帰還できない試作品を、完成品とは呼ばない
新しい射出義手は、最初の試験で戻ってこなかった。
対岸の壁へ救助索を届けることには成功した。だが巻き戻し機構が白晶砂を噛み、義手は綱の途中で止まった。
エリスは無言で見上げた。
かつて、飛んでいった腕を追って一日かけて森を探した。あの頃の彼女は「当たったから成功」と言い張った。回収できない欠点は次で直せばよいと思っていた。
今回は違う。
「失敗。回収するまで試験は終わっていない」
ロイドが予備綱を引き、射出義手を戻した。誰も慰めず、誰も笑わない。ノアールは停止位置と砂の量を記録し、トルヴァンは巻き戻し軸の傷を測った。
原因は高性能な自動巻き取りだった。綱の張力を細かく読み、最適速度で戻す機構が、砂一粒ごとの誤差へ反応して停止していた。
エリスは自動制御を外した。代わりに手動の巻き上げ輪を付け、一定以上の負荷で空転する安全機構を入れる。射出後、誰でも回収できる。魔力が切れても戻せる。綱が引っかかれば、義手側を切り離して救助索だけ残すこともできる。
「必殺技としては弱くなったわ」
「救助具としては強くなった」
二度目の試験。義手は対岸の固定具へ噛みつき、綱を渡した。ロイドが巻き上げ輪を回すと、白銀の腕は砂を落としながらゆっくり戻ってきた。
エリスは受け止め、肘の接続部を確認した。傷はある。完璧ではない。それでも帰ってきた。
本番はその日の夕方だった。地下施設の一部が崩れ、調査員二人が低い裂け目の向こうへ取り残された。人が渡れる橋を作る時間はない。エリスは射出義手へ救助索と薬品袋を結びつけた。
「《絶対帰還式――》」
「救命腕」
ノアールが短く言った。
「今だけは正式名称で呼んで」
「呼び終わる前に撃て」
エリスは悔しそうに発射した。義手は裂け目を越え、岩へ固定される。調査員は索を使って薬品を受け取り、一人ずつ安全帯を通してこちらへ移った。
最後の一人が渡った後、巻き上げ輪を回す。途中で砂を噛んだが、安全機構が空転し、トルヴァンが綱を少し緩めると再び動いた。
白銀の義手は、今度こそエリスの手元へ戻った。
「おかえり」
無意識に口から出た言葉だった。
ロイドは森での顛末を知っている。何もからかわず、帰還時刻を記録した。ノアールも、成功の欄に「命中」ではなく「全員および装置回収」と書く。
帰還できない試作品を、完成品とは呼ばない。
その基準は魔導具だけでなく、作る人間にも向けられていた。現場へ行き、誰かを救い、自分も仲間も帰ってくる。そこまで含めて仕事なのだ。
野営地へ戻ると、王都から封印便が届いていた。宛名はエリス・クロイツェル。差出部署は、二十年前の白化災害調査委員会。
中には、公式記録に存在しないはずの文書が入っていた。




