吉祥学園学園祭その4 ーー 学園祭1日目、1000年の恋をホッパーちゃんが語る
「こっちこっち、車屋さん、乗せてぇ」
校庭の隅っこでハツミが手を振っている。裾に銀糸で孔雀をあしらった黒留袖は、ハツミが着ると普段着のように見える。羽織袴のリョージが隣りに寄り添う。
ホッパーちゃんRev・34は小旋回して、2人の隣りに着艇した。ちなみにホッパーちゃんRev・33とRev・34の違いは、助手席が回転して後部座席と対面にできる点である。ガイドがお客さんのほうを向いて話すんだ、学園祭仕様だよ、とアイボリーは言うわけだが、五月蝿い奴が、前を向いていようが、後ろ向きだろうが、操縦席のコーラルには関係ない。
「いらっしゃい、ようこそ。ホッパーちゃんのワクワク探検ツアーだよ」
どのコースにする? と訊くコーラルに、どんなコースがあるの? とハツミは訊き返した。
「吉祥学園校内散策コースとヒスパニオラa1周コースだよ」
「ヒスパニオラa1周コースってどれくらい時間かかるの?」
「40分くらい」
「じゃ、それお願いしようかしら」ハツミは笑顔で傍らのリョージに話しかける「ここに来て間もないから、とりあえず、グルって周るのが良いかも」
僕もそう思いますね、とリョージはにもなく賛同したのだが、操縦席から意見が上がった。
「その時間で周ると、成層圏飛行になるんだが?」
ハツミはかまいませんけど、と言うし、リョージも、良いですね、と言うので、コーラルは黙ってホッパーちゃんの透明外殻ハッチを閉じた。
外の景色の飛び具合から、かなりの急加速であったと思う。だが艇内のリョージはほとんど加速によるGを感じなかった。
対面しているアイボリーが前のめりになっていないのを見ても、ホッパーちゃん、見た目以上に高機能なようだ。
「重力制御、というのは、加速度にも効くわけですか?」
リョージの問いにアイボリーは柔かに微笑んだ。
「ふふ、そうだよ。もともと亜空間や超空間では必須の技術なんだ。遠い2点間を直結して移動するっていうの、単純にバイパスしてるだけでなく、重力や加速度もキャンセルしなきゃならない。そうでなきゃ強烈な加速度や超重力にさらされてみんなぺちゃんこだ。ヒスパニオラ星系の重力制御はオールインワンがやってる、元の片割れのアイムも似たようなことはできる。だから、安心して乗っていていいよ」
操縦席のほうから、こほん、と小さな咳払いがしたが、アイボリーには聞こえていなさそうだ。
「こうして見ると地球とほとんど変わらない」窓外の景色を眺めながらハツミが言う「海もあれば雲もある。でも、ヒスパニオラaの質量からいったら、これもあり得ない話なんでしょう?」
まあ、そうだね、とアイボリーは屈託なく笑った「あり得ないといえば、あり得ないけど、実際にあるんだから、あまり気にしないことだよ」
「あり得ない、といえば」ハツミは妖しく笑んだ「ベッコウちゃん、すごかったわね。あのパントマイム劇、もとは能の道成寺でしょ。シノノメちゃんはともかく、たいしたお稽古もせずにあれだけ踊れるなんて素晴らしい素質だわ」
「ベッコウはオレたちの中でいちばん出来がいいからな」
操縦席のコーラルがぼそりとつぶやいた。
「あら、そうなの?」
「そうだよ。ベッコウはアイムたちと違って脳の強化を突き詰めた形じゃない。末梢神経も含めた神経系全てを強化している。だからオールレンジでモノが見れるし、知覚だけじゃなくて体幹バランスなんかの運動系も良くなってる」
「トータルバランス、ってこと?」
