第168話 自分の制度に追い出された男
第167話では、アルケイアの配置局を見学しました。
仕事や住居の配置には本人の希望も考慮され、制度によって助けられている市民も大勢います。
しかし、どの配置にも適応できない「未配置者」は通常の市民統計から外されていました。
その理由は、充足率が都市の予算配分に使われているため。
困っている人を数字に戻せば評価が下がり、支援に使える予算まで減る。
配置局のミレア自身も、その矛盾に苦しんでいました。
そして彼女は、一人の人物を紹介します。
アルケイアの充足率制度を作った本人。
現在、その人物は自分の作った制度によって外縁第四区へ再配置されていました。
外縁第四区は、想像していた場所とは違った。
壊れた家が並んでいるわけではない。
道は舗装されている。
水もある。
食堂も診療所もある。
ただ。
中央区より、全部が少し遠い。
店が少ない。
人も少ない。
建物も古い。
オルガが周囲を見る。
「スラムじゃないね」
コピが答える。
「生活基盤は維持されています」
リリィは歩きながら言った。
「だから、余計に分かりにくい」
ひどい場所なら、問題は簡単だ。
でも違う。
ここでも暮らせる。
ただ、中央から離れている。
それだけ。
旧時計塔は、区画の端にあった。
時計は止まっている。
入口には、小さな札。
時計修理・記録整理
リリィが扉を叩いた。
「開いてるよ」
中から声がした。
***
部屋いっぱいに時計があった。
大きな時計。
小さな時計。
壁掛け。
置き時計。
動いているもの。
止まっているもの。
その中央で、一人の老人が歯車を磨いていた。
「旅人か」
「どうして分かったんですか?」
老人はリリィたちの服を見る。
「第四区の人間は、そんな顔で時計塔を探さない」
オルガが小声で言う。
「どんな顔だったんだろ」
老人は笑った。
「私はユアン」
リリィは名乗った。
「ミレアさんから聞いて来ました」
老人の手が止まる。
「なるほど」
「あなたが、充足率を作った人?」
「そうだ」
あまりにあっさり認めた。
リリィは次の質問を迷う。
ユアンが先に言った。
「そして、自分の制度でここへ飛ばされた愚か者でもある」
オルガが聞く。
「怒ってないんですか?」
「誰に?」
「都市に」
ユアンは少し考えた。
「怒ってもいる」
「じゃあ――」
「だが、制度そのものを憎んではいない」
リリィは黙った。
まただ。
単純な答えにならない。
***
ユアンはお茶を出した。
「充足率を作った理由を知っているか?」
リリィは首を横に振る。
「昔のアルケイアは、今よりずっと不公平だった」
中央区だけが豊か。
外縁には水が足りない。
医師も中央へ集中。
仕事も紹介者がいなければ得にくかった。
「声の大きい者から資源を取った」
ユアンは言った。
「だから数字を作った」
誰が水を得ているか。
誰が医療を受けているか。
誰に仕事があるか。
誰が教育を受けられているか。
「見えなかった不公平を、見えるようにしたかった」
リリィは驚いた。
「じゃあ、最初は逆だったんですね」
「逆?」
「数字から人を消すためじゃなくて、消えていた人を数字に入れるため」
ユアンの手が止まった。
そして、笑った。
「その通りだ」
オルガが腕を組む。
「それが、なんで今みたいになったの?」
「便利だったからだ」
短い答えだった。
充足率が高い区は、うまく運営されている。
低い区には、より多くの支援を送る。
最初は、それだけだった。
しかし。
「ある時、低い数字の区ほど管理能力が低いと評価されるようになった」
次に、予算査定へ使われた。
人事評価にも使われた。
都市全体の評価にも使われた。
「数字を上げることが、目的になった」
コピが言う。
「指標が目標化した」
ユアンがコピを見る。
「君、話が早いな」
「よく言われます」
オルガが小声で言う。
「そうだっけ?」
コピは無視した。
リリィが聞く。
「止めなかったんですか?」
「止めようとした」
ユアンの笑みが消えた。
「充足率だけで判断するな、と何度も言った」
「それで?」
「私の評価が下がった」
オルガが目を丸くする。
「なんで?」
「会議を遅らせる。判断を複雑にする。例外を増やす。効率を落とす」
ユアンは肩をすくめた。
「適性再評価の結果、制度設計から記録整理へ」
そして中央区から外縁第四区へ。
「判定は間違っていると思いますか」
リリィが聞いた。
ユアンは時計を一つ手に取った。
「いや」
「え?」
「今の私は、こっちの方が向いている」
時計の裏蓋を開ける。
「静かだ。人も少ない。昔から機械を直すのは好きだった」
オルガが困った顔をする。
「じゃあ、再配置は成功?」
「私個人についてはな」
リリィは思わず笑ってしまった。
「難しい……」
「そうだろう?」
ユアンも笑った。
「だから面白い」
***
リリィはエナのことを話した。
三度の再配置。
そして都市の外へ。
ユアンの表情が変わった。
「エナ・リースか」
「知ってるんですか?」
「直接は知らない。記録で見た」
ユアンは棚から古い帳面を出した。
