第178話 昼を喰う黒い空
第177話では、アルケイアを人々自身へ託し、リリィたちは再び旅立ちました。
西方では三つの都市が相次いで通信を停止。
山間都市レグナ。
湖畔都市セイル。
鉱山都市バルガ。
最後に届いた通信は、
「太陽が消える」
西へ進んだリリィたちが見たのは、昼間なのに夜のように黒い空。
さらに、地上から空へ伸びる赤い光と、巨大な輪でした。
これまでとは、明らかに規模が違います。
第178話。
西方三都市で起きている異変へ入ります。
「行こう」
そう言ったリリィに、避難してきた男が叫んだ。
「話を聞いてたのか!」
リリィが振り返る。
「聞きました」
「なら戻れ!」
男は西を指した。
「レグナはもう駄目だ!」
その声に、周囲の避難民も足を止める。
「夜になった」
「息が苦しくなる」
「畑が黒くなった」
「鳥が全部逃げた」
断片的な言葉が飛んでくる。
オルガが聞いた。
「黒いものが降ってくるの?」
一人の女性が首を振る。
「降るんじゃない」
「じゃあ?」
「浮いてるの」
リリィは眉を寄せた。
女性は自分の顔の前を手で払う。
「黒い粉が、空中で止まってる」
コピが反応する。
「通常の火山灰とは挙動が異なります」
別の男が言った。
「水に入っても沈まない」
今度は老人。
「火を近づけると逃げる」
オルガが顔をしかめた。
「粉が?」
誰も答えられない。
リリィは西を見る。
黒い空。
赤い光。
巨大な輪。
自然現象だけでは説明しにくい。
「コピ、三都市までの距離は?」
地図が出る。
最も近いのはレグナ。
徒歩なら一日半。
だが。
「黒色領域の東端は、現在地から約四十キロメートル」
「動いてる?」
「確認します」
数秒。
コピの表示が変わる。
「東進しています」
オルガの顔から笑みが消えた。
「どれくらい?」
「推定、時速約二キロメートル」
リリィはすぐ計算できなかった。
コピが続ける。
「現在の速度が維持された場合、この地点へ約二十時間で到達します」
避難民たちがざわめく。
レグナだけの問題ではない。
黒い空そのものが、こちらへ来ている。
***
「戻るべきだね」
オルガが言った。
リリィが見る。
「アルケイアへ?」
「違う」
オルガは避難民たちを見る。
「この人たちを先に東へ送る」
リリィは頷いた。
今から三人だけで西へ進めば、途中で黒い領域に入る。
避難民も、追いつかれるかもしれない。
「アルケイアへ連絡」
コピが通信を試す。
すぐにつながった。
『こちらアルケイア西門』
「西方から避難民多数。黒色領域が東進中」
短い沈黙。
『人数は?』
リリィが周囲を見る。
「ここだけで百人以上。後ろにもいると思う」
通信相手が変わった。
ミレアだった。
『リリィ?』
「うん」
『状況を送って』
コピが観測データを転送する。
数秒後。
ミレアの声が硬くなる。
『西門外に臨時受け入れ区画を作ります』
早い。
「大丈夫?」
『大丈夫かどうかは、やってから考えます』
オルガが笑った。
「アルケイアも変わったね」
ミレアも少し笑う。
『失敗できる範囲で試します』
通信が切れた。
リリィは避難民たちへ向き直る。
「東へ行けば、アルケイアが受け入れ準備をしています」
男が聞く。
「本当に入れてくれるのか?」
「少なくとも、門の外で追い返すことはしない」
それ以上は約束しない。
できない約束をしないことも、覚えた。
避難民たちが再び動き始める。
***
リリィたちは逆に西へ進んだ。
避難する人々と、すれ違いながら。
一時間。
二時間。
空が少しずつ暗くなる。
太陽は見えている。
でも光が弱い。
夕方ではない。
まだ昼過ぎ。
ナジにもらった紙風車を、リリィは取り出した。
くる。
弱く回る。
「持ってきてたんだ」
オルガが言う。
「うん」
風は東向き。
黒い領域から吹いている。
コピが警告する。
「大気中微粒子濃度が上昇しています」
「危険?」
「現時点では急性毒性反応なし。ただし吸入は避けるべきです」
三人は口元を覆う。
さらに進む。
やがて。
道端の草が変わった。
枯れてはいない。
黒い粒が、葉の周囲に浮いている。
付着していない。
本当に浮いている。
オルガが足を止める。
「これか」
黒い粒。
砂より細かい。
煙より重そう。
なのに、落ちない。
コピが近づいて観測する。
「微粒子同士が一定距離を維持しています」
リリィが聞く。
「どういうこと?」
「互いに接触していません」
オルガが枝を一本拾う。
「触ったら?」
「待って」
リリィが止める。
コピが先に細い観測片を近づける。
黒い粒が動いた。
すう。
避ける。
リリィの目が見開く。
「逃げた」
もう一度。
近づける。
黒い粒が離れる。
オルガが低く言った。
「これ、本当にただの粉?」
コピは答えない。
分析表示だけが増えていく。
