第173話 都市は変化を恐れる
第172話では、未配置者のカイに会いました。
カイは能力が低かったわけではありません。
むしろ高く評価されたからこそ、
「もっと能力を活かせる仕事を」
と、より高度な役割を求められ続けました。
しかしカイが望んでいたのは、仕事を終え、家へ帰る普通の生活でした。
挑戦したいエナ。
挑戦したくないカイ。
正反対の二人に共通していたのは、
自分の暮らしを自分で決めたい
ということでした。
そして旧市場再利用のための署名は、ついに百人へ到達します。
ところが、その瞬間――
市民提案制度 一時停止。
第173話では、なぜ制度そのものが止まったのかを追います。
「誰が止めたの?」
エナが聞いた。
ミレアは端末を操作している。
「確認しています」
旧市場には、まだ百人近い市民が残っていた。
さっきまでの喜びは消えている。
ユアンが言う。
「評議会命令か?」
「違います」
ミレアが顔を上げた。
「停止命令の署名がありません」
オルガが眉を寄せる。
「また誰もやってない?」
コピが端末を見る。
「自動停止の可能性があります」
「制度が勝手に止まったの?」
エナの声が大きくなる。
周囲がざわつく。
ラサなら、ここで止めただろう。
リリィは風待ち村を思い出した。
「まず、理由を見よう」
ユアンが少し笑う。
「君もずいぶん慎重になったな」
「最近覚えた」
***
配置局。
ミレアの権限で、停止記録を確認する。
画面には、
制度安定性監視機構
という文字。
ユアンの顔が変わった。
「まだ残っていたのか」
リリィが聞く。
「知ってる?」
「私が作った」
オルガが額を押さえた。
「またユアンさん?」
「昔はいろいろ作ったんだ」
制度安定性監視機構。
大きな制度変更が同時に起きそうになった時、一時的に新規提案を止める仕組み。
「何のため?」
エナが聞く。
「混乱を防ぐためだ」
ユアンは答えた。
たとえば災害中。
食料配給制度を変える。
医療制度も変える。
住居制度も変える。
同時に全部を動かせば、都市そのものが混乱する。
だから、大きな変化が重なった時は新しい提案を一時停止する。
リリィは頷いた。
「それだけなら、変じゃない」
「そうだ」
ユアンも頷く。
「問題は、何を大きな変化と判断したかだ」
ミレアが画面を開く。
現在、アルケイアで検出されている変化。
再配置制度への異議増加。
未配置者統計の再検討。
充足率算定式の変更可能性。
自由活動区画の再設置案。
市民提案活動の急増。
オルガが数える。
「全部、私たちが来てからだね」
エナがリリィを見る。
「疫病みたいな扱い?」
「ちょっと嫌だな」
コピが言う。
「都市計算上は、短期間に複数制度へ変更圧力が発生しています」
ユアンが苦笑する。
「つまり、都市は混乱の兆候と判断した」
リリィは画面を見る。
誰かが止めたわけではない。
都市を守る仕組みが、
変化が多すぎる。
そう判断した。
「解除できる?」
ミレアが調べる。
「できます」
エナの顔が明るくなる。
「じゃあ――」
「評議会の三分の二以上の承認が必要です」
「……簡単じゃないね」
「はい」
***
その日の午後。
評議会へ説明を求めた。
意外にも、すぐ面会が認められた。
円形の会議室。
十二人の評議員。
中央に議長。
年配の女性だった。
「旅人リリィ」
「はい」
「あなた方が来てから、都市内で多くの議論が起きています」
怒ってはいない。
「迷惑ですか?」
リリィが聞く。
議長は少し考えた。
「面倒ではあります」
オルガが小さく笑った。
「正直」
「ですが、議論そのものを禁じるつもりはありません」
ユアンが聞く。
「なら、市民提案制度を再開してほしい」
議長は首を横に振った。
「今すぐには承認できません」
エナが立ち上がりかける。
リリィが袖を軽く引いた。
エナは座り直す。
「理由を聞いても?」
リリィが尋ねた。
議長は都市図を表示した。
「アルケイアには二十万人以上が暮らしています」
水。
食料。
医療。
仕事。
住居。
教育。
毎日、大量の資源が動く。
「あなた方は百人の声を集めました」
「はい」
「では、残りの二十万人近くは?」
リリィは答えられない。
議長は続ける。
「変えたい百人の意思も尊重すべきでしょう。しかし、今の制度で問題なく暮らしている人々の生活も守らなければなりません」
エナが言った。
「旧市場を使うだけです」
「そこから何が始まるかは分かりません」
「分からないから、試すんです」
議長はエナを見る。
「その失敗を、誰が負担しますか?」
エナが止まった。
場所。
管理。
事故。
食料。
資金。
近隣への影響。
失敗する自由には、失敗した時の負担もある。
議長の言葉にも理があった。
「だから、小さく試す」
ユアンが言った。
議長が見る。
「昔のあなたなら、そう言わなかった」
「昔の私は間違えた」
「そして、その間違いのおかげで都市が助かった時期もある」
ユアンは黙った。
