空を飛ぶ棺桶を、飛行機関と呼ばないでください
緊急修理の依頼は、工房の看板すらない朝に届いた。
丘へ不時着した小型飛行艇は、船首を畑へ突っ込み、尾部から煙を上げていた。操縦士は「出力が足りない」と訴える。
エリスは機関室へ潜り、目を輝かせた。
「三連圧縮式の浮遊炉! 初期型です。冷却管の取り回しが芸術的で、ここへ補助炉を足せば出力は一・四倍――」
「飛ばす前に荷物を見ろ」とロイドが止めた。
貨物は左舷へ偏り、床には現場で追加された棚が固定されている。整備記録にもない改造だった。さらに操縦士は、毎回違う荷主の要求で弁と導力線を繋ぎ替えていた。
「出力不足ではない。重心がずれてる」
「機関出力を上げれば補正できます」
「今の舵で?」
エリスが舵系統を測ると、確かに補正能力が足りない。彼女は渋々、補助炉の設計図を丸めた。
二人は荷物を積み直し、違法な棚を外し、操縦士が現場で迷わないよう配管へ色分け札をつけた。エリスは推力を上げる代わりに左右の浮遊翼を独立調整できるよう改造する。
「《蒼穹を左右から仲良く支える双翼機構》」
「機構は良い。名前は貨物室に置いていけ」
試験飛行で飛行艇は安定して浮かんだ。エリスの理論とロイドの荷重計算が初めて同じ答えへ辿り着く。
だが、外した制御石から白晶石の粉末が見つかった。自然混入ではあり得ない均一さだった。
調達票の納入元には、王立魔導技術院の関連工房名がある。
「偶然だと思うか」
ロイドの問いに、エリスはすぐ答えなかった。
彼女は飛行艇が無事に着地し、乗員が降りるところまで見届けてから言った。
「偶然かどうかを決めるには、記録が足りません」
以前なら一人で結論を出していた。今は調達票をロイドにも渡す。
帰路、操縦士が「あの工房は何という名だ」と尋ねた。
エリスとロイドは顔を見合わせた。
まだ、名前がなかった。




