天才美少女、廃工房の床に埋まる
放棄された工房は、屋根と床があるという行商人の説明に嘘はなかった。
ただし屋根には空が見える穴があり、床には地下が見える穴があった。
「素晴らしいです」
「どこがだ」
遅れて来たロイドに、エリスは壊れた旋盤を抱えるようにして振り返った。黙っていれば廃墟には不似合いな美しい令嬢だが、頬には煤が一本つき、髪には歯車が絡んでいる。
「この旋盤、主軸さえ替えれば精度を戻せます。奥には魔力配管もありますし、炉壁は三層式です。現代の量産品より――」
説明は次第に速くなり、ロイドは途中で聞くのを諦めた。
二人は雨漏りを塞ぎ、倒れた棚を起こし、最低限の作業台を作った。ロイドが腐った床板へ印をつけるそばから、エリスは義肢四本と背中の補助腕を同時に動かし、魔導炉の配管を接続していく。
「その床、乗るなよ」
「荷重は計算済みです」
「何を含めた計算だ」
「私の体重と工具です」
「炉の振動は?」
エリスが答える前に、床が抜けた。
轟音と埃のあと、彼女は地下室の土へ腰まで埋まっていた。頭上からロイドが覗き込む。
「計算に入ってなかったな」
「床材の自己評価が過大でした」
「床のせいにするな」
地下には、旧式の大型魔導炉が眠っていた。制御盤は壊れているのに、中央の白い石だけが同じ命令を送り続けている。閉じた冷却弁を、さらに閉じようとする命令だった。
エリスが石へ指を触れた瞬間、存在しない生身の指先に冷たさが走った。彼女は息を止めたが、ロイドが梯子を下ろす音で現実へ戻る。
制御盤の奥から、古い識別符号が浮かんだ。
王立魔導技術院・北部第一系統。
「技術院の設備が、なぜここにある」
ロイドの声から冗談が消える。
エリスは識別符号を書き写し、白い制御石を布で包んだ。
「分かりません。だから、この工房を使います」
「危険だから調べる、じゃなく?」
「直せるものが多いからです」
答えはいつもの調子だったが、石を包む左手だけは強く握られていた。
その夜、穴の塞がっていない屋根から星が見えた。寝台はなく、作業台も傾いている。それでもエリスは、処分書を工具箱の底へしまい、初めてこの場所を「私の工房」と呼んだ。




