくれ」
いいのか? と問うメロゴールドに、元茶会メンバーは首を縦に振って歓迎する。
「もともと、みんなで外でパーティーしようって話しになってね」ジャックが説明した「それで、みんなの好きな食べ物ってことになって、羊を食べようって話しになった。だから羊肉が好きなら、もう会員だよ」
そういうことなら、とメロゴールドはシシケバブの串半分を前歯で削いで飲み込み、馬乳酒を煽った。その豪快な食いっぷりに拍手が起こる。
「いやあ、助かったよ。こんな量の羊肉を用意してもらって、ほんと、苦労をかけた」
「羊肉をおろしたのはほとんどシオンだろ。オマエ、本当になんでもできるな」
「おふくろに仕込まれたからなあ」懐かしむようにシオンが言った「口だけ達者でも家は立たん、頭だけでなく手先も鍛えろって」
「いいお母さんだ」
ずいぶん仲が良さそうね、とティナは顎でこっそりシオンとメロゴールドを指してから、小声でルーガに囁く。昔からシオンはモテるからなあ、などとルーガが見当外れのことを言うので、思わずティナの声がキツくなる。
「そうじゃなくて、シオンがモテてたのは金目当ての娘ばかりに囲まれてたからでしょ。メロゴールドは違うわ」
「そりゃまあ、シオンは面喰いだからな。美人には目がないんだ」
ティナは思いっきり、ルーガの足を踏みつけた。
「コマチ先生の容体はどうだろうか?」
空気が読めないことでは定評のあるジャックが、唐突にメロゴールドに訊ねた。
「もう大丈夫だよ」メロゴールドは言った「博士が心配して安静にさせてるけど脳細胞の増殖は止まってる。亜空間に逃してた分の脳も通常空間に戻した」
「デザイナーズチルドレンの技術だと聞いたが…」
さすがに遠慮気味で口ごもりながらのジャックの質問だったが、メロゴールドはさして意識する感じではなく、平坦に説明する。
「デザイナーズチルドレンとはちょっと違うな。あれは遺伝子そのものを弄る技術だが、コマチ先生の方は後天的に脳細胞のサイズを小さくして数を増やす。それでも産まれてすぐくらいに施術したようだけど。問題は脳細胞増殖の制御が難しいこと。ガン化しやすいのはデザイナーズチルドレンと同じだが、増えすぎた脳細胞が脳自体を圧迫するというオマケつきだ。ユータのお母さんが治療で多めに脳細胞を削除したのもそのへんの事情も加味してだよ。大量の脳細胞削除による記憶欠如は、まあ仕方ない」
「脳削除で記憶が消えたのに、何故思い出せたの?」
アイジュマルが驚きの声を上げた。メロゴールドはその声にもとくに動じず、淡々と答える。
「脳だけで覚えてるわけではないから」
「教授が悪さしたってことね」ティナは申し訳なさそうに詫びた「ごめんなさい」
「それはそうだが、貴女が謝るようなことじゃない」メロゴールドは言った「ただ、先生を治したい、って気持ちはわからないわけじゃないが、トッペンとコイントスは余計だったな」
「どういうこと?」
「先生を治したい、ってみんな思ったんだろう。でも治し方がわからない。だからイヌとヨウムに先生と同じ施術を施した。実験動物だな。後でユータのお父さんとお母さんがみんな一緒に治したけど」
「ああ、それでか」突然、ビルが素っ頓狂な声を上げた「前から小鳥さんと気が合うんで不思議だなと思ってたんだ。ボクら似たもの同士だったんだな」
思わず、みんな笑い出した。ビルだけが、きょとんとした顔でまごついている。
「なんか可笑しなこと言ったか?」たまらずビルはシオンに訊いた。
「いや、ぜんぜん、可笑しくない」それでもシオンは笑いが止まらない「ビル、お前はいい奴だよ。ずっと昔から、いい奴だった」
「それにしても驚いたわ」パーティーが終わって個室に帰るなり、ティナがルーガに捲し立てた「コマチ先生とあの動物たちが、わたしたちの仲間だったなんて」
「デザイナーズチルドレンは惹かれあう」ルーガが言った「誰が言ったんだったかな。俺たちの中の誰かだと思うけど、ベルンシュタインじゃないことを祈りたい」
「その名前出さないで」ティナが怒った「聞くだけで嫌な気分になる」
だからさ、とルーガは笑った「シオンがメロゴールドに気があるのは当たり前のことなんだよ」
「どういうこと?」
「だからさ」とルーガは繰り返した「トッペンとコイントスが俺たちの仲間なら、ユータのお父さんに一緒に連れて来られたメロゴールドだって仲間だろ?」
「だから、どういうことよ」ティナも繰り返した。
「メロゴールドにコマチ先生と同じ施術を行ったとは思えない。動物にだって褒められたもんじゃないが、流石に人間にはな。でもパレアナの手にも負えなくて、けっきょくセドリックに任せるしかなかった。どうやって見つけたのかは知らない。コマチ先生と同じ症状を持つ子を病院が見つけたってことになる」
「見つけた?」
「そう、見つけた。天然のデザイナーズチルドレンを」
「天然の? そんなバカな」
「メロゴールドは自分はオニだとシオンに言ったそうだ。日本にいる想像上の怪物で、頭にツノがある。増殖した脳細胞が頭蓋を圧迫して変形する。外から見ればコブか? いや…」
「…ツノ、に見えるの?」
ルーガはうなずいた。でも、こうも付け加えた。
「本当のところはわからない。でも、本人がそう思ってるとしたら、そうだろう」
「メロゴールドは、いつも自分のことをゴリラだと言ってた。あれは…」
「オニになりたくない、からだろうな」
「デザイナーズチルドレン同士は惹かれあう」ティナは言いながらルーガの顔を見上げた「わかるわ。とても良くわかる。だから、シオンはメロゴールドにゾッコンなのね」
「そう、それでビルはコイントスにくびったけだ」
「ちょっと待ってよ。いくらなんでも、それは…」ティナは呆れ顔でルーガに反論した「だって、コイントスは鳥だよ。いくらビルが変わり者だからって…」
ルーガはティナの抗議には目もくれず、じっと窓の外を見つめていた。何を言っても反応がないルーガに、ほとほと困ったティナは、しかたなしに窓外へと視線を移した。
草原を走る黄金の豹が見えた。その背にしがみついている青い猫。
「…そうだったわね。この世界は、もう、何でもアリだった」
「そう、何でもアリだ」ルーガはティナに向けてと言うより、自分に、いや、窓の外を駆けていく金豹に向けて言った「コイントスが見目麗しい女性に変わるのか、それともビルが変わった羽根のヨウムになるのか、あるいは、2人でべつのものになるのか」
やっとティナのほうを向いたルーガは、いままで見たこともないような笑顔になった。
「この物語の先は誰にもわからない。意外と喧嘩別れするかもしれないし」
「それだけはないわ」ティナもルーガと同じ笑顔になった「デザイナーズチルドレンは惹かれあう、いま、その意味がわかった」




