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友達以上な家族未満 後編



 鼻の頭に湿った何かがなでる感覚がして、自然と目が開いた。



「あ? な……」



 ん。

 んん?



「起きたか、ゆーた」



 ぼんやりとそこにある顔を見つめて、分かったか分かってないのか分からないまま、とりあえず頷く。

 すると手が伸びてきて、ほっぺた撫でられた。甘ったるい、微笑付き。

 ショウ……?

 次第に思考がはっきりしてきて、ああそうだショウが来てたんだったオレ眠ってたのか、と理解。


 なんか、近いな……。

 今頃距離に気づいて、その危なげな美顔から逃れるように体を起こすと、オレの顔を覗き込んでいたショウも同じように顔を上げて立ち上がった。その足元にはミソがしっぽを振りながら嬉しそうにまとわりついてる。

 この、ミソめ、いっつもあっちに行きやがって。飼い主はオレだっていうのに。飼い始めて一か月もたつが未だにオレに懐いてくれる様子はない。

 あれっ、でもさっき鼻を舐めて起こしてくれたよな……!



「どうした?」



 鼻をさすりながら初めてのことに感動していると、玄関扉横のシンクに立ったショウが振り返った。



「や、なんでも。そういや、おはよう言ってなかったな」

「……」

「おはよー……あれっ? もう言った? もしかしてオレ寝起きのとき言ってた?」

「いや。おはよう、ってあまり言ったことねえから」

「一人のオレならまだしも、実家だろ? 家族にそれくらい言ってやれよー」



 人生の先輩風吹かせて説教じみたことを言ってやると、ショウはひとつ頷いた。反抗しないし、言い訳しないし、たまにショウはこうやって素直。相変わらずダークアッシュの派手な髪形で、つくりの良い顔つきで、ラフな格好だっておしゃれに着こなすほどのスタイルの良さで、それはそれはこのぼろアパートには似合わないが、中身はそれと違ってとても扱いやすいと思う。



「それより、なにしてんの?」

「朝飯、作っておいた」

「えっ、ごはん!?」



 気が付けば、最低限の料理器具しかないシンクの上に、ほかほかと湯気を立てる卵入りの焼き飯と、かぐわしいにおいを放つスープが準備されていた。



 布団を押し入れに詰め込んでスペースを開けると、中央にちゃぶ台を設置する。その上に二人分の朝ご飯が豪勢に並びたてられた。豪勢に、とはいえオレの家には食器が数をそろえているわけでもなし、スープ皿はオレの茶碗と、汁椀。焼き飯は、何かの景品でもらった丸くて深い形状のものと、正反対に薄っぺらいのに盛られている。

 でも。



「す、げー」



 感嘆の声しか上げられない、ボキャブラリーの貧しいオレ。褒められた時の返し文句を知らないらしいショウの方は、ノーリアクションだ。



「つか、家に材料あった? 米は大量に炊いて冷凍してあったと思うけど」

「卵とねぎ入れただけ。それにだしの素が戸棚の奥に眠ってたぞ」

「あ、そういえば母さんが送ってきてたっけ。一回だけ炒め物に使ったけど忘れてたな」

「ゆーた、自炊してるか?」

「……う」



 してねえ。最近はコンビニの余りものこっそり持ち帰ってばかりだし。

 言葉に詰まったことで察してくれちゃったのか、ショウは仕方ないと言いたげに、小さく息をついた。

 なんか、今オレ、年下に負けた気分。



「そういう、ショウは……」



 まあ、聞くまでもなくしっかり料理はできてるよな。なんたって我が家の貧相なキッチン事情でここまでのものを用意するんだからな。においに反応して、さっきまでおとなしかった腹の虫がぐうぐうとわめき出している。



