痛みのない身体を、誰が拒めるでしょう
王都中央療院の正面広場は、朝から人で埋まっていた。
白い再生脚で歩く男をひと目見ようと、患者と家族、記者、治療師が押し寄せている。男は三年前の崩落事故で両脚の感覚を失ったという。杖も支えも使わず階段を降りるたび、歓声が上がった。
エリスは群衆の後ろで、無意識に自分の右膝を曲げた。白銀の義脚が、わずかな駆動音を返す。
「歩容は安定。痛覚反応なし。魔力遅延も見えない」
言葉が速くなりかけ、隣のリンファが視線を向けた。エリスは続く分析を飲み込む。患者を装置として見ない。それは工房で決めたことだった。
男の妻が泣きながら抱きついた。
「今朝、あの人が自分で台所まで来たんです」
その喜びは本物だった。カインゼルの治療は、偽物の奇跡ではない。
公開診察で、男は痛みも痺れもないと答えた。以前は夜ごと幻肢痛に苦しみ、家族へ迷惑をかける自分を責めていたという。
「治していただいて、ようやく家へ帰れます」
エリスの胸に、反論できない重さが落ちた。
療院の裏口でカインゼルが待っていた。彼は勝ち誇らず、いつもと同じ静かな声で告げる。
「彼は自分で治療を選んだ。説明も受け、署名もした」
「だから、あの人の選択を否定するつもりはないわ」
「なら、何に反対している」
エリスは答えられなかった。危険性だけを叫べば、痛みから救われた人の実感を踏みにじる。だが、白い脚の表面を走った微かな共鳴を、彼女は見逃していなかった。
工房へ戻ると、作業台には抗議文の下書きが置かれていた。題名は《完全治療反対声明》。
エリスは紙を裏返した。
「反対するだけでは駄目よ。治療を受けたい人の選択も、離れたい人の選択も守れる仕組みを作る」
「名前は?」とロイドが尋ねる。
エリスは端正な顔で胸を張った。
「《選んだあとでもやっぱりやめられる超親切離脱補助――》」
「仕組みができてからにしろ」
名前は途中で止められたが、エリスの手は止まらなかった。
その夜、白い脚で眠った男は、十年続けていた木彫りの道具を見ても、何も作りたいと思わなかった。