また、簡単な善悪にはならない。
リリィは議長へ聞いた。
「何ならできますか」
エナが驚いて見る。
「リリィ?」
「全部認めて、じゃなくて。何なら試せますか」
議長は少しだけ目を細めた。
「交渉するのですね」
「たぶん」
風待ち村でも、全部を一度に直さなかった。
ここでも同じだ。
議長は考えた。
「旧市場の一区画」
エナが身を乗り出す。
「使える?」
「一か月」
「短い」
「試験です」
「人数は?」
「最大三十人」
百人全員ではない。
「都市予算は?」
「出しません」
「評価は?」
「既存の適性評価から一時的に外します」
ユアンが顔を上げる。
「それができるのか?」
「特例なら」
エナの目が輝く。
議長は続けた。
「ただし条件があります」
「何ですか?」
「責任者を一人決めてください」
エナの顔が曇る。
「一人?」
「事故、資源利用、近隣苦情。最終的に説明する者が必要です」
カイなら嫌がるだろう。
エナにも重い。
ユアンへ戻せば、また昔と同じになるかもしれない。
リリィは思った。
一人に背負わせる。
風待ち村で、それを何度も避けてきた。
「一人じゃだめですか」
議長が答える。
「責任の所在が曖昧になります」
「でも、一人にすると、その人が全部決めることになりませんか?」
会議室が静かになる。
議長はリリィを見る。
「代案がありますか」
リリィは考えた。
すぐには出ない。
すると、エナが口を開いた。
「三人」
全員が見る。
「挑戦する人」
自分を指す。
「何もしなくてもいい人」
少し迷って、
「カイに頼む」
オルガが笑いそうになる。
「嫌がりそう」
「たぶん」
エナは続ける。
「それと、制度を知ってる人」
ユアンを見る。
ユアンが目を丸くする。
「私か?」
「嫌?」
「面白そうではある」
議長が言った。
「三人で意見が割れたら?」
エナは答えられない。
リリィが言った。
「決めない」
議長が眉を上げる。
「何?」
「三人で決まらないことは、その日はやらない」
ユアンが笑った。
「なるほど」
急ぐ人。
急がない人。
制度を見る人。
三人が納得できないなら、進めない。
「効率は悪いですよ」
議長が言う。
リリィは頷いた。
「たぶん」
「それでも?」
「一か月だけなら、試せませんか」
長い沈黙。
議長は他の評議員を見る。
一人。
二人。
手が上がる。
賛成。
反対。
保留。
採決が進む。
最後。
七対五。
議長が告げた。
「試験運用を認めます」
エナが立ち上がる。
「やった!」
議長がすぐ言う。
「まだです」
エナが座る。
オルガが笑う。
「この街、止める人多いね」
「明日、正式条件を提示します」
小さな成功だった。
都市全部は変えない。
制度も壊さない。
旧市場の一角。
三十人。
一か月。
それだけ。
でも。
アルケイアに初めて、
失敗してもいい場所
ができるかもしれない。
***
会議室を出た直後。
ミレアの端末が鳴った。
今度は何だ。
全員が画面を見る。
表示されたのは警告ではなかった。
制度安定性監視機構――警戒度上昇。
オルガがため息をつく。
「また都市が怖がってる」
だが、その下に別の表示があった。
コピが読む。
「自動対応候補……?」
ミレアが画面を開く。
そして顔色を変えた。
試験区画参加予定者に対する適性再評価を推奨。
エナが固まる。
「それって……」
ユアンが低く言った。
「参加する前に、別の場所へ再配置する気か」
誰かの命令ではない。
都市はただ、
不安定になる可能性のある人を、
より安定した場所へ動かそうとしている。
善意で。
合理的に。
自動的に。
リリィは画面を見つめた。
旧市場を開く許可は得た。
だが今度は、その場所へ来るはずの人たちが消えるかもしれない。
アルケイアは変化を禁止しない。
ただ、変化する人を先に動かしてしまう。
第173話では、市民提案制度が一時停止した理由を追いました。
誰かが裏から命令したのではありませんでした。
原因は、都市を混乱から守るための「制度安定性監視機構」。
短期間に複数の制度変更が起きそうになると、自動的に新規提案を止める仕組みです。
これも本来は、災害時などに都市を守るための合理的な機能でした。
リリィたちは評議会と交渉し、都市全体を一度に変えるのではなく、
旧市場の一区画。
最大三十人。
一か月。
という小さな試験運用の許可を得ます。
責任者も一人ではなく、
挑戦したいエナ。
挑戦を求めないカイ。
制度を知るユアン。
三人で担う案になりました。
しかし終盤。
制度安定性監視機構は、新たな自動対応を提示します。
試験区画参加予定者に対する適性再評価。
旧市場への参加を禁止するのではありません。
参加しそうな人を、より適した別の場所へ先に再配置する。
次回は、「変化する場所」ではなく「変化しようとする人」を動かそうとする都市の仕組みと向き合います。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




