吉祥学園学園祭その5 ーー 学園祭2日目、お化け屋敷は2人以上で入りましょう、先生の名前
「だからぁ、先生お願い。ワタシと一緒にお化け屋敷入って」
「だからぁ、先生はそういうことしないの。保健の先生なの。わかる?」
ベッコウも保健の先生も一歩もゆずらない。
「だって、お化け屋敷の前に、必ず2人以上でお入りください、1人で入ってはいけません、って書いてあるんだもん」
「友だちと行けば良いでしょうが。行きませんよ、先生は」
「シノノメは、もうユータと入ったって。もう一回行こうよ、って言ったら、なんか変な顔されて、あれは何度も入るモノじゃないし、とか、何だかわからないけど、ダメだって」
「コーラルちゃんとアイボリーちゃんがいるでしょ」
「だめだよぉ、絶対、横で怖がらせにくるし、とにかく、あの2人はダメ」ベッコウは目の前で手を合わせ、おねがいポーズをとった「学園祭の出し物でまだ見てないのあれだけなの、お願いっ」
「そんなこと言ったって…」
「行ってやれよ、かわいそうじゃねぇか」なぜか保健室にいる工場長が助け舟を出した「な、ベッコウも怖いの我慢して行く気なんだ。一緒に行ってやればいいじゃねえか」
「適当なこと言うなー」ベッコウが口を開くより先に保健の先生が、工場長に怒鳴った「アタシは入らなくていいって、オマエ言ったじゃないかー」
「そりゃ、言ったけどさ」工場長は下を向いてぶつぶつ言い出した「入る必要はない、とは言ったけどさ。こうやってカワイイ生徒がお願いしてるんだぞ? いうこと聞いてやるもんじゃねえか、ふつう?」
「ふつうじゃない、ふつうじゃなくていい、とにかく、お化けになんか知り合いも親戚もいないんだ。入る理由がない」
「お願いされてるだろ」
「お願い」
「ほら」
ああああ、先生は頭をかきむしった。髪の毛がボサボサになる。
「とにかく、入らない、絶対に入らない」
「絶対か?」
「絶対」
「ほんとは親戚いるんじゃないか?」
「何が?」
「お化けの親戚」
「いるわけないだろう」
「証明するために一回はお化け屋敷に入らなきゃ」
「そんな理屈があるかっ」
「じゃあさ、こうしよう」唐突に工場長が姿勢を正した「俺が一緒に行ってやるよ。製作者が行くんだ。もう、怖いことなんかない。ベッコウと保健の先生と、そんで俺。2人以上なんだから3人いても問題ない。よし、これでいいだろ」
え、あ、うん、などと、これまたなぜか保健の先生は、しおしおと納得してしまった。工場長とベッコウの2人でも良さそうなものだけど、とベッコウは考えていたのだが、先生が来てくれるほうがぜったい良いし、頭の隅で考えるだけにして、声には出さなかった。
「じゃ、じゃあ、入るから」
何度も何度も後の工場長を振り返りながら、先生はベッコウと並んで、お化け屋敷の扉を開けた。
扉を開けてすぐは壁に挟まれた狭い小道、2人並んでやっと通れるぐらいの道だ。
女子2人を前にして工場長は後ろから進む。無言で進む工場長は、自分で造ったお化け屋敷の出来栄えを確認しているようにも見えた。
突き当たりにドアがあった。先生が工場長のほうを振り向く「どうする?」
「開けるだろ、そんなもん」
先生は恐る恐るドアを開けた。
小さな部屋だ。正面と左右にひとつずつドアがある。思いきって先生は左のドアを開けた。
「何かいるっ」
ベッコウの叫びに先生は中もろくに見ずドアを閉めた。
「もう、アタシ無理、ベッコウちゃん、ほか行こう」
「え、でも。こっちが出口かもしれないし」
「じゃ、ベッコウちゃん開けて、中見て」
「え? ワタシ」
ベッコウだって怖いのだが、でも無理強いすると先生、入り口から逃げ出しそうな気もする。ままよ、ベッコウはドアを開け放った。
小部屋はドアがひとつもない、行き止まりだ。さっき何か見えたような気がしたけど…
うわぁああああ、さっきの部屋で悲鳴が上がる。驚いて帰ると、先生が正面のドアにしがみついて悲鳴をあげている「開かない、このドア開かない」
ドアにしがみつく先生の後ろから、工場長が取っ手に手をかけた。
「これは押したり引いたりするドアじゃない。こうやって横に…」
