背中を預けるには、説明が多すぎる
「三歩進んだら右へ半歩、共鳴音が二段上がったら伏せて、その後わたしが左義手を――」
「長い」
ノアールはエリスの説明を切った。
白化地帯中心部へ続く地下施設では、共鳴波が一定間隔で通路を走っていた。波に触れた魔導具は、過去の動作を短時間だけ再生する。止まった搬送腕、壊れた扉、壁内の配管まで一斉に動くため、進むには互いの死角を補う必要がある。
エリスは全員の動きを説明しようとした。説明は正確で、長く、二巡目に入る頃にはロイドが半分を忘れていた。
ノアールが提案したのは三つの合図だけだった。
手を上げれば停止。肩を叩けば後退。背中を二度叩けば任せる。
「情報が足りないわ」
「現場で必要なのは、互いに次の行動を予測できることだ。あなたの頭の中を全員へ移植することではない」
最初の共鳴波で、天井の搬送腕が動いた。エリスが説明する前に、ノアールは彼女の視線と右肩の動きを見て、背後へ回った。白化した腕が振り下ろされる位置から押し出し、自分は身を低くして避ける。
次の分岐では、エリスが壁の術式を読む間、ノアールが後方を監視した。彼は魔導工学者ではない。だが床の擦れ、粉塵の落ち方、エリスの目線から、次に動く機構を予測する。
共鳴が強まり、右義手が過去の命令へ引かれた。エリスは停止合図を出す。ノアールは理由を尋ねず、全員を止めた。リンファが右義手だけを一時停止し、ロイドが手動工具で扉を開く。
「今の判断根拠は――」
説明を始めたエリスの背中を、ノアールが二度叩いた。
任せる。
その短い合図に、彼女は口を閉じた。
施設最深部では、白化した記録装置が同じ警報文を繰り返していた。音声は欠けていたが、「第二段階」「固定」「被験体」という言葉だけが拾えた。エリスの装着部が痛み、義肢の同調石が微かに共鳴する。
ノアールは彼女の顔を見た。いつもなら疲労を隠すため早口になるところで、今回は何も言わない。
「戻るか」
決定を奪わず、選択肢だけを渡した。
エリスは記録装置を見つめた後、頷いた。「今日は戻る。記録だけ持ち帰る」
帰路、彼女は先頭を歩かなかった。ノアールへ背中を預け、ロイドの合図に従い、リンファの停止判断を受け入れた。
野営地へ着くと、エリスはかつて森で失敗した射出義手の図面を広げた。
かつては敵へ当てることしか考えず、戻ってこなかった腕。今度は離れた場所へ救助索を届け、使用者の元へ必ず戻る装置に作り直す。
「名前は?」
ロイドに聞かれ、エリスは胸を張った。
「《絶対帰還式・救命穿孔轟腕》」
「まだ背中を預けるには説明が多すぎるな」
ノアールの評に、全員が同時に頷いた。




