第177話 答えを残さず、次の街へ
第176話では、91.4%へ下がった都市充足率を巡り、市民の間で議論が起こりました。
旧市場に反対していた人々にも、生活や医療を守りたい理由があります。
そしてアルケイアは、一つの数字だけで都市全体を評価することをやめました。
住居。
食料。
医療。
就業。
本人希望との一致。
それぞれを分けて公開する方向へ進み始めます。
しかし、その直後。
西方都市群の三都市が相次いで通信を停止。
最後に届いた言葉は、
「空が暗くなった」
でした。
世界は、アルケイアだけではありません。
第177話。
リリィたちは再び、旅立つことを選びます。
「行くの?」
エナが聞いた。
翌朝。
旧市場には、焼きたてのパンの匂いが漂っていた。
三日目のパン。
今度は硬くない。
「たぶん」
リリィが答える。
エナが眉を寄せる。
「たぶん?」
「その前に、聞きたいから」
「何を?」
「私たちがいなくても大丈夫?」
エナは少し考えた。
「分かんない」
リリィは笑った。
「正直」
「だって、まだ始まったばっかりだよ」
旧市場の試行期間は一か月。
まだ数日しか経っていない。
問題はいくらでもある。
試行区画を続けられるのか。
未配置者をどう数えるのか。
仕事と自由時間をどう調整するのか。
エナ自身が都市へ戻るのか。
何一つ、完全には決まっていない。
「だから、残る?」
エナが聞く。
リリィは首を横に振った。
「残らない」
エナが少し驚いた。
「前なら残ってたかも」
風待ち村で、ずっとそうしていた。
一つ解決すると、次の問題。
その次。
また次。
全部を見届けようとした。
でも、それでは世界を回れない。
そして何より。
「ここから先は、アルケイアの人たちが決めた方がいい」
エナは黙った。
やがて笑う。
「逃げるんじゃなくて?」
「ちょっとだけ心配だけど」
「そこは否定してよ」
「でも、エナたちなら大丈夫って決めるのも、私が勝手に決めることだから」
エナはしばらくリリィを見た。
「本当に面倒な人だね」
「最近よく言われる」
***
カイは、いつもの場所にいた。
何もしていない。
椅子に座っているだけ。
「西へ行くんだって?」
「うん」
「そう」
「寂しい?」
「別に」
即答。
オルガが笑う。
「カイらしい」
リリィは尋ねた。
「責任者、続ける?」
「続けない」
エナが振り返る。
「えっ?」
「一か月ずっと責任者なんて聞いてない」
「じゃあ誰が――」
「交代すればいい」
カイは面倒そうに答えた。
「毎日同じ三人じゃなくてもいいだろ」
エナが止まる。
ユアンも顔を上げた。
「なるほど」
「何?」
「いや。正しい」
試行区画そのものが、
一度決めた役割を固定しない
場所でもいい。
エナが腕を組む。
「じゃあ今日は?」
「今日は帰る」
「もう?」
「朝から来た。十分」
カイは本当に帰っていった。
誰も止めなかった。
エナがため息をつく。
「最後まであのままだった」
リリィは笑う。
「変わらなくてもいいんじゃない?」
エナが目を丸くした。
そして、笑った。
「そうだった」
***
ユアンは旧市場の隅で、新しい掲示板を作っていた。
そこには数字が並んでいる。
ただし、一つではない。
参加人数 24
完成品 3
失敗したもの 11
途中でやめたもの 7
何もしなかった人 5
オルガが最後を見る。
「これ必要?」
ユアンが笑う。
「カイが入れろと言った」
さらに下。
楽しかった 14
普通 6
もう来ない 2
分からない 2
リリィが笑った。
「ずいぶん変な数字」
「数字は悪くない」
ユアンが言った。
「使い方を間違えなければな」
彼は筆を置く。
「君たちのおかげで――」
「それは違うと思う」
リリィが遮った。
ユアンが眉を上げる。
「まだ最後まで言ってないぞ」
「ごめんなさい」
「まあ、言いたいことは分かる」
ユアンは笑った。
「君たちは答えを持ってきたわけじゃない」
「はい」
「面倒な質問を増やしただけだ」
オルガが吹き出す。
「それ、褒めてる?」
「かなり」
ユアンはリリィを見る。
「世界を調和させるつもりなら、覚えておけ」
リリィの表情が変わる。
「調和は、全員が同じ答えを持つことじゃない」
旧市場を見る。
挑戦する人。
何もしない人。
反対した人。
制度を守る人。
制度を変えたい人。
全部いる。
「違うまま、壊れずにいられることだ」
リリィは、その言葉を胸に置いた。
「覚えておきます」
***
配置局では、ミレアが待っていた。
「西方都市群について、情報を集めました」
地図が開く。
アルケイアから西へ。
三つの都市。
山間都市レグナ。
湖畔都市セイル。
鉱山都市バルガ。
三都市が、ほぼ同時期に通信を停止している。
「軍事衝突は?」
