完全な国では、修理屋はいらない
カインゼルの完全治療技術を都市全体へ導入した最初の場所は、王都北区だった。
道路の亀裂は白い補修材で塞がれ、魔導灯は常に同じ明るさを保ち、病院の待合室からは苦痛に耐える声が消えた。故障率は導入前の二十分の一。事故も感染症も急減している。
視察に訪れたエリスは、整いすぎた街並みの中で一軒の店を探した。以前、義肢の個別改造を請け負っていた修理屋である。
看板は外され、扉には封印が貼られていた。
《未認可改造は身体の完全性を損なうため禁止する》
店主は裏路地の倉庫にいた。客の暮らしに合わせ、握力を落とした義手や、仕事道具を直接取りつける接続具を作っていた職人だ。
「故障がなくなったのは良いことだ」
店主は認めた。
「だが、直せないんじゃない。直すことを許されなくなった。白い部品は封印術式で閉じていて、持ち主にも開けられない」
街の管理局は、安全のためだと説明した。個別改造は予測不能な誤差を生み、完全治療との共鳴を乱す。認可された同一規格だけを使えば、事故は起こらない。
「使う人が規格に合わせるのね」とエリスは言った。
「規格は万人を守る」と管理官は答えた。
「万人という名前の人は、どこにいるの?」
その日の午後、料理人の白い右手が止まった。故障ではない。規定外の高温鍋を持とうとしたため、安全機構が動作を拒否したのだ。料理人は火傷を承知で、その鍋を振る仕事を選んできた。だが装置には、その選択を登録する欄がない。
エリスは封印を破らず、外付けの断熱支持具を作った。魔力を使わない単純な金属機構で、料理人自身が着脱できる。
「正式名称は《完全無欠の白き手にも仕事人の意地を――》」
「鍋持ちでいい」と店主が言った。
「美しくないわ」
「使えればいい」
その言葉に、エリスは笑った。
夜、管理局は外付け器具も未認可改造に当たると通告した。翌朝には、北区の修理工房がすべて閉鎖される。
故障のない街から、直す自由が消えようとしていた。




