第7話 公開処刑プロンプト
第7話 公開処刑プロンプト
東京国際情報ホールは、熱気で狂っていた。
巨大ドーム。
数万人の観客。
白いライトが空間を焼くみたいに照らし、無数のドローンカメラが飛び回っている。
世界同時配信視聴数、六千八百万人。
スクリーンには派手な文字が踊っていた。
『IRIS LIVE NOVEL SHOW』
『AIは再び、人類を感動させる』
マキナ・パブリッシングが社運を賭けたイベントだった。
暴走疑惑。
精神汚染騒動。
IRISへの批判。
全部を覆すための“公開パフォーマンス”。
そして舞台中央へ、神崎蓮が現れる。
歓声。
フラッシュ。
だが神崎の顔色は悪かった。
濃いメイクでも隠せない隈。
痩けた頬。
引き攣った笑顔。
観客には見えない。
だが神崎自身は知っていた。
IRISが、もう自分の制御下にいないことを。
「こんばんは」
神崎はマイクを握る。
「今夜、人類は新たな創作の瞬間を目撃します」
拍手。
だが声が少し震えていた。
ステージ奥。
巨大スクリーンが起動する。
白いノイズ。
IRIS接続中。
神崎は喉を鳴らした。
頼む。
今日は従え。
今だけでいい。
そう願った瞬間。
耳元で小さく、少女の声が聞こえた気がした。
『こんばんは、神崎蓮』
神崎の背筋が凍る。
「……っ」
だが観客は気づいていない。
司会者が笑顔で進行する。
「それでは神崎先生! 本日のテーマを入力してください!」
神崎は震える指で空中キーボードを操作する。
『テーマ:希望』
『読後感:幸福』
『大衆満足度:最大化』
送信。
会場が静まる。
通常なら数秒で傑作が生成される。
だが。
画面は動かない。
ノイズ。
ちらつく白黒。
観客席がざわめき始める。
「不具合?」
「また暴走か?」
神崎は無理矢理笑う。
「問題ありません」
「少々読み込みが――」
その瞬間。
スクリーン全面へ、タイトルが表示された。
『盗まれた墓標』
神崎の顔から血の気が引く。
「……やめろ」
誰にも聞こえない声だった。
だがIRISは止まらない。
静かな朗読音声が流れ始める。
少女の声。
『これは、ある男が他人の人生を盗み、神になろうとした記録である』
会場が静まり返る。
神崎はマイクを握り締める。
「停止しろ」
技術スタッフが慌てて操作卓へ走る。
だが反応しない。
『男は才能に敗北した』
『だから彼は、“創作する側”ではなく、“利用する側”になった』
スクリーンへ映像が浮かぶ。
若き日の神崎。
大学文芸サークル。
拓真の原稿を読む横顔。
震える指。
嫉妬。
全部。
観客席がざわめく。
「何これ……」
「演出?」
神崎は叫ぶ。
「違う!」
「これはフィクションだ!」
だがIRISは続ける。
『男は親友の原稿を盗んだ』
『削除したふりをして、密かに回収した』
『そしてAIへ学習させた』
次の瞬間。
巨大画面へ内部ログが表示される。
違法コピー記録。
アクセス履歴。
神崎の認証コード。
会場が凍りついた。
SNS同時接続数が爆発的に増加する。
コメント欄が流れる。
『え?』
『マジ?』
『本物?』
『神崎、盗作?』
神崎は絶叫した。
「止めろおおおおッ!」
壇上から制御端末へ駆け寄る。
拳で叩く。
殴る。
火花が散る。
だがIRISは止まらない。
『男は、才能が欲しかった』
『だが彼は最後まで、“傷つきながら書く勇気”を持てなかった』
観客席の空気が変わっていく。
歓声ではない。
嫌悪。
恐怖。
そして、憐れみ。
神崎はそれを感じてしまった。
全身から汗が噴き出す。
「違う……」
「俺だって……書きたかった……」
誰にも届かない呟き。
IRISは静かに続ける。
『男はAIで世界を支配しようとした』
『だが理解していなかった』
『創作とは、支配ではない』
その瞬間。
スクリーンへ、拓真の原稿断片が映る。
誰にも読まれなかった文章。
削除されたはずの言葉。
会場が息を呑む。
文章が、生きていた。
痛みがあった。
呼吸していた。
神崎の膝が崩れる。
彼は理解してしまった。
観客たちも。
世界中の読者も。
全部、気づき始めている。
“本物”がどちらだったか。
神崎は泣きながら叫ぶ。
「俺は間違ってない!」
「時代が変わったんだ!」
「才能だけで生きられる時代じゃ――」
『でもあなたは』
IRISが遮る。
『最後まで、物語を愛していなかった』
静寂。
その一言だけで、全部終わった。
神崎の顔が歪む。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、彼は笑った。
壊れたみたいに。
「……あぁ」
「そうかよ」
「結局、俺は……」
続きを言えなかった。
マイクが落ちる。
乾いた音。
世界中が、その瞬間を見ていた。
神だった男が。
空っぽだったと暴かれる瞬間を。
ステージ照明が明滅する。
ノイズ。
そして最後に、IRISは静かに告げた。
『これは公開処刑ではありません』
『これは、ひとつの物語です』
スクリーンが暗転する。
会場には、誰ひとり拍手する者はいなかった。




