吉祥学園学園祭その1 ーー 学園祭1週間前のできごと、メリルの初恋
「何だオマエは?」
「何だとは何だ、失礼な。いくらオールインワン先輩とは言え、失敬に過ぎる」
キリンは激昂しているのだが、オールインワンにしたって言い分というものがある。
「俺にキリンの知り合いはいない。何故、先輩と言う?」
ここだけ聞けばオールインワンにも一理ありそうなものだが、言っているのがゾウのぬいぐるみなわけで、見た目には説得力が低い。おまけにキリンの背にトッペンと青い猫が乗っているので、ゾウの不利は明らかだった。
「このキリン、キュービット1Mって名前だって」よせばいいのにトッペンが背中から煽る「さっき月見台から来たんだよ。ほんとに知らないの?」
キリンは、フフンと鼻を鳴らしてゾウのぬいぐるみを見下ろす。それがゾウの逆鱗に触れた。
「ゆーたー、ゆーたー、新しいボディ作ってくれぇ」
逆鱗というか泣き言だ。
「えー、そのボディ気に入ってたんじゃないの? 何度も念押ししたじゃない。ゾウで良いか? って」
「いやだー。もう嫌だ。この黄色い斑点ついてるやつよりデカいやつがいいんだー」オールインワンは短い鼻を振り回して泣きわめく「デカいやつ、そうだ。くじら、くじらにしてくれ」
「くじら?」ユータは嫌そうな顔を隠しもしない「海から出てこれなくなるけど、いいの?」
「そこにデカいプールがあるじゃないか、あれに入るからくじらにしてくれ」
「あのプールは真水だよ。ボクらも使うんだし、くじら入れるのは、ちょっと…」
「何でもいい」ゾウのぬいぐるみは力の限り叫んだ「何でもいいから、クジラにしてくれー」
ユータはあきらめて、キリンの背に乗っている青猫に目配せした。える、と鳴いたネコはユータの肩に飛び移った。
「シノノメー、午後イチ、講堂で劇の舞台稽古やるからー」口に両手を当ててベッコウが叫ぶ「ちゃんと来てね。人間の格好で来てねー」
青猫は長めのしっぽをフリッとして応えた。
メリルは髭面のむさ苦しい男を前にしばし絶句していた。ようやくの思いで口を開く。
「教授…、なの?」
「よう、メリル・キャンティーンか、よく来たな」髭男は言いながらメリルの背後に目を凝らす「アルは…、いないのか?」
「アル?」
「アーノルドだよ。アーノルド・ビザンツ」工場長は言った「一緒に来るもんだと思ってたが、すると? 1人で来たのか? たいしたもんだ」
「いや、金星爆破の手伝いしてて、それで連れてきてもらった」
「地球から月見台までは?」
「それもいろいろ手伝ってもらった。リョウジさんには特に世話になった」
「いずれにしても、来れたんなら、すごいよ。アルより先に来るとは思ってなかった」
なんか褒められたので気分が良い。大学のときに教授に褒められたことなかったな。メリルは気持ちが晴れやかになった。
「あのさ、エビが黄色いんだけど」
両手にエビを持った女の子が現れた。工場長の目の前に黄色くなったエビを突き出す。
「ヒスパニオラbが出来てからだ。太陽光プラス、ヒスパニオラbで色が変わったんじゃないかと思うんだが」
「…そうかもしれんな」
「食べて良いもんか?」
「そんなの俺じゃわからん。そっちの専門だろ?」
「生物組織としては問題ない。調べた。消化吸収には影響ない」
「なら、いいだろ?」
「アイジュマルに頼まれたんだよ。エビが欲しいって」彼女は言った「アイジュマルは黄色いエビを食べるか?」
「それはアイジュマルに訊けよ。俺は知らん」
「なるほど、それもそうだ」彼女はエビをぶら下げたまま部屋を出て行った。
「誰? あの人?」
