第176話 91.4%の意味
第175話では、旧市場の試行がアルケイア全体へ広がり始めました。
一方で、自由に休暇を取る人が増え、一部の仕事では人手不足も発生。
そこで、
必要な仕事を維持しながら、休む時間や挑戦する時間も自分たちで調整する
という折衷案が始まりました。
しかし、その直後。
これまで集計から外れていた未配置者たちを一部戻したことで、都市充足率が変わります。
98.7%から91.4%へ。
数字を正直にしただけ。
それでも市民には、都市が突然悪化したように見えました。
そして――
「旧市場を始めてからだ!」
という声が上がります。
翌朝。
旧市場の前に、二つの人だかりができていた。
一つは、いつもの見物人。
もう一つは――
「試行区画を止めろ!」
反対する市民たちだった。
エナの顔が強張る。
「私たち、何か壊した?」
カイが壁にもたれたまま答える。
「パンは硬かった」
「それはもう改善した!」
オルガが苦笑する。
「今は笑ってる場合じゃなさそう」
反対する人々の先頭に、一人の女性がいた。
四十代くらい。
制服には、
中央医療区・看護管理
とある。
「責任者は誰ですか」
エナが手を上げかける。
カイが止める。
「三人」
「そうだった」
エナ、カイ、ユアンが前へ出る。
女性は三人を見た。
「私はサリアです」
怒鳴らない。
でも、怒っている。
「昨日、医療区では休暇調整のため、勤務変更がありました」
ミレアが答える。
「必要人数は確保したはずです」
「人数だけは」
サリアが言った。
「経験十年以上の看護師二人が同じ日に休暇を希望した。人数は足りても、経験が足りません」
エナが黙った。
サリアは続ける。
「患者にとっては、試験では済まないんです」
リリィは、その言葉を聞いた。
旧市場には、
失敗してもいい。
という考えがある。
でも。
医療で同じことは言えない。
「だから閉鎖してほしい?」
リリィが聞いた。
サリアは首を横に振った。
意外だった。
「違います」
「え?」
「私は、仕事以外の時間を持つことに反対していません」
サリアは旧市場を見る。
「私だって休みたい」
少し笑う。
疲れた笑いだった。
「でも、失敗していい場所と、失敗してはいけない場所を一緒にしないでほしい」
ユアンが頷いた。
「その通りだ」
エナも、しばらくして頷いた。
「うん」
反対している人が、敵ではなくなった。
最初から敵ではなかったのだ。
***
次に声を上げたのは、配送区の男性。
「俺が気になるのは91.4%だ」
都市掲示板を指す。
「昨日まで98.7だった。それが急に七ポイントも落ちた」
別の市民も言う。
「旧市場のせいじゃないなら、何が起きた?」
「今まで嘘をついていたのか?」
ざわめきが広がる。
ミレアが前へ出た。
「数字の計算方法を変えました」
「勝手に?」
「これまで集計から外れていた未配置者などを、一部戻しました」
「じゃあ91.4が本当なのか?」
ミレアが止まった。
「それも、完全ではありません」
今度は別のざわめき。
「じゃあ何を信じればいい!」
その声が一番大きかった。
リリィは掲示板を見る。
98.7。
91.4。
どちらも計算できる。
どちらも条件次第では正しい。
でも、一つの数字だけでは意味が分からない。
コピが言った。
「充足率を一つの数値として提示すること自体に、情報不足があります」
オルガが見る。
「もっと簡単に」
「一個の数字にまとめすぎです」
「うん。それ」
ユアンが笑った。
だが、すぐ真顔になる。
「それが私の最初の間違いだったのかもしれん」
リリィが聞く。
「充足率を作ったこと?」
「違う」
ユアンは首を横に振る。
「全部を一つの点数にしたことだ」
水が足りない。
仕事が合わない。
医療を受けられない。
挑戦したい。
何もしたくない。
故郷から離れたくない。
全部違う。
それを、
充足している。
充足していない。
一つにまとめた。
「分かりやすかった」
ユアンが言う。
「だから、使われすぎた」
***
午後。
評議会は緊急の公開説明会を開いた。
市民が集まる。
リリィたちは後ろに座った。
今回は、前へ出ない。
議長が壇上に立つ。
「昨日表示された91.4%について説明します」
会場が静まる。
「都市が一日で悪化したわけではありません」
スクリーンが変わる。
旧算定 98.7%
再算定 91.4%
その下に内訳。
住居。
97.9%。
食料。
99.1%。
医療。
95.8%。
就業・配置。