紙の記録だった。
「私は都市システムにアクセスできない。だから、昔の資料を個人的に残している」
帳面を開く。
そこには名前ではなく、数字と短い文章が並んでいた。
配置不一致。
再配置後も低適応。
希望職種との一致なし。
本人希望、継続。
リリィが指を止める。
「本人希望、継続?」
「エナは、同じ希望を出し続けていた」
「何を?」
ユアンが答えた。
「絵を描くこと」
沈黙。
オルガが瞬きをする。
「……絵?」
「画家になりたかったらしい」
リリィは思わず聞いた。
「アルケイアに画家はいないんですか?」
「いる」
「じゃあ、どうして?」
「適性が低かった」
ユアンは淡々と言った。
「少なくとも、都市評価では」
絵を描く速度。
依頼への適応。
作品需要。
技術評価。
収入予測。
いくつもの項目で、エナは基準に届かなかった。
「だから別の仕事を提案された」
教育補助。
生産補助。
中央区雑務。
どれも続かなかった。
「でも、絵は?」
「描き続けた」
リリィは門の外にいたエナを思い出した。
小さな鞄。
それしか持っていなかった。
「絵を描きたいっていうのは、適性じゃないの?」
ユアンは答えなかった。
代わりに、机の上の時計を指した。
「この時計を見て、どう思う?」
古い時計だった。
少し傷がある。
針もずれている。
「直ってない?」
オルガが言う。
「そうだ。毎日三分遅れる」
「じゃあ失敗作?」
ユアンは笑った。
「妻の時計だ」
空気が変わった。
「妻が死んでから、私は直していない」
リリィは時計を見る。
三分遅れる時計。
正確ではない。
効率もない。
価値を数字にすれば、低いのかもしれない。
でも。
ユアンにとっては違う。
「充足率では測れないものがある」
ユアンが言った。
「私は、それを忘れた」
「だから制度を壊したい?」
「いや」
即答だった。
「壊せば、昔に戻る」
水を得られない人。
医療を受けられない人。
仕事を紹介してもらえない人。
数字によって救われた人もいる。
「必要なのは、数字を捨てることじゃない」
リリィは聞いた。
「じゃあ何?」
ユアンは三分遅れる時計を見る。
「数字に、決めさせないことだ」
その言葉を、リリィはしばらく考えた。
***
帰ろうとした時。
ユアンが呼び止めた。
「エナを探すのか?」
「はい」
「なら、急げ」
「どうして?」
ユアンは帳面をめくる。
「都市外再配置者には、七日間の帰還猶予がある」
オルガが驚く。
「戻れるの?」
「再審査を申請すればな」
「エナは知ってる?」
「当然、説明されているはずだ」
リリィは門で会ったエナを思い出す。
あの顔。
再審査をするようには見えなかった。
「残りは?」
「今日を含めて、二日」
リリィは立ち上がった。
「外縁居住区まで半日だったよね」
「待て」
ユアンが止める。
「連れ戻すつもりか?」
リリィは止まった。
「……違う」
「ならいい」
ユアンは帳面を閉じる。
「エナが戻りたいかどうかを、先に聞け」
風待ち村で何度も覚えたこと。
本人より先に答えを決めない。
リリィは頷いた。
「聞きます」
旧時計塔を出る。
まだ昼前。
間に合う。
その時。
コピが言った。
「外縁居住区へ向かう前に、確認事項があります」
「何?」
「エナの再配置先です」
「外縁居住区じゃないの?」
「第165話で本人はそう説明しました。しかしユアンの記録では、エナは都市外再配置者です」
リリィの足が止まった。
オルガも気づく。
「話が合わない」
なぜエナは、
外縁居住区へ行く
と言ったのか。
知らなかった?
嘘をついた?
それとも。
途中で何かが変わった?
リリィは門の方を見る。
残り二日。
まず、エナ本人を見つけなければならない。
そして今度こそ、都市の数字ではなく、彼女自身の答えを聞く。
第168話では、アルケイアの充足率制度を作ったユアンに会いました。
充足率は本来、見えなかった不公平を数字にして、支援が必要な人を見つけるための仕組みでした。
しかし、数字が予算や人事評価に使われるようになり、「充足率を高くすること」そのものが目的になっていきます。
ユアン自身も制度に異議を唱え続けた結果、再配置されました。
ただし現在の生活は本人に合っており、再配置そのものが間違いだったとも言い切れません。
そして、エナが三度の再配置でも捨てなかった希望が分かりました。
絵を描くこと。
都市評価では画家としての適性が低かった。
それでもエナは、絵を描き続けていました。
ユアンが出した答えは、
数字を捨てるのではなく、数字に決めさせないこと。
さらに、都市外再配置者には七日間の帰還猶予があり、エナには残り二日しかないと分かります。
しかし最後に、新たな矛盾が判明しました。
エナ本人は「外縁居住区へ行く」と話していました。
一方、ユアンの記録では「都市外再配置者」。
次回はエナを探し、彼女自身が何を望んでいるのか、そして再配置記録の食い違いを追います。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