「ああ、管理人さんだ、農場の」髭面が言う「最近は、学校の保健の先生やってて、そっちのほうが忙しそうだな」
アイジュマルが言ってた女だ。メリルは無意識に身を固くした「そう…」
何か気分がモヤモヤする。モヤモヤついでにずっと消化しきれてなかった疑問を教授にぶつけてみることにした。教授は何でも知っている。聞いてみても良さそうだった。
「どうして金星を爆破したの?」
「そのうち爆発するし、地球の安全考えたらあまり影響ないように爆発させるのが妥当かな、って話だろ」
「別にわざわざアタシたちが爆発させる必要もない」
「じゃあ、誰が爆発させんだよ」
「地球にはたくさん人がいるし、そのうち誰かが処理する可能性だってあるでしょ」
「無理だろ。爆発可能性のピーク値は1000万年後だ。その前に爆発するのだって大有りだし」
「1000万年経てば人類だって進歩してる」
「1000万年前にはデスモスチルスがいた。水棲哺乳類な。カバみたいなやつ。人間と大差ないし、デスモスチルスと比べて人間がものすごく進化してるとも思えん」
何か言いたげに口を開きかけたメリルを制し、教授は言葉を被せる。
「それにな、今回の金星爆破は金星だけの話じゃない。可能性は金星よりも低いが、地球が爆発する可能性があって、それについての対応は地球でやってもらわないといかん。そのへんの事情は別世界通信にもそれとなく匂わしてある」
「それこそ、地球が爆発しないように手をかけてあげればいいじゃない」
「何でだよ?」
「何でって? 地球の人、可哀想じゃない」
「どうして?」
メリルのほうが爆発しそうだ。熱い気持ちの塊が喉を押し上げて口から出そうになる。その熱情を、教授が言葉で押さえつけた。
「地球が吹っ飛ぶんなら、その地球にただ乗りしてるやつがどうにかすべきだろ。まあ、ちょっとは同情もしたからヒントぐらいはあげた。金星を爆破して、そのデータを別世界通信に載せた。おおまけのオマケだな」
メリルの勢いが急速にしぼむ。そうだ、昔のメリルと同じ。何もかも誰かがしてくれるだろうという惰性。
ーー自分のことは、自分でしろ、か…
教授、変わってないんだな、髭は伸びたけど。あ、そうだ。もう一つの疑問を教授に聞いてみよう。
「なんで髭なんか伸ばしたの?」
「ああ、これか?」工場長は自分の顎髭を弄りつつ返事した「オマエ優男でそのままだとバカにされそうだからヒゲでも生やして威厳出せ、って言われたんだよ」
「言われたって、誰に?」
「管理人さんだよ」
メリルは、さっき見た、エビを持った作業着姿の女性を思い出した。美しい人だった。
ーーあの女の言うことは聞くんだな
いままで、理由もなく気を張っていたメリルだったが、不意にその身体から力が抜けた。ふらふらと部屋の出口のほうに歩き出す。
「お、帰るのか? また来いよ。いつでもオッケーだ」
うん、と力なく応えて部屋から外へ出る。
外は抜けるような青空だった。目の前に、萌葱色のワンピースを着た女がいた。紫色のスカーフが風にそよぐ。
「心配だったから来てみたの」ハツミさんは言った「メリルちゃん、あなた泣いてるのね」
そう言われて初めて、メリルは自分が泣いているのに気づいた。まなじりから涙が溢れ、頬をつたって地面に落ちた
メリルは声をあげて泣きながらハツミさんに抱きついた。ハツミさんはメリルを抱きとめ、泣きじゃくるメリルの頭を撫ぜた。
「良い子ね。泣きなさい。ちゃんと泣けるのなら、あなたは大丈夫」
「そうなの?」
ええ、とハツミさんは微笑む「悲しい時は泣くものよ。泣けるのは、あなたが前を向いている証拠だから。きっと、あなたは幸せになれる」




