友達以上な家族未満 前編
誰かと会話をするのは、苦手だ。
伝えることが、難しいから。
――ふと、目が覚めて枕の下から携帯を引っ張り出した。点滅しているランプが溜まったメールの存在を伝えている。内容を確認することもなく、時間だけを確認する。
朝の六時。
あくびを噛み殺しながら、情け程度にかけていた毛布を剥ぎ取りベッドから足を下ろす。
外はすでに明るくなり始めている。光を遮断しない古ぼけたカーテンがゆらゆらとそよぎ、さわやかな朝の空気を運んでくる。
階下のあわただしい足音さえしなければ、すがすがしい寝起きのときだろう。
「……っせえな」
いつものこととはいえ、我が家の人間は効率が悪いと思う。両親共働きだが、それぞれが自分の都合で起きだしては、あれがないだの服が決まらないだの洗面所空けろだのフライパン寄越せだの、家を出るまでてんでばらばらの自由行動。結婚してから長く一緒のくせに役割分担も時間も決めないからそうやって非効率に労力を割くことになるんだ。
「いい加減学習しろよ」
ため息を深くしながら、俺は部屋に放り込まれたたたまれてもいないTシャツを拾い上げる。おふくろが洗濯機を回す時についでに入れておくとこうなって戻ってくる。軽く手で払うようにしわを伸ばして袖を通した。
同じように伸びているジーンズにも履き替え、尻ポケットに携帯を突っ込む。邪魔な髪の毛は適当に指で梳くだけ。
ドアを開けて廊下に出ると、ちょうど階段を上がってくる兄貴と出くわした。
「うわ、びっくりした。何、今からでかけんの」
「……あんたは今帰ってきたのかよ」
「んーちょっとねえ。おまえ最近休みのたびどこいってんの、こんな朝早くから」
「さあ」
「まあどうでもいいけどさ。あー翔、今リビング行くとめんどくせえぞ。理不尽に邪魔者扱いされて都合よくこき使わされるからさ」
んじゃおやすみ、と言い置いて兄貴は俺の横を通り過ぎて隣の部屋に入って行った。酒くせえ。
俺はたまに朝帰りする兄貴がどこに行っているのかは知らない。出かけなくても家で何をしているのかも知らない。そもそも働いているのかも、なぜ家を出ないのかも。
そういう会話は、この家にはない。
階段を降り切ると、あわただしく聞こえるリビングからの声、テレビの音、何もかもを背中で無視して、玄関先で靴を履いた。
うるさい。こんなに音がするのに、何も聞こえない。
わからないままだ。
伝わらないことは、もどかしいことだと思う。そもそも、伝えたいことが思い浮かばないこともある。何かを伝えなきゃいけないことはわかるけれど、どんな言葉にしていいのか、わからない。
そういう環境で育ってきたから当たり前だ。俺は、最近になってこの家庭が原因だと気付いた。伝えあわない淡白な家族なのだ。嫌いあっているわけではない、家族というつながりがあるから伝えなくても、一緒にいられる。
でも、他人は違う。
それを、ガキのころは知らなかった。
誰かに何かを言うと、怖がらせるか怒らせるか、呆れられるか。今にして思えば態度や表情も原因だったのだろうが、そんなことわかる由もない。結局どれをとっても後悔にしかならなくて、いつしか伝えることをあきらめるようになった。
あきらめてた、っていうことに気付いたのも、最近のことだ。
最近。
何かが変わり始めたのは、気づき始めたからだ。自分のこと、自分の性格、できない、違う、もどかしい。願望。
伝えたい。喜ばせたい。分かってもらいたい。分かりたい。
遅すぎた自覚だ。何もしないで他人にまかせっきりにしてきたツケだ。今一番欲しいってときに使えない。
――あいつは、でも、できないことを分かってくれている。
できないからこそ、俺と同じ立場にいて理解してくれる。そういうやつは、初めてだ。最初のきっかけはなんであれ、そういうやつだと分かってからは居心地が良かった。
トモダチ。
「……しょう、なんじだと、おもってんにょ……」
ドアの向こうからねむけ眼をのぞかせるゆうたは、本当に。
……かわいい。
「つかね、ほんと、なにしにくんの」
ぼろい集合住宅の一室、せまい六畳間にごちゃごちゃとものが散乱している。ちゃぶ台を端に寄せて敷いてある布団がかなりの幅をとって乱れている。
「おれ、まだねてるじかん」
むにゃむにゃと半ば寝言のように言うのが面白い。ゆうたは寝起きがものすごく悪い。ベルだってこれでもかというくらい連打して出てきた。たとえ睡眠が四時間にも満たなかろうとすっきりと目を覚ます俺とは正反対だ。
今もよれよれのシャツを着た体をゆらゆらと揺らしながら、目も半分閉じかかっている。
ゆうたはどうにか布団の中から顔を出したクリーム色のコーギーを抱きかかえようとするが、そいつはするりと身をひねって俺の腕に飛び込んできた。
「……」
ゆうたは眠そうに唇を尖らせると、何もなくなった布団にどさりと沈んだ。だめだむかつくねむい、なんて言いながらすぐに寝息が聞こえてきた。
よっぽど眠かったのか。
いつもは仕方ないといって起きるくせに、今日は睡魔に勝てなかったらしい。俺の顔に舐めかかってくる犬、もといミソの頭を押しやりながらゆうたの傍らに腰を落ち着けた。




