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調和の守護者 リリィ&コピ第五部  作者: マスター


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第171話 まだ出していない申請

第170話では、自由工房区が閉鎖された理由を追いました。


十年前のアルケイアは、不作、交易停止、感染症による危機の中にありました。


そこでユアンは、食料と医療を優先するため、非常時用の充足率を作ります。


当時は必要な判断でした。


しかし、危機が終わっても計算式は元へ戻りませんでした。


正しかった仕組みが、状況が変わった後も残ってしまったのです。


そんな中、エナは旧市場に、


「失敗しても、すぐ適性なしと言われない場所」


を作ることを提案しました。


ところが――


まだ申請すらしていないのに、ミレアの端末には、


旧市場再利用申請を却下。


と表示されました。


誰が、まだ存在しない申請を却下したのでしょうか。

「もう一回見せて」


ユアンが言った。


ミレアは端末を机に置く。


表示は変わっていない。


旧市場再利用申請――却下。


オルガが腕を組んだ。


「やっぱり変だよね」


「変です」


ミレアも認めた。


「申請番号がない」


リリィが聞く。


「申請番号?」


「正式な申請なら、必ず発行されます」


ユアンが画面を覗く。


「却下理由は?」


ミレアが開く。


そこには一行。


都市資源配分効率を低下させる可能性が高いため。


エナが呆れたように言った。


「まだ何も決めてないのに」


コピが静かに言う。


「可能性があります」


「何?」


「これは却下通知ではない可能性があります」


全員がコピを見る。


ミレアが端末を操作する。


しばらくして、表情が変わった。


「……予測通知」


ユアンが眉を寄せる。


「そんな機能があったか?」


「あります。でも通常は職員向けです」


リリィが聞く。


「どういうもの?」


ミレアは説明した。


職員が新しい施策を考える。


その途中で、都市計算系が結果を予測する。


過去の申請。


予算。


人員。


空き施設。


政策。


それらから、


承認される可能性。


却下される可能性。


を先に表示する。


オルガが画面を見る。


「じゃあ、まだ却下されてない?」


「はい」


エナがほっとする。


だが、ユアンの顔は逆に険しくなった。


「もっと悪い」


「どうして?」


リリィが聞く。


ユアンはミレアを見る。


「予測却下率は?」


ミレアが表示する。


99.2%


沈黙。


「ほぼ無理じゃん」


オルガが言った。


ミレアは頷く。


「そして多くの職員は、90%を超える案件を正式申請しません」


リリィは理解した。


「却下される前に、出すのをやめる?」


「はい」


誰かが禁止しているわけではない。


誰かが脅しているわけでもない。


ただ、


どうせ通らない。


そう表示される。


だから、出さない。


ユアンが椅子へ座った。


「そういうことか」


エナが聞く。


「何?」


「この都市では、失敗する権利を市民だけじゃなく、職員も失ってる」


誰も言葉を返さなかった。


***


ミレアは旧市場再利用案を正式申請画面まで進めた。


予測。


却下確率99.2%


理由。


収益性不足。


配置効率低下。


成果予測困難。


既存職種との重複。


そして、


充足率への寄与、不明。


エナが言った。


「不明なら、やってみないと分からないじゃん」


ユアンが苦笑する。


「昔の私なら、不明は危険と判断した」


「今は?」


「不明だから試す価値がある場合もある、と知っている」


リリィはミレアを見る。


「申請できますか」


「できます」


「じゃあ、出す?」


ミレアの指が止まる。


申請ボタン。


押せる。


禁止されていない。


でも。


「これを出せば、私の職員評価が下がる可能性があります」


エナが黙った。


ミレアは続ける。


「却下確率の高い案件を提出すると、判断効率が低いと評価されることがあります」


オルガが言った。


「それじゃ誰も出さないよ」


「だから、出ないんです」


ミレアは苦く笑った。


誰も命令していない。


なのに、みんな同じ方向へ動く。


効率のいい選択。


評価の下がらない選択。


失敗しない選択。


その積み重ね。


リリィは思った。


風待ち村では、古い台帳が人を止めていた。


この街では、未来の予測が人を止めている。


「ミレアさん」


エナが言った。


「出さなくていいよ」


ミレアが驚く。


「なぜ?」


「私のために評価下げなくていい」


「あなたのためだけではありません」


「でも――」


ユアンが割って入る。


「なら、申請者を変えればいい」