「いただきます」



 僻み入りそうになりながら、小さくスープをすすってみる。



「……」



 続いて、焼き飯。



「……」

「ゆうた? まずかったか?」

「……まずくないよ」



 ていうか。



「ちょう美味しくて、腹立つー! なんでおまえ、こんなの作んの! おまえみたいなの、絶対作らないだろ、見た目裏切りすぎ!」

「見た目? んだよそれ? 俺んち、ガキの頃から食事は自分で用意するものだから」

「はあ? 食事って、朝も、夜ごはんも?」

「そう」

「お母さんは? 忙しいの?」

「まあそれもあるだろうけど、休みの日だって変わらねえよ。俺はどこの家庭もそういうもんだと思ってたから、別に不満も無かった」



 ショウはさらりとオレにとっては衝撃な事情をこともなげに言うと、割りばしを手に取りごはんに手を付け始めた。



「もしかして、料理以外も?」

「あ? ああ、家事は一通り。自分のことは自分でやるが鉄則だったから」

「……だからか」



 もともと白飯をよそうためのオレの茶碗を口元に運び、ずるずるっと音を立ててスープを飲むショウ。そんなショウを見ながら、オレは確信して言う。



「だから、おはようも、いただきますも、ないんだな」



 オレの指摘にショウはお椀から顔を上げた。何を言われたか分かってないらしく、わずかに首をかしげてこっちを見返した。



「ふつうはさ、っつってもオレの家が普通かどうかは分かんねえけど。朝起きてリビングに行くとさ、母さんが忙しそうに朝飯作ってるわけ、ぼーっと突っ立ってたらおはようって声かけられて、早く席につきなさいって急かされる。食卓には、ほかほかの湯気が立つ料理が並べられてね、ほらちょうどこんな風に、そんで起きてきた妹たちと、すでに席について新聞を読んでいた父さんと、並んでいただきますをする。不思議なものでさ、当時はそれがめんどくさいって思ってたんだけど、一人暮らしを始めてそれがなくなると急にさみしく思えてきて、あれは大切なものだったんだなって気づくんだよ」



 ちゃんと喋れてんだか分からない。頭の中を言葉にすることは難しくて、不得意なオレだから、何が言いたいのかちゃんと伝わっているか不安だった。

 ショウは何か考えるように俯いている。

 あああ、どうにかこの脳内の光景をショウに見せられればいいんだけど! って、見せていいんだろうか、そもそもこんなこと伝えてどうするんだろ! ショウはふつうの家庭じゃなかったんだなって言ってるようなものだ。



「ああ、じゃなくて、ショウ」

「ゆーた」



 今のナシ、とごまかそうとしたところで、ショウは顔を上げてオレの名前を呼んだ。



「なんとなく、分かる。昔はなんとも思わなかったけど、今はうらやましいと思えるの、ゆうたのおかげだ」

「うらやましい?」

「ああ、いいなって思う」



 何を言うかと思ったら。なんかこっぱずかしくなってきた。朝から何語ってんだ、そんでなんてことを言われてんだ。

 熱くなってきた顔を隠して、おもむろに焼き飯をかっ込む。



「ショウこそ、うらやましいっつの」



 そんで負け惜しみのように言ってやる。



「そんだけイケメンのくせに料理もできるってどゆことだ。コンビニでたまに女子高生から声かけられてんのも知ってんだからな。モテない男には目の毒だっていうのに」

「関係ないだろ」

「ある! オレだって女子と仲良くなりたいよ。この仏頂面で加えて口下手なんて、女どころか男とだって仲良くなれない。おまえが羨ましい! 僻みで悪いか!」



 恥ずかしさと愚痴が一緒になってわけのわからないことを口走ってしまった。しかし自覚はあっても止まらない。ひーっ、こういうときだけ口がよくわからない方向に回ってしまうのが恨めしい。



「ゆーた、落ち着け」

「おまえに言われたらおしまいだよもおおお。今こっちみんなっ……」



 混乱絶頂のオレを止めたのは、向かいから伸びてきた作りの良い手のひらだ。スプーンを持つオレの手首を握りしめ、焼き飯から遠ざけるように持ち上げられる。

 みんなと言っておきながら、慌てて目線を追ってしまったオレは、やたら優しく見つめてくるショウのその目と見つめあってしまうことになった。



「かわいいから見る」



 ……おい。



「な、なんか、ショウ、それ、キャラちがくない?」



 すすすと視線をそらしたくなるのも仕方ないだろ。もっとこう、ぶわーっと怒って、おらーっと暴れて、程よくうるさい感じなのが、ショウだろ。

 最近たまにある、ピュアピュアショウくんの真骨頂だ。



「もういって、わかった、アリガトウ。だから離して……クダサイ」



 どうしていいか分からないので。

 しかしおかげで平静を取り戻したオレは、落ち着いて再度ショウが作ってくれた食事に手を付けた。

 指が離れた手首がじんじんする。

 ……ショウって、実際のところオレのこと好きすぎだよな。高校までは友達がいたことがあるから、今までの友達との違いによく驚く。ここまで慕ってくれるやつもいなかった。

 だから戸惑う。



「……あのさ」

「あ?」

「ショウ、やっぱり、うまいよ」

「ん……」

「うまいよ、おふくろの味みたい」



 今まで普通の家庭がなかったとしても、それはショウが普通じゃないってことじゃないのだ。友情の表現の仕方とか、たまに、それは、おかしいけど。向けてくる思いが、うれしいものだってこと、オレには伝わる。

 ショウは、びっくりしたように目を見開いて、それからいつもの微笑じゃなくて、大げさに笑った。



「さんきゅ」



 ……うっ、なにそれ、反則。



「ゆーたも、口下手っていうけど、俺違うと思う」



 心臓に手を当ててよくわからない鼓動をやり過ごしていると、ショウがふいに顔を近づけてきた。

 驚く暇もなく、唇の横を湿った何かがかすめていき、オレは絶句する。



「なん、な、今、おま」

「ご飯粒、ついてた」



 だからって、だからって、だからって……!