88.2%。
本人希望との一致。
76.4%。
再配置中を含む生活安定。
82.7%。
会場がざわめいた。
エナが小さく言う。
「こんなに違うんだ」
カイが見るのは、
本人希望との一致 76.4%
だった。
「これなら分かる」
「何が?」
「僕がどこで外れたのか」
以前の98.7%では分からなかった。
一つの数字を分ける。
それだけで、見えるものが変わる。
サリアが手を上げた。
「医療の95.8%には、経験者不足も入っていますか」
議長がミレアを見る。
「現在は入っていません」
「なら、それも出してください」
「検討します」
配送区の男性も手を上げる。
「配送遅延は?」
別の市民。
「外縁区と中央区を分けて見たい」
「再配置後に満足した人の数字も必要じゃないか?」
「再配置を断った人も!」
声が次々に上がる。
怒鳴り合いではない。
自分たちが、
何を知りたいのか
を言い始めていた。
リリィは静かに見ていた。
答えを出しているのは、もう自分ではない。
アルケイアの人たち自身だ。
***
説明会の最後。
議長が発表した。
「明日から、単一の都市充足率表示を停止します」
会場がざわつく。
「代わりに、複数の指標を公開します」
ユアンが目を閉じた。
「やっと、一つの数字をやめるか」
エナが聞く。
「寂しい?」
「少しな」
自分が作ったものだ。
間違いがあっても、思い入れはある。
「でも、数字は道具だ」
ユアンは笑った。
「道具に人を合わせ始めたら、替え時だ」
小さな拍手が起こった。
やがて大きくなる。
全員が賛成しているわけではない。
それでも。
都市は一つ動いた。
***
夕方。
旧市場へ戻る。
反対していたサリアも来ていた。
エナが驚く。
「参加するの?」
「今日は休みです」
サリアは鞄から布を取り出した。
「刺繍をやってみたかった」
オルガが笑う。
「反対してたのに?」
「医療を止めることに反対しただけです」
「なるほど」
サリアは席へ座る。
「ここは、失敗していいんでしょう?」
エナが頷いた。
「刺繍なら」
「医療では失敗しません」
「それでお願いします」
周囲から笑いが起きた。
リリィも笑った。
少しずつ。
本当に少しずつ。
この都市は、自分で折り合いを探し始めている。
その時。
コピが言った。
「リリィ」
「何?」
「都市外から通信です」
「誰から?」
「送信元不明」
画面に短い文章が出た。
アルケイアだけを見ている場合ではない。
続けて。
西方都市群で、三都市が通信を停止。
オルガの表情が変わる。
「三都市?」
コピが地図を表示する。
アルケイアの西。
遠く離れた三つの都市。
通信線が消えている。
さらに、もう一文。
原因不明。
最後の通信――「空が暗くなった」
リリィは画面を見つめた。
アルケイアには、まだ問題が残っている。
旧市場の試験も始まったばかり。
エナの帰還猶予もある。
未配置者の問題も終わっていない。
でも。
世界は、アルケイアだけではない。
風待ち村で学んだことを、もう忘れてはいけない。
オルガがリリィを見る。
「どうする?」
リリィはすぐには答えなかった。
都市を最後まで直すのか。
それとも、ここから先を託すのか。
今度は、前より早く答えが出た。
「明日、みんなと話す」
そして。
「そのあと、西へ行こう」
世界が、再び動き始めていた。
第176話では、91.4%という新しい充足率を見た市民たちの反発を描きました。
旧市場に反対した医療区のサリアにも、
失敗してはいけない仕事まで、自由の実験に巻き込まないでほしい
という理由がありました。
自由を増やせば、それだけで全員が幸せになるわけではありません。
一方、都市充足率についても大きな変化が起きました。
98.7%や91.4%という一つの数字ではなく、
住居。
食料。
医療。
就業。
本人希望との一致。
再配置後の生活安定。
それぞれを分けて公開する方向へ進みます。
アルケイアは、少しずつ自分たちで制度を見直し始めました。
そして終盤。
西方都市群の三都市が、相次いで通信を停止したという情報が届きます。
最後の通信は、
「空が暗くなった」
アルケイアにも、まだ課題は残っています。
しかし世界は広い。
次回は、リリィたちがアルケイアに何を残し、何を託して旅立つのか。そして西方で何が起きているのかへ、物語を進めます。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




