正しい治療に反対する悪女
療院前に掲げられた新聞の見出しには、エリスの似顔絵が大きく載っていた。
《奇跡を妨げる義肢の悪女》
絵の中の彼女は実物より目つきが悪く、なぜか背後で工房が三軒爆発している。
「二軒よ」
「訂正する場所はそこか」とロイドが言った。
工房の扉には抗議の手紙が積まれていた。資格を失った義肢技師が、完全治療で仕事を奪われるのを恐れている――記事はそう結論づけている。
エリスは公開討論へ出席した。壇上で向かい合ったのはカインゼルではなく、治療を受けた患者たちだった。
「あなたは痛くない身体を知らないから反対できる」
若い女性の言葉に、会場が静まる。彼女は白化性の関節病で、指を動かすたび激痛が走っていた。完全治療後は、幼い娘の髪を結べるようになったという。
エリスは用意していた術式図を閉じた。
「私は、その治療を受けたことを間違いだとは言いません」
会場がざわめく。
「私が確かめたいのは、治療後に変化が起きたとき、本人が停止や調整を選べるかです。昨日の身体を今日も望むとは限らない。装置が決めた正常に、明日まで縛られてはいけない」
記者が叫ぶ。
「危険だという証拠は?」
エリスは患者の許可を得て採取した魔力波形を示した。痛みの信号だけでなく、細かな感情変化まで平滑化されている可能性がある。ただし、まだ断定はできない。
「分からないから調べます。救われた人を実験台にはしません」
拍手はまばらだった。人々が欲しいのは慎重な疑問ではなく、奇跡か悪意かという簡単な答えだった。
討論後、娘の髪を結べるようになった女性が追ってきた。
「私は治療を後悔していません」
「ええ」
「でも、最近、娘が泣いても何も感じないことがあります」
エリスはすぐに診察を勧めなかった。まず、何を望むかを尋ねた。
「治療を取り消したいですか」
女性は長く迷い、首を振った。
「分かりません。ただ、分からないままにしておける時間が欲しい」
その望みを、エリスは記録した。
翌朝の新聞で、彼女はさらに大きな悪女になった。だが記事の隅には初めて、小さな一文が載っていた。
《完全治療に、途中で立ち止まる選択肢はあるのか》




