救助用魔導具に必殺技は必要ありません
「必要よ」
「いらない」
「救助される側の士気が上がるわ」
「落下する側の不安が増える」
谷を挟んだ対岸には、足を負傷した作業員が一人取り残されていた。幅は二十歩ほど。下には白化した濁流が走り、橋の残骸が時折ぶつかって砕けている。
エリスが用意したのは、背部噴射筒付きの飛翔救助具だった。白銀の翼を展開し、義脚から推進炎を噴き、対岸へ華麗に着地する。図面上では完璧である。
試験用の砂袋を載せて飛ばすまでは。
機体は強風を受けて半回転し、ロイドの足元へ頭から突き刺さった。翼だけが上品に震えている。
「風向補正が遅いだけよ。次は《天翔救命覇王翼・改》で――」
「名前を改める前に、構造を改めろ」
ロイドは谷の両岸に残る古い運搬杭を指した。飛ぶ必要はない。索道を張り、籠を渡せばいい。ただし片側の杭は白化し、強い魔力を流せば崩れる危険があった。
エリスは不満そうに翼を畳んだが、作業へ入ると早かった。低出力の射出器で細い導線を渡し、導線から太い綱を引く。籠には速度制限器と二重の手動ブレーキを付け、魔力が途切れても停止する構造にした。
「地味ね」
「助かる時に見栄えを気にする奴はいない」
対岸へ渡った籠に、作業員は自力で乗り込んだ。負傷した脚を固定し、本人が合図紐を二回引く。ロイドが巻き上げ、エリスが杭の負荷を監視した。
途中で突風が吹き、籠が大きく揺れた。だが速度制限器が働き、綱へかかる衝撃を逃がした。派手な加速も、光る翼もない。籠はゆっくりとこちらへ着き、作業員は地面へ降りた。
「必殺技はなかったが、助かったな」
作業員の言葉に、エリスは複雑そうな顔をした。やがて籠の側面へ小さく刻んでいた《天翔救命覇王――》の文字を工具で削り取る。
「名称だけは譲らないつもりだったのに」
「何にした」
「帰還籠」
ロイドが目を丸くした。エリス自身も驚いていた。用途が一目で分かり、呼びやすく、誰も羞恥に耐える必要がない。彼女の命名史上、奇跡的な出来だった。
しかし喜びは長く続かなかった。帰還籠を固定した橋脚の下から、さらに複数の救難信号が見つかったのだ。下流の仮設橋が崩れ、資材班と負傷者が分断されている。
使える材料は少ない。新しい橋を作るには、旧橋の巻き上げ機を解体する必要がある。だがその歯車は、負傷者の義足を安全に運ぶ修理台にも使われていた。
橋を直すか、義足を守るか。
どちらかを壊して材料にする判断を、現場はエリスへ求めた。




