吉祥学園学園祭その2 ーー PTAは先生なしで成立するか? あと、お化け屋敷の話
「会長が言うには、学園祭でPTAも何かしたほうが良いんじゃないか、とのことなんですが…」
リョージが話し出したので、その場にいた者は、皆、違和感を感じつつも、とりあえず、話を聞くという態度をとった。
パレアナはすでに学園祭の催しのいくつかにかなり絡んでいたので、手伝ってもらえるなら何でもありがたいと思っていたのだが、どうもそういうことではないらしい。会長、と言うのは、たぶんインチのことじゃないかと思う。轍が理事長を辞めたので、当然、PTAなんか無くなってたと思っていたのだが、どうやら違うらしい。いろいろと面倒だ。
「で? インチはどこ?」
「奥さんと一緒に亜空間にいます。なんでも、ユータくんの真似をするとかで…」
ああ、とお母さんは言って、苦虫を噛み潰したような顔になる「シルベと頑頭はどうしたのよ? 先生やめたってシノノメちゃんの親やめたわけじゃないでしょ?」
「地球を離れたら、もう私は自由、などと申しておりましたね」中身が誰なのか知れないお婆さんが、ほほ、と笑う「不自由にさせたことなどなかったつもりでしたが、糸の切れた凧とでも言いましょうか」などと言いながらハツミさんと笑い合う。吉祥の一族は、シノノメちゃん以外とは話が合わない。お母さんは心の底からそう思った。
「今回、私たちはご招待ということでユータから聞いているのですが」アイジュマルが唐突に発言した「月見台から来たメンバーは確かにそうですけど、私とジャックはずいぶん長いことご一緒させていただいているので、何かお手伝いできることがあれば…」
ありがとう、アイジュマル、とパレアナは彼女の言葉尻を待たずに、お手伝いの内容を早口で並べ立てる「まず、バザーのメニューでしょ。食券にしようと思ってるの。ああ見えてあの子たち大食らいだから、みんな食べられたら困るから。1日目と2日目で食券の色を変えるのよ。そうしないとアイボリーなんか1日目で食券全部使っちゃって、2日目しょんぼりしてたら可哀想だし。それからベッコウちゃんとシノノメちゃんのパントマイム劇の衣装。デザイン画もらってるんだけど、これがなかなか面倒でね。白のレオタードにヒラヒラした飾りみたいなのがたくさん付いてて、イラストのすみに水中魚のようにって書いてあって…、水中魚って何よ? それでお父さんが、わたあめの屋台の屋根につける連旗みたいなの作って、って、それぐらい自分で作りなよ、って言ったら、なんかジトってした目で、こっち見るから、だから見るから、しょうがないから、作るよ、って言ったら、わーい、ってそのままどっか行っちゃうし。あとユータが…」
最初のうち、アイジュマルは、ふんふんと聞いていたのだが、いっこうにパレアナが喋るのをやめそうにないので、立ち上がると「あっち行こうか、ゆっくり聞くよ」と誘導した。パレアナはアイジュマルに連れられて別室に移る間も、ずっと喋り続けていた。隣にいたジャックもついて行こうとしたが「あなたはいいから」とアイジュマルに止められて、所在なさげにニコニコと座っている。
「じゃあ、まあ、議論も尽きたかと思いますので」リョージが突然締めに入った「P T Aの出し物はお化け屋敷ということで…」
ええええー、いきなり素っ頓狂な声が上がった。
「お化けとか、無理だよ。やるのも、入るのも、絶対ムリ」
保険の先生は絶叫した。数少ない学校関係者ということで混ぜられていたのだが、どうせ自分とは関係ないと思ってたのに、いきなりお化け屋敷は卑怯だ。
「別にイヤなら、知らんふりしてればいいだろ」これまた何故ここにいるのかわからない工場長が、のほほんと言う「保険の先生は学園祭中の生徒の健康と安全を守る、という重大な使命があるんだ。催し物には基本関係ないよ。ちゃんと保健室にこもってりゃ良いんだ」
「ほんと? ほんとなの?」保険の先生は震える声で言った「絶対、入らないからね。絶対だよ」
「教室がいくつか余ってますから、広めのをつなげるということで…」
学園祭ぽい感じでと言うリョージを工場長がさえぎった。
「待て待て待て、俺が作るから」工場長は胸を張った「だたっ広い校庭があるじゃないか、まだ3日もあるし、余裕で間に合う。中のギミックも俺が作るから、お化け役も必要ないぞ」
「…そうですか、では、そういうことで」
あっさり全部決まった。
「お化け屋敷ですって」お婆さんは、ほほと笑う。
「ひさしぶりだわあ。お化け屋敷」伯母さんも笑う「亮二さんと最後に行ったのずいぶん前です」
「18年前ですね。楽しみです」
いま会議室にいるもので生徒の親族というと、かろうじてこの3人ということになるが、それにしても…
こんなことで良いものだろうか、さしものジャックも少し心配になってきた。ふと横を見ると、工場長が必死になって保険の先生をなだめている。絶対に怖くないからという工場長に、ほんとうか? ほんとうか? と保険の先生は何度も繰り返し詰め寄っていたが、やがて安心したのか、立ち上がって工場長と一緒に部屋を出て行った。
ジャックも何か手伝いたい気持ちはあるが、ここにいるよりはアイジュマルとパレアナのところに行ったほうが良い気がする。
「あの、ボクはこれで」ジャックは立ち上がった「学園祭楽しみです。当日、またよろしく」
残る3人は口々に、ご機嫌よう、また今度、とジャックを送り出した。が、この3人、動く気配がまったくない。
頃合いを見はからって、ハツミさんはお婆さんに向き直った。
「月見台、ヒスパニオラcの軌道取り込みの際にニギ様を拾われましたね」
お婆さんは身じろぎもしない。生きているのか、あるいは彫刻か何かのように、微かにも動きを見せなかった。
「責めてるわけではありませんのよ」ハツミさんは優しく声をひそめた「始祖様、いえ、ヒメコ様とお呼びしたほうがよろしいかしら。ニギ様は何処に?」
久しく聞かなかった名を呼ばれたからだろうか、ヒメコ様はお賑やかになられた。
「新婿様が、優多様が、ヒメコにおっしゃられました。こちらにお呼びしたほうが良いのではないかと」
「なるほど、優多様が」
「はい、それで、ニギ様にしんじょうたてまつったところ、ぜひもなしと」
ヒメコ様は腰掛けていた椅子から立ち上がり、窓の方へ、すす、と歩み寄った。
「草木が繁り、鳥がさえずり、海にも川にも魚が住まう」ヒメコ様は窓の外の景色に耽溺していた「彼岸の中にこのようなものを一息で造り出してしまった、新婿様の仰せに従うよりなく、むしろ楽しみこの上ない、と」
「すでにこの中におわします、と、そういうことでしょうか?」
ハツミの問いに、ヒメコは短く、はい、と答えた。
「他人のことを、ましてや神様のことをあれこれ言える立場ではないんですが」二瓶亮二は困惑気味にヒメコ様に訊ねた「神様までこちらに来てしまったら、地球はどうなってしまうんですかね」
「神様などたくさんおわします。それこそ八百万ほど」
ヒメコ様はお笑いになられた。
「それに、地球におられる方々も、もう、皆、大人でしょう。多少、神様が減った程度で、どうなるものでもありませんよ」