 普通は指でとるだろ、いや違う指摘してくれれば自分でとれる、こういうのも普通に一家団らん経験がないから分からないんだろうか、でもだからって……!

 しかし、今はそれを言う前に、問いただしたいのは、感じた覚えのある感触だ。これと同じようなものを、最近、というより数十分前に身に受けたんだが。



「ま、まさか……ショウ、寝起きのオレに……!」

「それよりゆーた、時間いいのか? 今日はコンビニ行くんだろ? ずいぶんゆっくりだな」

「って、ぎゃああもう出る時間じゃん! なんで教えてくれないの!」

「わかっててゆっくりしてるものだと思ったけど、ちげーのか」

「ちげーし! このフリーダム野郎!」



 結局問いただすこともままならず、オレは遅刻という犯しがたい罪を回避するために準備へと奔走することになった。

 くそー! 楽しそうにミソとじゃれやがってー!


 ショウをうらやましいと思ったオレをどうにかしたい……!

 そう切実に思った、やはり気の小さい小心者なオレなのである。



入れたかったネタ。





「着替え着替え……いでっ!」

「おいゆーた、何転んでるんだ。大丈夫か?」

「ってえええっ……ううう、頭打った、壁、ごんって」

「……」

「しょお……って、待て、なんでその危なそーな目で見んの」



 サッと目をそらして、シャツの首元をかきあわされる。



「もっとましなの着ろよ……!」

「貧乏学生だからしょうがないだろ。今転んだせいでもっと伸びが広がったし」

「そんなほいほい見せんな!」

「なに息巻いてんだよ。肩出たくらいいいだろ男同士だし……」

「ほかの男にも見せてんのか!」

「ぎゃっ、なんで怒鳴るんだよ!」

「いいから答えろ! あるのか、ないのか!」

「あ、あるわけない。だって家に来るの、おまえだけだし……もっというと、友達なのも、おまえだけ……ってだから、なんで危ない目で見んの」



 クッと目をそらして、落ちてたよそ行きのシャツを手渡される。



「ほら、着替えんだろ」

「あ、ありがと。って、それ洗濯おわってるやつ? におわない?」

「……」

「おい、じっくり見んなよ……って、ヤメ! 顔を近づけんな! におうな! なんか危ない気がしてきた!」

「だ、だよな。ダメだよな」

「今日のショウおかしいぞ……。ま、シャツは大丈夫そうだな。これ着てくか。うしょ」



 よれよれシャツを脱ぐと、今度はガン見された。

 さっきからショウはいったいなんなんだ。

 しかし気にしないことにして、拾われたシャツを着ようとしたところで、ミソがオレを押しのけながらショウに飛びついた。



「うわあ! ミソあぶなっ!」



 ずべしゃと半裸のまま地面に転がるオレ。



「もうさっきからなんなんだよ! オレ時間ないんだってばああっ」



 うつ伏せのまま顔をあげると、ミソをだっこしたショウにガン見される。



「ゆうた」

「なに?」

「ゆうた」

「だから、なんだって……なんだって、這いよってくる?」

「ゆ、ゆうた」

「鼻息、はないきーっ!」



 無茶苦茶に暴れつつ、防御するように着る前のシャツを胸元でかき合わせる。

 なぜこうなっているのかわからんが、なぜかやばそうだ。



「わっ、悪い。ゆうた、いいから早く着てくれ」

「はっ、ショウ?」

「いいから早くしろ! こうなったら俺が!」

「ぎゃっやめ! うわっ、取り上げるな! ひーっ触るな!」

「おとなしく着てくれ!」

「んぶああっ」



 気づけば着せられたシャツごとがばりと抱きしめられている。荒い息が少し上の位置から耳元に降ってくる。このどくどくいう鼓動はもはやオレのかショウのものかはわからない。



「な、なにして……」

「落ち着け!」

「おまえがな!」




 本当にすみませんおわる。




※ミソ……味噌。店長命名。

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