命を救ったなら、何をしても許されますか
工房へ戻ってから、エリスは三日間、設計図を一枚も完成させなかった。
線を引けば曲がり、寸法を入れれば桁を間違える。四度目の失敗で、彼女は製図板を伏せた。
「救命処置は正しかった。記録を消したことは間違っていた。二つに分ければ簡単でしょう」
「簡単なら、三日も同じ歯車を描かない」とトルヴァンが言った。
紙には、歯が二百七十三枚もある歯車が描かれていた。用途を問われたエリスは、「心を無にするための超精密永久ぐるぐる輪」と答えた。
「名称から先に捨てろ」
いつものやり取りに、少しだけ呼吸が戻る。だがリンファが処置記録へ触れた瞬間、エリスの表情は固まった。
生かされたことへ感謝すべきだと思う。選択を奪われたことへ怒っている。感謝するなら怒る資格がなく、怒るなら救われた命を否定するように感じる。
ノアールは記録板を閉じた。
「同じ人へ、相反する評価を持ってはいけないという規則はない」
「私の頭にはあるのよ」
「なら、その規則を書き換えるまで保留にすればいい」
エリスはすぐには頷けなかった。それでも、カインゼルを恩人か加害者かの一語に押し込める作業をやめた。
夜、彼女は返書を書いた。
《処置が必要だったことは理解した。記録を消したことは許していない。大型固定装置について説明を求める》
最後に、《返答期限は私が決める》と書き足しかけて、冗長だと消した。代わりに面会条件を七項目並べ、ロイドに見せる。
「多いかしら」
「会話より説明書が長い」
「安全設計よ」
「そのうち一項は椅子の高さだぞ」
「重要よ」
翌朝、カインゼルから承諾の返事が届いた。同封されていたのは、白化災害発生直前の大型装置の設計図だった。




