第175話 自由が広がりすぎた日
第174話では、旧市場の試行区画が始まりました。
参加者は二十一人。
しかし、
「好きにしていい」
と言われても、最初は誰も動けませんでした。
やがて、
腹が減ったからパンを作る。
壊れた椅子が気になるから直す。
木箱があるから模型を作る。
そんな小さな理由から、人々は自分で動き始めます。
硬いパンという失敗も生まれました。
でも、そこには罰も再配置もありません。
あるのは、
「明日は少し変えてみる」
という次の機会でした。
ところが、その様子を見ようと市民や都市職員が集まり始めます。
制度安定性監視機構は、
試行区画の社会的波及を検出。
と警告しました。
第175話。
小さな自由が、都市全体へ広がり始めます。
翌朝。
旧市場の前には、百人以上いた。
エナが固まる。
「……何これ」
オルガも人の列を見る。
「昨日より増えたね」
「増えすぎ!」
試行区画へ入れるのは三十人まで。
現在の参加者は二十一人。
空きは九人。
でも、並んでいるのは百人以上。
「全員は無理です!」
エナが声を上げる。
すると、先頭の女性が言った。
「参加じゃありません」
「え?」
「見たいだけです」
後ろの男性も言う。
「私も」
「私は質問したい」
「仕事の帰りに寄っただけ」
エナは困ってユアンを見る。
「どうする?」
「知らん」
「制度作った人でしょ!」
「これは作ってない」
カイは壁際に椅子を置いて座っていた。
「見たいだけなら、見ればいいんじゃない」
エナが振り返る。
「そんな適当でいいの?」
「見ることまで管理するの?」
エナが黙った。
「……しない」
旧市場の入口は開いたままになった。
***
二日目。
硬かったパンは、少し柔らかくなった。
老人が満足そうに頷く。
「昨日よりまし」
模型の少年が叫ぶ。
「飛ぶよ!」
小さな模型を投げる。
落ちた。
三歩先に。
「飛んでない」
エナが言う。
「昨日は一歩だった!」
「じゃあ進歩だ」
周囲から笑いが起きる。
歌いたい女性は、まだ歌わない。
代わりに詩を書いていた。
家具職人は直した椅子に座り、寝ている。
カイは何もしていない。
「カイ、本当に何もしないね」
エナが言う。
「何もしなくていいんだろ」
「そうだけど」
「なら成功」
見物人から笑いが起きる。
その時。
一人の都市職員が、制服姿のまま市場へ入ってきた。
昨日の若い職員だった。
「来ました」
エナが聞く。
「何をするか決まった?」
「いいえ」
「じゃあ?」
職員は鞄から小さな木片を出した。
「子どもの頃、船を作りたかったんです」
「船?」
「水に浮かぶ模型です」
彼は少し恥ずかしそうに笑った。
「今日は休暇なので」
木片を削り始める。
その様子を、別の職員が見ていた。
また一人。
さらに一人。
リリィは気づいた。
旧市場で起きているのは、
「仕事を捨てること」
ではない。
仕事以外の自分を思い出すことだった。
***
昼前。
問題が起きた。
ミレアが走ってくる。
「リリィ!」
「どうしたの?」
端末を見せる。
都市職員・当日休暇申請急増
オルガが眉を寄せる。
「何人?」
「四百二十七人」
エナの顔が引きつる。
「そんなに?」
旧市場へ来るためだけではない。
でも、
自分も何かしてみたい。
そう考えて休暇を取る人が急増した。
結果。
一部の部署で人手が足りなくなり始めている。
「水路管理は?」
リリィが聞く。
「問題ありません」
「医療は?」
「今のところ」
「食料は?」
「配送の一部に遅れが出ています」
エナの表情が曇る。
「私たちのせい?」
ユアンが答える。
「一部はな」
誰もごまかさなかった。
自由が広がった。
だから、みんな幸せ。
そんな単純な話ではない。
オルガが言う。
「必要な仕事まで誰もやらなくなったら、街が止まる」
エナは唇を噛んだ。
「じゃあ、旧市場を閉める?」
カイが顔を上げた。
「なんで?」
「だって――」
「四百人が一日休んだだけだろ」
「だけって……」
「街が壊れた?」
ミレアが答える。
「まだです」
「じゃあ、何人までなら休める?」
全員が止まった。
カイは続ける。
「休むな、じゃなくて。街が回る範囲で休めばいいんじゃない」
ユアンが笑った。
「何もしたくない男が、一番現実的だな」
「帰っていい?」
「まだだ」
***
午後。
評議会との緊急協議が開かれた。
旧市場を閉鎖するか。
