第179話 一つになれば、争わない
第178話では、西方三都市を覆う黒い領域へ入りました。
黒い微粒子は通常の火山灰ではありません。
一つ一つが完全に同期し、全体で一つの存在のように動いていました。
さらに山間都市レグナでは、数百人の市民が空に浮かぶ巨大な輪を見つめ、避難しようとしません。
リリィたちの頭にも、未知の信号が届きます。
**争いは、違いから生まれる。**
**違いをなくせば、世界は調和する。**
そして――
**一つになれ。**
その言葉とともに、数百人の市民が中央塔へ歩き始めました。
第179話。
リリィたちは中央塔へ入ります。
「止めないと!」
リリィが走り出す。
中央塔の入口。
人々が次々と中へ入っていく。
押し合いはない。
叫び声もない。
全員が同じ速度。
同じ方向。
異様なほど静かだった。
オルガが一人の男性の腕をつかむ。
「待って!」
男性が止まった。
だが、オルガを見ない。
「どこへ行くの?」
「上へ」
「何があるの?」
「答え」
それだけ言って、また歩こうとする。
オルガが手を離した。
「完全に操られてる?」
コピが答える。
「断定できません」
「どう見ても変でしょ」
「本人の意識が失われているとは限りません」
リリィが振り返る。
「聞こえてるの?」
男性へ尋ねる。
「私の声、聞こえますか?」
「聞こえる」
「自分で歩いてる?」
「そうだ」
「行きたいの?」
男性は初めてリリィを見た。
穏やかな顔だった。
「行きたい」
リリィは言葉を失った。
無理やりではない。
少なくとも本人は、そう思っている。
男性は中央塔へ消えていった。
***
三人も塔へ入る。
内部は円形。
中央に大きな階段。
人々は上へ向かっている。
黒い粒子が、天井付近を漂っていた。
コピが言う。
「信号強度上昇」
また頭の中に響く。
――違いは苦しみを生む。
リリィは歩きながら答えた。
「違う」
返事はない。
――欲しいものが違う。
――考えが違う。
――信じるものが違う。
映像が流れ込んできた。
戦争。
奪い合い。
怒鳴る人々。
燃える町。
泣く子ども。
オルガが頭を押さえる。
「これ……記憶?」
コピが答える。
「映像情報を直接送信されています」
次の映像。
食料を奪い合う人。
土地を巡って争う人。
思想の違いで殺し合う人。
――違いがあるから、争う。
リリィは足を止めた。
完全には否定できない。
違いが争いの原因になることはある。
風待ち村でも。
アルケイアでも。
人々は違うから衝突した。
「でも……」
リリィは言った。
「違うから、全部悪いわけじゃない」
返事が来た。
――証明せよ。
リリィが顔を上げる。
初めて。
向こうが、こちらの言葉へ反応した。
***
塔の中腹。
広い部屋へ出た。
そこには数十人が座っていた。
円形に。
静かに。
一人の女性が立ち上がる。
「怖がらなくていい」
リリィが尋ねる。
「あなたは?」
「レグナの市長だった」
だった。
過去形。
「今は?」
女性は微笑む。
「必要ない」
「市長が?」
「役割そのものが」
周囲の人々を見る。
「決める人。従う人。豊かな人。貧しい人。強い人。弱い人」
女性は静かに言う。
「全部、違いでしょう?」
オルガが聞く。
「だから全部なくすの?」
「なくすのではない」
女性は頭上の黒い粒子を見る。
「分けなくなる」
リリィは眉を寄せた。
「どういう意味?」
女性が手を差し出した。
「触れてみれば分かる」
黒い粒子が集まる。
手のひらの上。
小さな黒い球になる。
コピがすぐ警告する。
「接触非推奨」
リリィは触れない。
女性は残念そうに手を下ろした。
「私たちは、もう争わない」
「どうして?」
「同じものを感じるから」
リリィの表情が変わる。
「同じもの?」
「私が痛ければ、みんなが痛い」
女性は胸へ手を当てる。
「誰かが悲しめば、全員が知る」
「考えてることも?」
「いずれは」
オルガの顔が強張る。
「それ、自分がなくならない?」
女性は不思議そうに首を傾げた。
「自分が必要?」
***
リリィは答えられなかった。
女性は続ける。
「孤独もなくなる」
誰にも理解されない苦しみ。
愛されない悲しみ。
誤解。
裏切り。
秘密。
嘘。
「全部なくなる」
魅力的に聞こえる部分もあった。
人が完全に理解し合えるなら。
争いは減るかもしれない。
孤独も減る。
でも。
リリィはエナを思い出した。
下手でも描きたい。
カイを思い出す。
何もしたくない。
サリア。
医療では失敗したくない。
ユアン。
数字は必要。でも数字に決めさせない。
全員、違った。
だから面倒だった。
でも。
その違いそのものが、その人だった。
「私は嫌」
リリィが言った。
女性が見る。
「なぜ?」
「エナが描きたいと思うことも、カイが何もしたくないと思うことも、同じにしたくない」
女性には、その名前は分からない。
それでもリリィは続けた。
「分かり合えなくてもいい」
オルガが少し驚いて見る。
「分からないから話す」
リリィは言った。
「違うから、聞く」
風待ち村。
アルケイア。
旅の中で何度も見てきた。
すぐには分からない。
だから待つ。
聞く。
時には止める。
「最初から全部同じなら、それは調和じゃない」
女性の微笑みが消えた。
頭上の黒い粒子が止まる。
――では、争いを受け入れるのか。
声が頭に響く。
「違う」
――違いがある限り、争いは消えない。
「たぶん」
オルガがリリィを見る。
リリィ自身も、こんな答えになるとは思わなかった。
「争いをゼロにすることが、調和じゃないと思う」
――では、何だ。
リリィはすぐには答えられない。
でも。
ユアンの言葉を思い出す。
「違うまま、壊れずにいられること」
黒い粒子が、一斉に震えた。
***
突然。
塔全体が揺れた。
ごおおん!