ガラガラと音を立てて扉がスライドし小道が見えた「おおまけのオマケだ。もうヒントは出さない」
先生は短い道を突っ走って正面のドアに体当たりした。
「ま、それでも開くけどさ」
工場長の脇を抜けて、ベッコウは部屋の真ん中にへたり込んでいる先生に駆け寄る。
部屋の隅になにかいる。
髪を左右に束ね、上衣と袴を纏って剣を佩く武人
ーー女児よ怯えるな。儂は其方を驚かすものではない
先生とベッコウは抱き合いながら、こくこくと頷く。体の震えは止まらないが、悪い人ではなさそうだった。
ーーヒメコ殿の御眷属かな。よう似ておいでだ
先生の顔を見て言うので、武人は先生のことをいっているのだろう。
ーー御名はなんと申される
先生のくちびるがかすかに震える。
「…コマチ」
工場長は聞き逃さなかった。
「良き御名、しかと承り申した」
武人は高らかに笑う。その姿が部屋の中に溶けるように見えなくなった。
「けっきょく、アレは何だったの?」
「シンタグマメソドロジーの応用だな。シンタグマメソドロジーは内部の知性体に反応して周囲が変わる。リアクションは知性体の行動に対して取られるが、あのお化け屋敷は誰かの行動に対して別の誰かに対して応答する。シンタグマメソドロジーが自己相関であるのに対し、お化け屋敷は他者相関といったところか」
「それは入ったからわかるよ」ユータは工場長に言った「そうじゃなくて、最後に出てきたらしい武人の魂」
「あ、それな、坊ちゃ…、違う、ユータ」まだ慣れないな、と工場長は笑った「もともと彼女の呼び方を真似たんだ。もう必要ない」
「コマチ先生が名前を思い出したからね」
「で、くだんの武人だが、特徴をかいつまんでシノノメのお婆さんに話したら、ニギ様、だそうだ」
「シノノメにも話しかけたそうにしてたんだけど、シノノメそういうの鈍いから」
「鈍いんじゃなくて眼中に入ってないんだろう」
「そんな感じだ」ユータは、ふと思いついたようにつぶやいた「ボクももう一度会いたいな、姿は見かけたけど、ニギ様と話してないし。始祖さん、いやヒメコ様を誘ってみるか」
ユータは居住まいを正すとあらためて向き直った。
「ドゥーマ博士」ユータは長年封じていた本名で博士を呼んだ。それはコマチが己を取り戻すまでと、博士に頼まれていたからだった。
「もう、ヒスパニオラ星群は、小惑星帯の中まで来ています」
「そうだね。ユータ」
「いよいよ、博士のお力添えが必要な時が近づきました」
「ポイントはどうする?」
ドゥーマ博士の目は真剣そのものだった。
「ポイントは、彼は、いったんヒスパニオラから離脱します。彼の目標が太陽系ではない以上、しかたのないことです。彼とは次の会合点までしばしのお別れです」
「マッハポイント、慣例にしたがってこう呼ぶかな、あれは超空間航法と相性が悪い、不動点が2つ同時に存在するようなもんだ。いや、別に2つ以上あったって問題はないんだが、せいぜい可算無限個の範囲しか許容できないのに、あれは有界でない無限重ね合わせの不連続点である可能性がある」
「可能性じゃなくて、実際、そうだよ」
「それなら、なおさらだ」博士は顔を難しくした「彼の虚像をヒスパニオラと同期させる必要があるな」
「最初の超空間航法試験は?」
「木星と土星の間だ。やってみないとわからない部分が多いし、土星以降だと資源採取が難しい」
「ボクの考えと同じだ」
「ほんとかあ?」博士は言いながら髭をなぜたが、ちょっと奇妙な面持ちになった。
「この髭も剃らんとなあ」
「なんで? 似合ってるのに」
「意外と手入れが面倒なんだよ。もともと彼女に言われて伸ばし始めたんだ」
「そのことなんだけど」ユータは少し言いにくそうに話し始めた「ハツミおばさんが、博士が髭を剃らないようにそれとなく言っといてくれ、って言うんだけど、ボクそういうの苦手だから、はっきり言うね。髭剃らないで」
「何で?」
「メリルが落ち着くまで、髭剃らないで、だって」
博士は不満げだが、とりあえず、わかった、とだけ答えた。ユータは、今日一番の面倒ごとを終えたので、急に気分が軽くなった。