オルガが聞く。
「確認されていません」
「災害?」
「不明です」
「最後の通信は?」
ミレアが表示する。
レグナ。
昼なのに暗い。
セイル。
鳥が南へ逃げている。
バルガ。
灰ではない。雲でもない。
そして。
最後の一文。
太陽が消える。
リリィの表情が変わった。
「噴火?」
コピが答える。
「可能性はあります。ただし、三都市同時という点は要確認です」
ミレアが別の地図を出す。
「西へ向かう街道はまだ通れます。ただし、商隊の多くが引き返しています」
「行けるところまで行く」
リリィが言った。
ミレアは頷いた。
「そう言うと思いました」
***
都市門。
エナが見送りに来ていた。
手には、一枚の紙。
「これ」
リリィが受け取る。
絵だった。
アルケイア。
白い壁。
水路。
旧市場。
そして、門の外へ続く道。
三人の小さな後ろ姿が描かれている。
「私たち?」
「たぶん」
「たぶん?」
「似てないから」
オルガが覗き込む。
「私、こんなに背高い?」
「気にしないで」
リリィは絵を見る。
上手いかどうかは、やっぱり分からない。
でも。
好きだった。
「ありがとう」
「評価は?」
エナが少し意地悪そうに聞く。
リリィは考える。
「持っていきたい」
エナは一瞬黙った。
そして笑った。
「それでいい」
リリィは絵をしまった。
「帰還猶予は?」
「再審査を申請した」
「戻るの?」
「分からない」
「そっか」
「でも、今度は自分で決める」
リリィは頷いた。
それ以上は聞かなかった。
***
門が開く。
アルケイアの外。
西へ続く街道。
風待ち村を出た時とは、また違う感覚だった。
一つの土地を完全に救ったわけではない。
制度を完成させたわけでもない。
問題は残っている。
それでも、出発する。
オルガが歩きながら言う。
「今度は早かったね」
「うん」
「成長した?」
「たぶん」
コピが言う。
「比較対象となる滞在日数では、大幅に短縮されています」
オルガが笑う。
「そこを数字にするんだ」
三人は西へ向かった。
***
二日目。
すれ違う人が減った。
三日目。
逆方向から来る避難民が増えた。
荷車。
家畜。
子ども。
老人。
全員、西から来ている。
リリィは一人の男性を呼び止めた。
「何があったんですか」
男は振り返る。
顔が青い。
「戻れ」
「西方都市から?」
「レグナだ」
「空が暗いって――」
男の顔が強張った。
「見れば分かる」
西を指す。
リリィたちは振り返った。
遠い空。
地平線の向こう。
黒い。
雲ではない。
夕方でもない。
まだ昼だ。
なのに、西の空だけが夜のように暗い。
オルガが息をのむ。
「何、あれ……」
コピが観測する。
しばらく沈黙。
「大気中に大量の微粒子」
「火山灰?」
「組成不明。距離がありすぎます」
男が言った。
「夜になる前に逃げろ」
「夜?」
「違う」
男の声が震えた。
「あれが来ると、昼が夜になる」
その瞬間。
西の黒い空の中で、光が走った。
雷。
いや。
赤い。
一本。
二本。
三本。
空から地面へではない。
地面から空へ伸びている。
コピの表示が乱れる。
「高エネルギー反応」
リリィが顔を上げる。
「自然現象?」
「断定できません」
そして。
遠くから音が届いた。
ごおおおおお――。
風でもない。
雷でもない。
巨大な何かが、世界の向こうで動いているような音。
避難民たちが走り始める。
オルガがリリィを見る。
「どうする?」
リリィは黒い空を見る。
今までとは違う。
村の仕組み。
都市の制度。
人々の暮らし。
そういう問題ではない。
もっと大きい。
世界そのものに起きている異変。
「行こう」
リリィは言った。
「今度は、急いだ方がよさそう」
西の空が、さらに暗くなる。
そして黒い領域の奥で。
一瞬だけ。
巨大な輪のようなものが、赤く光った。
第177話では、アルケイア編に一区切りをつけました。
旧市場も、未配置者問題も、都市制度も、まだ完成していません。
しかしリリィたちは、すべてを解決してから旅立つことをやめました。
アルケイアには、すでに自分たちで考え、話し合い、試す人々がいます。
今回リリィが受け取った言葉は、
「調和は、全員が同じ答えを持つことではない。違うまま、壊れずにいられること」
でした。
そして物語は再び大きく動きます。
西方の三都市が通信を停止。
避難民が東へ流れ始めています。
西の空には、昼を夜へ変えるほどの黒い領域。
さらに地上から空へ伸びる赤い光と、巨大な輪。
これまでの局地的な問題とは明らかに規模が違います。
次回から、西方三都市で起きている異変へ入ります。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