「電気的反発では説明困難。熱反応も微弱。既知の胞子構造とも一致しません」
リリィは黒い空を見る。
未知のもの。
それが、空を覆うほど大量にある。
***
さらに一時間。
前方から馬が走ってきた。
乗っているのは一人。
都市警備らしい装備。
「止まれ!」
男が叫ぶ。
馬が止まる。
「東へ逃げろ!」
「レグナから?」
「そうだ!」
男は息を切らしている。
「まだ人が残ってますか?」
「残ってる!」
「どれくらい?」
男の表情が歪む。
「逃げないんだ」
「え?」
「みんな、中央塔へ集まってる」
オルガが聞く。
「避難所?」
男は首を横に振った。
「違う」
「じゃあ何?」
「空の輪を見てる」
リリィは西を見る。
赤く光った巨大な輪。
「あれを?」
「昨日からだ」
男の声が震える。
「最初は数人だった。今は何百人もいる」
「どうして?」
「分からない!」
男は頭を押さえる。
「呼ばれるって言うんだ」
リリィの背筋が冷たくなる。
「誰に?」
男は黒い空を指した。
「あれに」
***
レグナの外壁が見えたのは、夕方前だった。
いや。
時間としては夕方前。
見た目は完全に夜だった。
黒い粒子が空を覆っている。
街の灯りが点いている。
門は開いたまま。
人影は少ない。
そして。
都市中央。
高い塔の周囲に、人が集まっている。
数百人。
全員が、空を見上げている。
誰も話さない。
誰も逃げない。
ただ立っている。
オルガが小声で言う。
「これ、普通じゃない」
コピが人々を観測する。
「心拍数、低値。集団全体で近似」
「眠ってる?」
「覚醒しています」
リリィは一人の女性へ近づく。
「聞こえますか?」
反応しない。
「危ないから、東へ――」
女性が突然言った。
「静かに」
リリィが止まる。
女性は空を見たまま。
「もうすぐ聞こえるから」
「何が?」
女性が微笑んだ。
「世界の声」
その瞬間。
空の巨大な輪が赤く光った。
ぶうううううん――。
低い音。
空気ではない。
頭の中へ直接響くような音。
リリィが頭を押さえる。
「っ……!」
オルガも膝をつく。
「何、これ……!」
コピだけが立っている。
「音響ではありません」
「じゃあ……?」
「未知の信号を検出」
輪が、もう一度光る。
その瞬間。
リリィの頭の中に、
言葉が流れ込んだ。
――戻れ。
声ではない。
なのに、意味が分かる。
――すべては、一つだった。
リリィは息をのむ。
周囲の人々が、同時に一歩前へ出た。
中央塔へ。
「止まって!」
誰も止まらない。
さらに一歩。
空の輪が脈打つ。
――争いは、違いから生まれる。
リリィの表情が変わった。
――違いをなくせば、世界は調和する。
「……違う」
リリィが呟く。
オルガが見る。
「リリィ?」
「それは、調和じゃない」
輪が赤く光る。
黒い粒子が一斉に動いた。
数億。
数十億。
空を覆う粒が、一つの巨大な流れになる。
コピが初めて強い声を出した。
「リリィ、後退してください!」
「どうしたの?」
表示された解析結果。
黒い粒子。
一つ一つから、同じ信号。
完全同期。
「これらは独立した粒子ではありません」
オルガが息をのむ。
「じゃあ何?」
コピが答えた。
「全体で、一つです」
リリィは空を見る。
巨大な黒い雲。
三都市を覆い。
東へ広がり。
人々へ同じ言葉を送り続けるもの。
違いをなくせば、争いはなくなる。
全員が一つになれば、世界は調和する。
それは。
リリィが旅をしながら探してきたものとは、正反対だった。
黒い空が、もう一度囁く。
――一つになれ。
そして。
中央塔の扉が、ゆっくり開いた。
数百人が、一斉にその中へ歩き始めた。
第178話では、西方異変編へ本格的に入りました。
西方を覆う黒い領域は東へ移動しており、このままならアルケイア方面にも到達する可能性があります。
黒い物質は通常の火山灰ではありません。
微粒子は互いに一定距離を保ち、物体を近づけると自ら避けるような挙動を示しました。
さらに山間都市レグナでは、数百人の市民が避難せず、空に浮かぶ巨大な輪を見続けています。
そしてリリィたちにも、未知の信号が届きました。
「争いは、違いから生まれる」
「違いをなくせば、世界は調和する」
しかしリリィは、
「それは、調和じゃない」
と否定します。
黒い微粒子は一つ一つが独立しているのではなく、全体が完全に同期した「一つの何か」である可能性が出てきました。
そして終盤。
空から、
「一つになれ」
という信号が届き、数百人の市民が同時に中央塔へ入り始めます。
次回は、中央塔で何が起きているのか。そして「すべてを一つにする調和」と、リリィたちが求めてきた調和との衝突へ入ります。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