「ちょっと違うかな? 例えば、頭が良くなって高速で考えられるようになったとしても、考えた結論が正しいとは限らない。間違った答えが高速で導き出されるってこともある。頭を良くするだけじゃダメだってのが、オレたちを作った後の検討でわかったってわけ。オレらに使われた技術も、あからさまに失敗ってわけでもないけど。ベッコウのほうが上なのは確かだ」
「頭良くても悪くても関係ないってこと?」
「それも違う、頭悪いのは困るけど、良い方は限界があって、それ以上頭良くしてもたいして結果に差が出ない。論理では到達できない限界があって、そこから先は、ユータやシノノメの領域になる」
「シノノメちゃんも?」
「最後の吉祥なんだろ? シノノメは」
「ああ、そう、そういうことね」ハツミはようやく腑に落ちた「でも、あれは、そんなにいいモノじゃないわよ。少なくとも幸せにはなれない」
「そんなもんなの?」
「そんなもんだろう」コーラルが正面の外殻ガラスを見つめたまま言った「どのみち最後の吉祥なんだから、酷い目にあうのは決まってる、だから、せめて伴侶ぐらいはこの世で最高のを当てがった、って轍元先生が言ってたよ」
「どこまで行っても海なのねぇ」ハツミはそう言いつつ嬉しそうだ「流石にちょっと退屈ね」
「陸地は吉祥学園の周りしかないからねぇ」とアイボリー「無理矢理作ったからこんなだけど。後で少しずつ手を入れるんじゃない」
「島とか作るのね」
「いや、ヒスパニオラaは、たぶん、このまま。ヒスパニオラdかeになるのかな。もう少し大きくないと、大陸や列島を造るのは難しい。あと海溝とか海底山とか」
「地球にかなり寄せた生態系を造るんですね」リョージが感心して頷く「この星では小さすぎて、少しずつ形態が元のものから乖離していく」
「それも悪くないと思うんだよ、アイムは」アイボリーは愉快そうに笑う「別に変化したってね、ヒスパニオラ星系に適合してそうなったんなら、それで良いと思うんだけど…、ユータの考えは違うみたい」
「違う考え?」
「なるべく地球型生態系からのずれを少なくしたいって、あんまり違うと、誰かに見せたときに説明が大変だって」
「誰か、って誰です?」
リョージの疑問は当然至極だが、答えるのは難しい。アイボリーは一息ついて考えを巡らせた。これはデザイナーズチルドレンには、とても珍しいことだ。
「これから、アイムたち、長い旅に出るんだけど」アイボリーはゆっくりと、しかし、はっきり話し出した「その旅先で出会う人たちに、自分たちはどこから来たのか、って説明するときに重要らしい。そういうのアイムよくわからないんだけど、ヴィジョンで見せるだけじゃダメなんだって。まあヴィジョンも見せるんだけどね。そういったデータとその時に保有している生態系との比較で、アイムたちが何者なのか、判断してもらうのに必要だって」
「でも、それは…」リョージが思わず口を出した「かなりモノのわかった相手でないと無理ですよ?」
「それは、そうなんだけど…」アイボリーは口ごもりつつも、はっきりと言った「ユータは理想の人だから、多少無理でもユータの言うことは聞いてあげたいと思う」
「ベッコウちゃんのパントマイム劇、題名は何だったかしら?」
一千年の恋、コーラルがハツミの問いに答えた。
「そう、1000年の恋」ハツミが高らかに唱える「恋は現実で愛は理想、誰もが理想を求めるけれど、本当は恋がしたいの。ええ、いつだって崇高な愛よりも現実の恋人のほうが優る。蛇の乙女が鐘に巻き付いたのは中に御坊がいたから。念仏なんて帳の塞ぎにもなりゃしない」
「1000年続く恋があると?」
「昔はなかったけど」ハツミははにかみつつも隣りのリョージに視線を流す「もう、みんな長生きになったのだから、1000年を1000回繰り返しても尽きぬ恋も生まれるでしょう」




