少陽燃え始める時、暇人たち隣人の恋路に囁きあう
「じゃあ、今日はヒスパニオラbの作成ということで…」
ユータの言葉にオールインワンが張り切っている。短めの鼻を振り回している様子は、ちょっとファンキーだが、言うと怒るから皆黙っている。
「あの、…シノノメは用事があるので、今日は失礼します」
控えめに言うシノノメに、被せるようにコーラルが、オレもオレも用事、と言う。おまけなのか、隣のベッコウを肘で何度もつつく。
「あ、あの〜、ワタシも、今日はあれかな〜、なんちて…」
と、ユータに言うが、目線はコーラルを睨んでいるベッコウ。
「あ〜、アイムはねぇ。アイムはどっちでもいいんだけど、今日はお休みかな〜」
また今度ね、と教室を出ていく。
「じゃ、行く人、行こうか」
残ったのは、ユータとオールインワンとポイント。
「いつもこんな感じ?」ポイントはニコニコしながらオールインワンに訊いた。
「いつも? いつもかあ」オールインワンは、とまどいつつも答えた「ユータはいつも通りだよ。他のは、うーん、どうかな、こんなもんかもしれないな」
「お、見える、見えるぞ。楡の木の下だ。サイアミーズ、カワイイな。いつも、あの格好してりゃいいのに」
「双眼鏡より単眼のほうがよく見えると思うんだよね。三脚使うと絶対こっちのほうが良いよ。ズーム倍率もこっちのほうが高いしね」
「バカ言うな。戦場だと視野の広い双眼鏡が良いんだよ。とくに動体に対しては圧倒的だ」
「あのさあ、やめようよ、こういうの。シノノメ可哀想だよ」
「まったくだな。ユータ、ヒスパニオラbで来ないのに、待ってんだもん」
「そういうことじゃなくて、覗くのやめよう、って言ってんだけど。よくないよ。プライバシーが…」
「そう言いながら、ベッコウだって毎回来てんじゃん?」
「それは、そうだけど…、心配だし」
「オレだって、シノノメのこと心配だもん」
「アイムもー」
「そんなふうに見えないよ。面白がってるだけじゃん」
「面白いけど、心配もしてる」
「面白い、っていうかさ。シノノメって、まだ気づいてないの? アレ、どう見てもさ。ユータだよね?」
「金色の豹じゃねぇ。青い猫もどうかとは思うけど。それに合わせて金の豹作っちゃうとかユータでなきゃ無理だろ」
「ああいうとこ、父ちゃんとそっくり」
「まあ、そうねえ。言うとユータ怒るけど」
「それにしても、わからないもんかな?」
「シノノメ?」
「そう」
「恋は盲目と言うしねぇ」
「馬鹿なのよ。アレ」
突然、3人は後ろから声をかけられ、驚いて振り向いた。
魔女がいた。
白い魔女なんて生やさしいものじゃない。黒衣の女、しっかり黒い帽子までかぶっている。杖は持ってないが、明らかに魔女だ。
「吉祥の女は恋に落ちると知能が10分の1になる」魔女は言った「このあいだユータちゃんに会って確かめたの。シノノメちゃんはユータちゃんのことが好き。そして今度は金色の豹が好き。10分の1の10分の1で100分の1ね。もう生物として活動できる下限を割ってるかも。よくあんなので生きてられると思うわ」
「えぇ?」コーラルが不審をあらわに抗議した「だって、両方ユータだぞ。10分の1のまんまだろ?」
「それがわかるぐらいなら苦労はない」ハツミさんはため息をついた「わからないから、馬鹿なのよ。もっとも、あんなおバカさんは歴代でも、そう何人もいない。だから、嬉しいわ」
「こっから見えるんですか?」もう1人の見えるベッコウが訊いた「ずいぶん遠いけど」
「見えるというか、感じる」ハツミさんは目を細めて嬉しそうに虚空を見つめる「家族だから、このぐらいの距離なんでもない。シノノメちゃんの考えてること、みんなわかる」
