吉祥学園学園祭その3 ーー 前夜祭、うつろ岩の城、クジラは全てを見おろす
校庭の真ん中に巨大な蟻塚のようにそびえる建造物。
工場長がわずか2日で建てた塔のような何かは、奇怪なモニュメントとして学園祭の中心になりつつある。
もっとも、あまったー、とか言って、お父さんが万国旗に似た連旗を幾重にもてっぺんから垂らしたので、安手のアトラクションに見えないこともない。
「これ、いったい、何かなあ」などとベッコウがのんきな声を出すので、アイボリーがすかさず突っ込む。
「お化け屋敷だってさ」
「ひょ?」
「お化け出るんだよ。あの中に入ると」もちろんコーラルも黙ってない。
「ひょ?」
「工場長が、いま中身作ってる」
「中身のお化けも作り物だよ。だから安心しな」
「怖いけど」
「そう、とてつもなく怖いけど」
さすが、この2人、こういうときだけは、息がぴったり合う。かわいそうなベッコウ。
「学園祭の2日目に入れるようになるってさ」
「アイムねぇ、お化け屋敷大好き、入ったことないけど」
「ワ、ワタシは、それほ、ど、好きじゃない、かな?」
「入ったことあんの」
「なにが?」
「何が、ってお化け屋敷だよ」
「ない、絶対ない」
「入ったことないのに、好きじゃないとか変じゃないか?」
「ひょ?」
「そうそう、学園祭を満喫するには、こういうのこそ入らないとダメだよ」
「ひょ?」
「ね、2日目だよ。入ろうな」
「ひょ、ひょ?」
虚ろな岩のようにそびえるお化け屋敷をベッコウは見上げた。昼間見るうつろの城は、いびつでごつごつしているが、怖いとは思えなかった。せっかくの学園祭だし、入ってみてもいいかも、などと考えるベッコウに、後から声をかけるものがいた。
「シノノメちゃんとユータちゃん、どこにいるか知らない?」
ハツミさんだった。大柄の銀杏をあしらった浴衣を着ている。
「フォボスとダイモスに行ってる」コーラルが言った。
「ポイントも一緒だよ。ポイントに偏差の大きい重力場の見本を見せるんだって」アイボリーが付け足した。
「あら、そうなの」ハツミさんは意外ね、という顔をした「今日はお稽古しないのね」
「シノノメは、飲み込みがはやいから、もう舞台稽古も終わったの」ベッコウは言った「学園祭1日目の午前だから、場所は講堂、観にきてね」
「ええ、もちろん」ハツミさんは笑顔で答えた「じゃあ、あの子達、前夜祭は来ないのかしら?」
「前夜祭は来るよ。晩御飯がわりだもの」アイボリーが言う「コロッケの屋台も出るんだから、絶対、帰ってくるよ。ユータが言い出したんだ。昼間は何しても良いけど、晩御飯前には必ず帰る」
「コロッケはオマエだけだろ?」
「じゃあ、アイムが全部食べる」
「腹こわすぞ」
「コロッケでお腹こわしたりしない」
言い争うコーラルとアイボリーには興味なさそうに、ハツミさんはうつろな岩の建物を見上げた「これ、なあに?」
お化け屋敷らしいですよ、とベッコウが言うとハツミさんは怪訝な顔をした「お化け屋敷? ハツミの知ってるのと違うわ」
「そうなんですか?」
ええ、と答えたハツミさんは、しばらくお化け屋敷を眺めていたが、その口の端が、ふっ、と上がった。
「なるほど、そういうことね」
「何がです?」
「何でもないわよ」ハツミさんはベッコウにむかって微笑んだ「そういうことなら、亮二さんと入ってみようと思って、あの人、不思議だからいまだによくわからないのよ」
「何かわかるんですか? お化け屋敷で」
「お化け屋敷ではわからないけど、アレは普通のお化け屋敷ではないわ。見るからにそうじゃない?」
ハツミさんは言うのだが、ベッコウはいままでお化け屋敷を見たことがないから、どう普通ではないのか、まるきりわからなかった。
