↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/60

天才技師は、椅子の座り心地を計算できない

工房の最初の客は、壊れた湯沸かし器を抱えた老婦人だった。


翌日には歩行補助器、洗濯桶、背もたれ椅子が持ち込まれた。エリスは目を輝かせ、三日で全てを改良した。


湯沸かし器は一息で沸騰し、蓋を天井へ射出した。歩行補助器は老人を置き去りにして庭を走り回った。自動姿勢矯正椅子は、座った老婦人の背を勢いよく伸ばし、そのまま立たせた。


「座るための椅子に、立たされたんだけどねえ」


「理想姿勢への移行は成功しています」


「私は休みたいんだよ」


エリスは設計図を見直した。出力、反応速度、魔力効率は全て目標値を超えている。


「試しに座ってみろ」とロイドに言われ、エリス自身が椅子へ腰を下ろした。


背板が即座に動き、身体を計算上の正しい姿勢へ押し戻す。少し身じろぎするたび、椅子は執拗に修正した。義肢の接続部へ圧がかかり、エリスの眉がわずかに寄る。


「……これは、座り心地が悪いです」


「数値に項目がなかったか」


「座り心地は主観です」


「使う人間も主観でできてる」


エリスは老婦人へ、普段どんな姿勢で裁縫をするのか、立つときはどちらへ手をつくのかを尋ねた。椅子の「正しい姿勢へ戻す」命令を捨て、身体が傾く範囲を支える仕組みに変える。


歩行補助器には最高速度ではなく、利用者が離したら止まる機構をつけた。湯沸かし器には、蓋という偉大な発明を尊重して圧力逃がし弁を追加した。


「完成です。《全自動・至尊なる腰掛け王座》」


老婦人は椅子へ座り、しばらく黙ってから頷いた。


「名前以外は、とてもいいよ」


エリスは不服そうだったが、修理帳に新しい欄を加えた。


性能。安全。使用目的。そして、使う人が困っていること。


夕方、次の客が訪れた。母親に支えられた少女は、布に包んだ古い義足を抱えている。


「この子が、歩こうとしないんです」


母親の言葉に、少女は俯いた。


エリスは反射的に義足へ手を伸ばしかけ、椅子の設計図を見て止まった。


「まず、あなたの話を聞かせてください」


初めて、機械ではなく依頼人へ向けた質問だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。