ミレアが見る。


「誰に?」


「私だ」


「あなたは都市職員ではありません」


「市民提案制度があるだろう」


ミレアが止まった。


ユアンは笑う。


「制度を作ったのは私だぞ」


オルガが吹き出す。


「ちょっと楽しそう」


「久しぶりにな」


市民提案なら、職員評価には直接響かない。


ただし審査は遅い。


必要署名も多い。


エナが聞く。


「何人?」


ミレアが確認する。


「百人」


「百人……」


エナの顔が曇る。


「私の絵に百人も興味ないよ」


リリィは首を横に振った。


「エナの絵だけじゃない」


「え?」


「失敗してもいい場所が欲しい人、百人」


ユアンが頷いた。


「それなら話が違う」


***


その日の午後。


旧市場に、小さな机を一つ出した。


看板には、エナが文字を書いた。


少し曲がっている。


やってみたいことがある人へ。


その下。


失敗するかもしれないことを試せる場所を作りませんか。


最初の十分。


誰も来ない。


二十分。


まだゼロ。


エナが言った。


「ほらね」


オルガが椅子に座る。


「まだ二十分」


「でも、人通ってる」


「みんな看板は見てるよ」


三十分。


一人の老人が止まった。


「何をする場所だ?」


エナが答える。


「まだ決まってません」


老人が笑った。


「変な場所だな」


「はい」


「私は、昔パン屋だった」


「今は?」


「配送管理」


老人は少し考えた。


「新しいパンを作ってみたい。売れるか分からんが」


エナが紙を差し出す。


最初の署名。


一人。


次に来たのは、若い女性。


「歌でもいい?」


「いいです」


二人。


少年。


「飛ぶ模型を作りたい」


三人。


中年男性。


「仕事にはならないけど、古い家具を直したい」


四人。


少しずつ。


本当に少しずつ。


人が止まり始めた。


リリィは見ているだけだった。


勧誘しない。


説得しない。


必要だと思う人が、自分で署名する。


夕方。


署名は三十七人。


百人には遠い。


でも。


エナは紙を見ていた。


「三十七人もいる」


朝とは逆の言葉だった。


オルガが笑う。


「いるね」


エナも笑った。


「私だけじゃなかった」


***


その時。


市場の端に、一人の少年が立っていた。


署名しない。


ただ見ている。


リリィが気づく。


「興味ある?」


少年は首を横に振った。


「僕じゃない」


「じゃあ?」


「兄さん」


少年は小さな紙を差し出した。


そこには名前。


カイ・ネル


ミレアの表情が変わった。


「この人……」


「知ってる?」


「未配置者長期滞留一覧にいた名前です」


少年が言った。


「兄さん、ずっと地下三階の相談室に通ってる」


エナが聞く。


「何をやりたい人?」


少年は答えた。


「何もやりたくない人」


全員が黙った。


少年は続ける。


「だから、ここにも来られない」


リリィは署名用紙を見る。


やりたいことがある人。


挑戦したい人。


失敗したい人。


でも。


それだけでは、まだ届かない人がいる。


「何もやりたくない人は、どうしたらいいの?」


少年の問いに、誰も答えられなかった。


失敗する権利。


挑戦する余白。


それだけで、アルケイアの問題が全部解けるわけではない。


リリィは少年を見る。


「お兄さんに会ってもいい?」


少年は少し考えた。


そして頷いた。


「でも、たぶん何も話さないよ」


「それでもいい」


次に会うのは、


夢を諦めなかった人ではない。


夢そのものを持てなくなった人。


アルケイアの数字から消えた人たちの中には、まだ別の声があった。

第172話では、未配置者のカイに会いました。


カイは能力が低かったわけではありません。


むしろ水路点検では高い評価を得ていました。


だからこそ都市は、


「もっと能力を活かせる仕事を」


と、より高度な役割を何度も提案しました。


しかしカイが望んでいたのは、今の仕事を終え、家へ帰る生活でした。


成長したくない。


挑戦したくない。


もっと上を目指したくない。


それも一つの選択です。


エナが求める「挑戦する自由」と、カイが求める「挑戦しない自由」。


二人は正反対ですが、


自分の暮らしを自分で決めたい


という点では同じでした。


旧市場の署名は百人に到達。


市民提案の条件を満たします。


ところが、その瞬間――


市民提案制度そのものが一時停止。


次回は、この停止が誰かの意図なのか、それとも都市の仕組みが自動的に変化を止めたのかを追います。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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