休暇を制限するか。
試行を続けるか。
議長はリリィへ聞いた。
「あなたは、どうすべきだと思いますか」
リリィは首を横に振った。
「私が決めることじゃないです」
議長が少し笑う。
「またそれですか」
「でも、一つだけ」
「何でしょう」
「旧市場を残すか、都市を守るか、どっちかにしなくてもいいと思います」
ミレアが続ける。
「必要人数を下回る部署だけ、当日休暇の上限を設定する方法があります」
ユアンが言う。
「一律に止めない」
カイも会議に連れてこられていた。
とても嫌そうだ。
「休みたい日を前もって出せるようにすれば?」
議長が見る。
「なぜ?」
「急に四百人休むから困るんでしょ」
「……その通りです」
エナが言った。
「旧市場も、毎日来なくていいことにする」
オルガが笑う。
「そもそも自由な場所だからね」
エナが頷いた。
「仕事を辞めて来る場所じゃない。来たい時だけ来ればいい」
議長はしばらく考えた。
そして決めた。
試行区画は継続。
休暇は禁止しない。
ただし、生活基盤を支える部署では必要人数を先に確保する。
それ以外は、本人同士で勤務日を調整できるようにする。
完璧ではない。
でも。
自由か秩序か。
どちらか一つを選ばずに済んだ。
***
夕方。
旧市場へ戻る。
エナが看板を書き直した。
うまくいかなくてもいい。
その下に一行。
でも、誰かに全部押しつけない。
カイが読む。
「長くなった」
「誰のせい?」
「知らない」
リリィは笑った。
これでいい。
調和とは、何でも自由にすることではない。
全員を同じように管理することでもない。
互いに少しずつ折り合うこと。
たぶん、そういうものなのだ。
その時。
ミレアの端末が鳴った。
全員が一斉に見る。
ミレアが苦笑する。
「もう、この音が怖くなってきました」
画面を開く。
警告ではなかった。
制度安定性監視機構――警戒度低下。
エナが目を丸くする。
「下がった?」
「はい」
都市は、今回の調整を、
混乱ではなく、
安定可能な変化
と判断した。
ユアンが静かに笑った。
「都市も学べるらしい」
小さな成功だった。
しかし。
次の表示が出た。
都市充足率 再計算完了
リリィが見る。
98.7%。
その数字が消える。
新しい数字。
91.4%
エナが息をのむ。
「下がった……」
ミレアは画面を見つめる。
未配置者。
再配置待機者。
これまで集計から外れていた人たち。
その一部を戻して再計算した数字だった。
オルガが言う。
「本当の数字に近づいた?」
「はい」
ミレアは答えた。
だが、その直後。
都市中の掲示板が一斉に更新された。
本日の都市充足率 91.4%
通りを歩く人々が立ち止まる。
ざわめきが広がる。
「何が起きた?」
「都市が悪くなったのか?」
「昨日まで98.7だったぞ」
「誰のせいだ?」
リリィの表情が変わった。
数字を正直にした。
それだけ。
でも、市民から見れば、
一日で都市が悪化したように見える。
遠くで誰かが叫んだ。
「旧市場を始めてからだ!」
エナの顔から笑みが消えた。
正しい数字を出せば、すべて解決するわけではない。
今度は、
正しい数字を、どう受け止めるか。
アルケイア全体が問われることになった。
第175話では、旧市場の試行が都市へ広がり始めました。
市民や都市職員が興味を持ち、休暇を取って自分のやりたいことを考える人も増えます。
しかし、自由が広がったことで一部の仕事に人手不足が発生しました。
そこで旧市場を閉じるのではなく、
必要な仕事を維持しながら、休む日や挑戦する時間も自分たちで調整する
方向へ進みました。
自由か管理か。
どちらか一方ではなく、折り合う方法を試し始めたのです。
その結果、制度安定性監視機構の警戒度も低下しました。
しかし最後に、大きな変化が起きます。
これまで数字から外れていた未配置者たちを一部戻して計算したことで、
都市充足率は98.7%から91.4%へ。
都市中の掲示板にも、その数字が表示されました。
数字を正直にしただけなのに、市民には「都市が急に悪くなった」ように見えます。
そして、
「旧市場を始めてからだ」
という声が上がりました。
次回は、初めて本当の数字を見た市民たちと、旧市場への反発を追います。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