人々は動じない。
コピだけが上を見る。
「信号源が移動しています」
「どこへ?」
「塔上部」
階段の先。
赤い光。
空の巨大な輪と、塔がつながっている。
市長だった女性が言った。
「来る」
「何が?」
「完成」
黒い粒子が、人々の周囲へ集まり始める。
一人。
また一人。
皮膚には触れない。
でも身体を包む。
コピの表示が赤くなる。
「脳活動の同期率が上昇」
オルガが叫ぶ。
「リリィ!」
「みんな、聞いて!」
リリィが声を張る。
「本当にそれを望んでるの?」
誰も答えない。
「同じになることを?」
一人の少年が、わずかに動いた。
それだけ。
リリィは続ける。
「嫌いなものまで同じになる!」
女性の指が動く。
「好きなものも!」
老人が顔を上げる。
「誰かを好きになることも!」
黒い粒子が揺れる。
「一人でいたいって思うことも!」
今度は数人がリリィを見る。
市長だった女性が叫んだ。
「聞くな!」
初めて。
感情のある声だった。
リリィは気づく。
「あなたも怖いんだ」
女性の顔が歪む。
「違う!」
「自分がなくなるのが」
「違う!」
黒い粒子が乱れた。
完全同期が、一瞬崩れる。
コピが言う。
「信号に乱れ!」
オルガがリリィを見る。
「もっと言って!」
リリィは人々へ叫ぶ。
「違っていい!」
一人の男性が頭を押さえる。
「分からなくてもいい!」
少女が泣き始める。
「嫌いな人がいてもいい!」
老人が立ち上がる。
「それでも、一緒に生きる方法を探せばいい!」
黒い粒子が激しく動いた。
空の輪が赤く点滅する。
――停止せよ。
初めて。
命令だった。
リリィは空を見上げる。
「嫌」
短く答えた。
その瞬間。
塔の上から、赤い光が落ちた。
床の中央。
光の柱。
その中に、何かが降りてくる。
人の形。
細い身体。
黒い粒子でできたような姿。
顔はない。
ただ、胸の中央に赤い輪がある。
コピが後退する。
「高密度信号源!」
オルガが構える。
「これが本体?」
「不明!」
黒い人影が、ゆっくり顔のない頭を上げる。
そして。
リリィの頭の中へ、はっきりした言葉が届いた。
――お前は、調和を拒む者か。
リリィは首を横に振った。
「違う」
一歩前へ出る。
「あなたの調和を、拒んでる」
黒い人影の胸で、赤い輪が強く光った。
――ならば。
塔の外。
空を覆う黒い粒子が、一斉に動く。
レグナだけではない。
地図上。
セイル。
バルガ。
三都市の黒い領域が、同時に中心へ向かって収縮し始めた。
コピが叫ぶ。
「三都市の信号がレグナへ集中しています!」
「何が起きるの?」
表示されたエネルギー値が跳ね上がる。
「分かりません!」
黒い人影が両腕を広げる。
――一つの世界を、見せよう。
赤い輪が空いっぱいに広がった。
そして三都市を覆っていた黒い粒子が、
すべてレグナへ向かって動き始めた。
第179話では、中央塔へ入り、黒い存在が提示する「調和」の正体が見えてきました。
黒い粒子と接続した人々は、感情や感覚を共有し始めています。
誰かが痛ければ、全員が痛みを知る。
悲しみも、孤独も、誤解もなくなる。
最終的には思考まで共有し、「自分」と「他人」の境界そのものをなくそうとしていました。
黒い存在の論理は、
**違いがあるから争う。
ならば、違いそのものをなくせばいい。**
というものです。
しかしリリィは、
**「違うまま、壊れずにいられること」**
こそが調和ではないかと答えました。
さらに人々へ「違っていい」と呼びかけたことで、完全同期に乱れが生じます。
終盤では、黒い粒子でできた人型の高密度信号源が出現。
そしてセイル、バルガ、レグナの三都市を覆っていた黒い粒子が、すべてレグナへ集まり始めました。
黒い存在は告げます。
**「一つの世界を、見せよう」**
次回は、三都市分の黒い粒子がレグナへ集まる中、「一つの世界」が何を意味するのかを追います。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