「ふっふっふっ」屋外テーブルの上に各種のバザーメニューの品々を並べて、アイボリーが悦に入っている。
「コロッケもすてきだけどさあ。このジャガイモがごろっと一個でバターが乗ってるでしょ、素敵だよね。あとイカ焼き、わざわざアイムに食べられるために海で泳いでるとかさあ。ホント、イカには感謝しかないよ。それで、りんご飴、美しいよねぇ。毎日、食べられたらいいと思うんだけど、やっぱり、お祭りとか、特別な日じゃないとありがたみがない、こんな透明の飴がかかった林檎。嬉しいよ、うん、嬉しいよ」
ベッコウもコーラルも、アイボリーにはしゃべらせるままにしていた。手に持ったわたあめは、舐め方を間違えると丸ごと地面に落ちてしまう。だから、他のことは基本的にどうでもいい。
皆、思い思いにバザーのメニューを持ち寄って、テーブルについている。主に教室を使って食事を出しているから、屋外テーブルは校庭を囲んでぐるりと置いてある。
うつろ岩の塔、学園祭当日にはお化け屋敷になるはずのそれは、校庭の中央に建てられているので、テーブルに着くと否が応でも目に入る。
真下から何本ものサーチライトに照らされた、いずれお化け屋敷たる塔は、ヒスパニオラaの独特な紫色の夕空を背景に何とも表現しきれない不気味さを醸し出していた。
ベッコウは、なるべく、校庭の真ん中の建築物には目を合わさないようにしていた。昼間とぜんぜん違うじゃない、こんなものに入るなんて却下だ。
「やあ、ごめん、思ったより時間がかかった」ユータはテーブルにじゃがバターの皿を置いた「どうにか間に合って良かったよ」
見ると、ユータとシノノメはおそろいの浴衣を着ている。黒地に猫の紋様が散りばめられた浴衣。ユータの猫は金色、シノノメは青の猫に赤い縁取りがしてあった。シノノメは水風船のヨーヨーをばしゃばしゃしている。
「いいなー、それ、どこにあった?」コーラルがシノノメに訊く。
「向こうで、ハツミさんとリョージさんが配ってました。金魚すくいもできますよ」
「金魚すくい?」
「紙でできた網で、小さな魚をすくうんです」
「無理だあ、紙が濡れて、網が破れて、魚逃げちゃうよ」
「それが、できるんです。あとでやりに行きましょう」
「行く、行くー、面白そう」
ワタシも、とベッコウが言いかけた瞬間、不意にテーブルの上に影がおちた。
え? と見上げると、何か白い巨大なものが空に浮いている。テーブルが陰ったのは、その、よくわからないもののせいだ。
「クジラだよ」ユータがため息混じりに言う「火星は別に面倒がなかったから予定通り帰れたんだけど…」
「クジラ? なんで飛んでるの?」
「学校のプールに入れろってオールインワンは言うけど、それだとプールが使えなくなっちゃうじゃない。海に放しても、誰も行かないと、ひとりじゃ寂しいとか言って、またへそ曲げるだろうし…、もともとオールインワンはヒスパニオラa、b、cの重力軌道制御してるんだ。もう一個浮遊体を増やしてもたいしたことはない」
「え? じゃあ、アレ、オールインワンなの?」
「そうだよ」ユータは言いながら、さっきテーブルに置いたじゃがバターを食べ始めた「このへんだと、アレより大きなものはないから、本人はご満悦だ、とりあえずはね」
「また、なんか言い出すと思うけどなー」アイボリーはりんご飴をうっとりと舐める「だいたいユータがオールインワンのわがままを何でも聞くから、あんな調子なんだ。たまには嫌だって断ればいいのに」
「だって、ずっと、ぐちぐち言うんだぞ。断っても断っても、ずっと言い続けるんだ」
「創ったほうが簡単、って、それオールインワンの思うつぼじゃん」
別にオールインワンだけじゃないよね、ベッコウは思ったが、それだと自分がユータにお願いするときに困るから、言わないことにした。




