公式記録では、私は泣かなかったことになっている
非公開記録の最初の頁には、数字しかなかった。
白化率。魔力残量。切除開始時刻。投薬量。幼いエリスが何を言ったかは、処置に必要な情報ではないというように、整った文字が隙間なく並んでいる。
ノアールは原本と公式記録を左右に置き、削られた行へ印をつけた。公式記録では、エリスは意識不明のまま搬送され、緊急処置を受けたことになっている。非公開記録では違った。搬送時の意識は明瞭。質問への応答もあり、右腕を返してほしいと何度も訴えていた。
「泣いていたのね、私」
エリスが言うと、リンファは記録から目を上げた。
「泣かなかったことにされただけよ」
記憶がないなら、悲しくなかったのだと思っていた。耐えられたのだと、どこかで自分を褒めてさえいた。けれど実際の自分は泣き、嫌だと言い、それでも処置は進められた。
エリスの右義手がかすかに震えた。警告音が鳴る前に、彼女は自分で固定具を緩める。
「今日はここまでにする?」
リンファの問いに、エリスは首を振りかけて止まった。以前なら、反射的に最後まで読むと言っただろう。
「十分休んでから、続きを読む。私が決める」
トルヴァンが黙って茶を淹れた。ロイドは窓を開け、ノアールは記録板へ《本人の希望により中断》と書く。
夕刻、封印便の底から一枚の面会通知が見つかった。
差出人はカインゼル・ヴァルハルト。
《記録を読んだなら、会って話す用意がある》
場所も日時も、エリスが選べるよう空欄になっていた。それすら彼らしい配慮に見えたことが、エリスにはいちばん腹立たしかった。