「何考えてんの? シノノメは」
「何も」ハツミさんは笑った「何も考えてない。待ってるだけ」
「待ってても、来ないと思うんだよなあ。今日はユータ別の仕事してるし」
「さあ、どうかしら?」口許に笑みを浮かべたまま、ハツミさんが言う「吉祥の女の真髄は、先読みではなく、天を動かすこと、いままでできた者がいないのだから、真髄だなんておかしいのだけれど、あの子ならできそうな気がする」
ハツミさんは帽子の鍔を上げ、空を見上げた。そして、何かを見届けたらしい表情になり、また3人に向き直った。
「みんな、シノノメちゃんとユータちゃんと仲良くしてあげてね。悪い子じゃないのよ。本当よ」
ハツミさんは、現れた時とは違い、ゆらゆらと陽炎のように帰っていった。いや、もしかすると現れた時だって、3人が気付かないだけで、ゆらゆらやってきたのかもしれない。
「何だったんだ。ありゃ」
「あの人が何なのかは知らない」ベッコウも顔を上げてハツミさんと同じ方角を見つめていた「ヒスパニオラbは出来た。輝きを増している」
「何だって?」あわてて双眼鏡を覗いたまま、ベッコウと同じ方を向こうとしたコーラルをアイボリーが止めた。
「太陽を双眼鏡で見てはいけません」
わかってるよ、と双眼鏡を外して空を睨んだコーラルだったが、急激に光量を増すヒスパニオラbに思わず目を伏せた。
「裸眼で直接見るのも良くないよ」
コーラルはアイボリーに、いーっと歯を食いしばって威嚇した。
「天を動かす、ってどういうことだろう?」
「さあね」アイボリーは再び望遠鏡を覗き込んだ「本来、ヒスパニオラbがこんな短時間で生成出来るはずがないんだよ。もちろん、出来るまではユータも来ないんだけど、だから心配してシノノメの様子を見にきたんだ。けど、新しい太陽が出来てしまったんだから、当然、ユータも来る、と…」
「金豹だ」
「綺麗」
青い猫はずいぶんと長いこと待っていたのだが、そんなことはおくびにも出さず。現れた金の豹に、すっ、と寄り添った。
金の豹は身を屈め、猫に背中を差し出す。青い猫が飛び乗ると、風のように走り出し、すぐに2人はデザイナーズチルドレンたちの視界から消えた。
「悪い子じゃないから仲良くしてほしい、ってか」アイボリーがつぶやいた「そりゃ、努力はするけどさ、仲良くっていっても限界はあるよね」
「あんな不思議なモンと、仲良くって言ってもなあ」
「あら、ワタシは仲良いよ。あの2人とは」
「そりゃ、そうだろ」コーラルはベッコウの顔を見つめた「ベッコウはオレたちの中じゃ、いちばんデキが良いんだし」
「何よそれ?」
「だって本当のことだしねえ」アイボリーもニヤニヤしながらコーラルに味方する「でも、ユータもシノノメも出来の良し悪しで友だちを差別するようなことはしない。こっちが引け目に思ってるだけで…」
「友だち?」ベッコウが驚いて声を上げた「ワタシたち友だちなの?」
「何だよ。友だちじゃないってのかよ」コーラルが口を尖らせた「冷たいヤツだな。こんな一緒にロクでもないことしてんだから、友だちだろ?」
「い、いや、そうじゃなくてさ」ベッコウはうろたえた「ワタシ、シンタグマメソドロジーの中にいたときから、いっぱいビジョン見てたんだよ。学校とか友だちとか…」
「外の世界の楽しい生活、ってヤツ?」
「そうそう、ソレ、そういうの。でさあ、ああ、ワタシにはこういうの無理だな、って思ってて…」
「ビジョンって、いわゆる地球のヤツだろ?」
訊かれたベッコウは、うんうんと肯く。
「じゃあ、それで正しいじゃん」コーラルは言った「オレたちは地球の生活には合わないんだ。だから宇宙に出てきた。それで良いんじゃん?」




