その義足は、歩けるのに使いたくない
少女の名はマリナといった。家は織物工房で、半年前の事故以来、支給された義足をほとんど使っていない。
エリスは義足を一目見るなり、接続角度、出力不足、反応遅延を次々に挙げた。
「三日あれば歩行速度を二倍にできます。階段補助も付けて、《疾風踏破式・乙女の超速――》」
「歩きたくない」
マリナの小さな声が、早口を止めた。
母親は困ったように、「歩けた方がこの子のためでしょう」と言った。責める響きはない。ただ、娘に以前の暮らしを取り戻してほしいのだ。
エリスも最初は同じことを言いかけた。歩ける方が良いに決まっている、と。
だが、椅子に立たされた老婦人の顔を思い出す。
「何ができるようになりたいですか」
マリナは迷った末、工房の織機へ戻りたいと話した。足踏み式の織機だから、義足では細かな力加減ができない。歩く訓練に時間を使うより、布を織りたいのだという。
エリスは義足ではなく、織機を見せてほしいと頼んだ。
翌日、彼女は工房の床へ潜り込み、踏み板と歯車を分解した。足で踏む力を手元の小さなレバーへ伝える補助機構を作り、左右の張力を自動で揃える。
「名称は《座したる織姫の千糸支配機構》です」
「普通に補助レバーでいいんじゃないか」とロイドが言った。
「思想が消えています」
試運転でマリナが最初の一段を織る。布の端は少し歪んだ。それでも少女は、事故以来初めて笑った。
エリスは義足を作らなかった。代わりに、マリナが望んだ仕事へ戻る道を作った。
母親は長い沈黙のあと、娘の肩へ手を置いた。
帰り際、エリスは旧義足の内部に技術院の回収印を見つける。制御石には微量の白晶石が混じり、装着していない今も「歩け」という命令を弱く反復していた。
「これ、預かってもいいですか」
「マリナが決めることです」と母親が先に言った。
少女は頷いた。
エリスは義足を受け取る前に、もう一度本人の目を見て確認した。その小さな手順が、彼女自身の設計思想を変え始めていた。




